第一四九食 家森夕と歌種祭①


 そんなこんなあって、あっという間に歌種うたたね高校文化祭の日は訪れた。


「お、おお……うちの高校よりだいぶってんな、これ……」


 一般参加者の入場受付時刻から一時間ほど遅れて正門前にやって来た俺は、フェルトの花々やキラキラのテープで綺麗に飾り付けられたアーチを見上げながら呟きをこぼす。俺の出身高校の文化祭が大したことのない規模だったこともあり、この派手な入場門を見ただけでも少し圧倒されてしまった。

 アーチの中心には〝歌 種 祭〟という大看板が掲げられ、門の奥には私服姿の学生や保護者とおぼしき人々がワイワイガヤガヤと行きっている。高等部の中へ入るのは体育祭以来の二度目だが……そのせいもあってか、俺の地元と比べてものすごく活気のある高校というイメージが強い。


「(さて……来たはいいけど、どうするかな)」


 入場受付を済ませた俺は、入ってすぐの所にあった校内マップの立て看板の隣で携帯電話を取り出した。一応この後青葉あおばと合流する約束をしているのだが……アイツからはまだ到着したという連絡は来ていないようだ。一人孤独に高等部アウェイで文化祭を楽しめるほど俺の心臓は頑丈ではないので、さっさと来てくれないものだろうか。


「(いや……もしかして青葉の奴、先に冬島ふゆしまさんとの問題を片付けに行くつもりなのか……?)」


 結局あれ以来、青葉が〝例の件〟について相談を持ちかけてくることはなかったのだが……おそらくアイツは文化祭きょう中に自分の正体を明かすつもりでいるはず。だとしたら青葉はもう既に校内に入っていて、冬島さんと話をしに行ったという可能性もなくはない……のかもしれない。


「(心配だが……でも青葉アイツのことだ、むやみに冬島さんを傷付けるような真似だけはしないだろう)」


 普段から馬鹿なことばかりするおちゃらけた女でも、それくらいは信用している。伊達だてに一年以上も友人をやっているわけではないのだ。


「(どっちにしろこの人混みから探すなんて無理だし、向こうから連絡が来るのを待つしかないしな……)」


 しかしそのかん、一人ぼっちの俺はなにをすればいいのだろうか。

 もちろん真昼まひるのクラスが出している食べ物の屋台――ちなみになんの店なのかと聞いたら「ヒミツですっ!」と言われた――には顔を出すつもりだが、どうやら彼女が調理を担当する時刻は正午までの一時間らしいので、まだ三〇分以上も余裕がある。かといってまだ腹もいていないのに、他の出店に行くというのもなあ……。


「(おっ、体育館で二・三年生が演劇とかやってるのか。これをに行こうか……)」


 正直、文化祭でる劇や漫才のたぐいは身内受けレベルのものが大半をめるだろう。現に俺の頃も、クラスメイトたちがわちゃわちゃやっているだけのホームビデオチックな映像を体育館で流した記憶がある。……当然、一般の方々に大ウケなどするはずもなかった。

 とはいえ、文化祭の出し物にそんなことを言うこと自体が野暮やぼというもの。これはあくまでも高校生たちが主役のお祭りだ。ならば俺は大人オトナの一員として、それを温かく見守ろうではないか。……自分でも一体誰目線なのか、よく分からないけれども。

 というわけで、俺は校内マップをぱしゃりと携帯のカメラで撮影し、それを頼りに体育館の方へと歩き出して――


「ヒッ、ヒイィィィィィッ!? ごご、ごめんなさいっ、ごめんなさいィィィィィッ!?」

「!?」


 ――しかし、いきなり後方からひどくひどえたような謝罪の声とざわめきが聞こえてきて、三歩と進まずに振り返った。目をらして見ると、なにやらチャラそうな格好をした男子高校生数名が恐怖に引きつったような顔をして、相対する人物に頭を下げている。


「いや、こっちこそぶつかって悪かっ――」

「ほ、本当にすみませんッ!? 完全に俺たちの不注意でしたッ!」

「(な、なんだなんだ……?)」


 状況的から察するに、どうやら舞い上がってふざけていた高校生たちが、誤ってあの人にぶつかってしまったようだ。俺の方からは相手の人物の後ろ姿しか見えないものの、染め抜かれた金髪にピアス、高級そうな革のジャケットを羽織っていることもあり、いかにも〝フダ付きのワル〟かのような印象を受ける。……街であの格好をしている人とすれ違うことがあったら、なるべく顔を合わせないようにしたいところだ。


「いや……だから別に怒ってねェ――」

「ご、ごめんなさいィっ!? お、お願いですから、命だけは、命だけは……ッ!?」

「聞けや。オレァ別に怒ってるわけじゃ――」

「ヒイッ!? こ、殺されるッ!?」

「だから怒ってねェっつってンだろうがッ!? ぶっ飛ばされてェのかテメェらッ!?」

「(いえ、今にも殺さんばかりの勢いなんですけど)」


 キレながら「怒っていない」と言うその人に思わず心中でツッコミを入れる俺。

 しかしたしかに、どうしてあの高校生たちはあんなに怯えているのだろうか? 相手の人は格好こそ不良のようだが、特別ガタイがいいというわけでもない……それどころか、まるで女性のように細身なくらいで――


「(……あれ? 金髪にピアスの……いかにも不良っぽい女? それに今の声……)」


 まさか、と思い、改めて騒ぎの中心へと目を向ける俺。

 ガリガリと金髪をき、鬱陶しそうに高校生たちにシッシッ、と野良猫を追い払うような仕草をしてから振り返った、その人物は――


「……ったく、しょぱなからイライラさせやがって……! チッ、ンなとこ来るんじゃなかったぜ……!」

「やっぱり千歳おまえかいっ!」


 ――楽しい文化祭には最も相応ふさわしくないであろう、金髪ピアスのヤンキー女子大生だった。

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