第一四七食 大学生組と文化祭前②

「なんだよ、相談って? 珍しいよな、お前がそんな真面目な感じなの」

ゆうの中で私ってどんなキャラなのさ……」

「おちゃらけた飲んだくれ」

「クソバカ」

「酷い言われようだねっ!? というか千鶴ちづるちゃんのに至ってはただの暴言なんだけど!?」


 青葉あおばに「相談がある」と言われた俺は、小教室の最前列の席にいていた。なかば強引に座らされた部分もあるが……まあ一応、青葉こいつには以前から真昼まひる関連の相談事をさせてもらっていたからな。お返しに、というつもりはないものの、頼られた以上はこたえるべきだろう、友人として。


 ちなみに一番後ろの席には、先ほどまでと変わらず千歳ちとせが腰掛けている。彼女は青葉が真剣な顔で「相談」という単語を口にした時、舌打ちをしつつも黙って席をはずそうとしてくれた。相変わらず、外見から受ける印象に反して良識的な人である。

 もっともその直後、青葉本人から「良かったら千鶴ちゃんの意見も聞かせてほしい」と言われたので、また舌打ちをしながら席に戻ることになったのだが。


「……で? なんなンだよ、相談ってのは?」


 机に片肘をついたまま千歳が言う。しかしこんな風に「なんでオレがこんなことを……」とでも言いたげな、さも面倒くさそうな雰囲気をかもし出しているくせに、決して好きではないであろう青葉の相談に付き合ってくれるのだから、優しいんだか優しくないんだか、よく分からない奴だ。


「うん、えっと……夕はよく知ってると思うんだけど、実は私、とある高等部の女の子から本気で好意を寄せられててさ」

「!」

「はあ? ンだそりゃ?」


 千歳が怪訝けげんそうに片眉をつり上げるかたわらで、俺は即座に「冬島ふゆしまさんのことか」と心中で察する。

 冬島雪穂ゆきほさん――よく似合った眼鏡がトレードマークの、真昼の友人の一人。小椿こつばきさんや赤羽あかばねさんと比べて直接関わる機会が少ない分、俺も彼女がどういう子なのか、いまいち掴めていないところがあるのだが……一つ確かなことは今青葉が言った通り、〝冬島さんは青葉に本気で恋をしている〟ということ。


「なんでそうなンだよ……女が女を好きになるのがおかしいことだなんて言うつもりはねェが、でもよりによって青葉おまえ選ぶか? 普通」

「ど、どういう意味だよっ!?」

「いや、違うんだよ千歳。その子、青葉のことを男だと勘違いしててさ……まあ勘違いというか、青葉こいつが面白がっていたしょうもない嘘を信じちまってるんだけど」

「……最低だな、テメェ」

「やめて!? 言いたいことは分かるけど、そんな心底軽蔑したで私を見ないで!? わ、悪気はなかったんだよおっ!?」


 本気でさげすみの目を向ける千歳に、どうにか弁明を試みる青葉。……が、悪気があったかなかったかはさておき、この件に関しては青葉が一〇〇パーセント悪いとしか言いようがない。要は自業自得なのである。


「……というか青葉、お前海に行った帰りに『今度折を見て謝る』とか言ってなかったか? なんでまだ謝りに行ってないんだよ?」

「だ、だってあの後すぐにキミも真昼ちゃんも帰省しちゃったじゃないか、私あの子の連絡先知らないのに! しかもやっと帰ってきたと思ったら、今度は深刻そうな顔で『最近真昼の様子がおかしい気がするんだ……』とか相談してくるし!」

「うっ……!?」

「そんな状況で『私、そろそろ雪穂ちゃんに謝りたいんだよね~』なんて言い出せると思う!? 言い出せないよね!? だって私のは完全に自業自得なんだもん! 私の個人的な問題を、よりにもよってキミたちがめてる真っ最中に『今すぐ解決したい』なんて言い出せるわけないじゃないか!?」

「わ、分かったからちょっと落ち着け!? なにキレながら開き直ってんだよお前は!」


 しかし、青葉なりに俺と真昼に気を遣って言い出せなかったということは、俺にも責任の一端がある――のだろうか? ものすごく釈然としないが、実際帰省から戻ってしばらくはそれどころじゃなかったからな……。

 するとそこで、千歳が「くっだらねェ……」と呆れ返ったように盛大なため息をついた。


「だったらさっさとその子に謝りに行けばいいだけの話だろうが。どこに相談しなきゃならねェことがあンだよ? さっさと行って土下座どげざしてこい、クソバカ」

「ど、どうしよう夕、千鶴ちゃんの軽蔑度が留まるところを知らないんだけど……」

「それは知らんわ」


 不良然としつつもその実善人の千歳には、この青葉の悪ふざけから始まった一連の問題が馬鹿馬鹿しくて仕方ないのだろう。いつもより五割増しで刺々しい彼女に、青葉は額に冷や汗を浮かべていた。


「で、でも、この話には続きがあってね?」

「あン?」

「?」


 続き? 俺が知る限り、海に行って以降青葉と冬島さんは会ってもいないはずなのだが……。


「実は少し前、高等部が新学期に入ってすぐくらいの頃に私、雪――じゃない、その子に会いに行ってきたんだよ」

「え? ひ、一人でか?」

「うん、本当はきちんと連絡を取ってから謝りに行きたかったんだけど、流石にこれ以上騙し続けるのはダメだと思い立ってさ」

「へェ? 青葉テメェにしちゃ感心な心掛けじゃねェか。で、その子には会えたのかよ?」

「うん、ちゃんと会えたよ。……会うことは、出来たんだけどね……」

「……会うこと、?」


 なんだか不穏な言い回しだった。というか、もはやオチが見えているような気しかしない。


「じ、実は私が会いに来たと知ってその子、めちゃくちゃテンションが上がっちゃってさ……」

「……まあ、そうだろうな」


 簡単にその様子が目に浮かぶ。なにせ冬島さん、青葉こいつのことになると途端に盲目的になるからなあ……上からTシャツを着ていたとはいえ、海で水着姿になった青葉を見てもなお、男だと信じて疑わなかったくらいだし。


「だから私が真面目な話をしようとしても全然聞いてもらえなくてさ……それどころか、『是非文化祭に来てくれませんかっ!』って誘われちゃって……」

「お、おう……」

「で、なんて答えたンだよ?」

「『もちろん行くよ!』って……」

「バカじゃねェのかテメェ!?」

「だ、だってえっ!? ただでさえこれまで騙してたことに良心が痛んでたのに、あんなキラキラした顔で誘われちゃったら断るに断れないじゃないかあっ!?」

「もうイイ奴なのか最低な奴なのかよく分かんねえな、お前……」


 涙目でわめくイケメン女子大生に対して半眼でそう呟き――しかし俺は内心、ほんの少しだけ彼女に同情的だった。

 その子のためにならないと頭では分かっていても、目の前で屈託くったくのない笑顔を見せられるとどうしても言葉が出なくなってしまうのだ――俺が以前、真昼に「もう俺の部屋には来るな」と言い出せなかったように。


「ズルいよお……! あんな風に笑われちゃったら、表情を曇らせるようなことを言い出せるわけないじゃないかあ……!」

「(すごく分かる……)」


 青葉が机に突っ伏してバンバンと天板を叩く中、俺はこれまでで一番この友人と心がつうじたような気がした。

 ……いや、だからといって問題はなにも解決していないのだけれども。

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