第一三九食 旭日真昼と気になる人②

「あ、あの真昼まひる……さん? な、なんでさっきから俺のことをそんなに睨んでいらっしゃるんですか?」

「……なんでもないです」


 今日の朝食は、こんがり焼いたトーストを半分に切って表面にからしマヨネーズを塗り、サラダを作った余りのレタスとハム、それからスライスチーズと薄焼き卵を挟み込んだお手軽サンドイッチ。昨晩作ったコンソメ野菜スープと特売で買ったソーセージ二本、デザート代わりのバナナヨーグルトも添えて、朝からなかなかボリュームのあるメニューである。

 そんな朝食をもしゃもしゃとたいらげつつ、真昼は不満全開の表情でテーブルの向こう側に座るゆうのことを凝視していた。対する青年は、突然機嫌が悪くなった少女に冷や汗を浮かべている。


「え、えっと……もしかして朝飯、サンドイッチじゃ不満だったか? 真昼、これ好きだって言ってたから作ったんだけど……」

「ち、違いますっ、サンドイッチは今日も美味しいですっ!」

「じ、じゃあ量が足りなかったとかか? よ、良かったら俺の分も食べてくれていいけど……」

「それも違いますっ! ……違いますけど、お、お兄さんが食べないならいただきます」


 食いしんぼうな真昼と比べて食が細い青年の皿からサンドイッチの半分を受け取り、あむっ、とかぶりつく。その瞬間、思考回路が単純な少女は満面の笑顔を浮かべ――しかし次の瞬間にはハッとして首を振り、再びご機嫌ナナメな目付きへと戻ってしまった。


「(ぐむぅっ……! ま、まさかお兄さんがあんな勘違いをしていたなんて……!? そりゃあたしかに、『私の気になってる人はお兄さんです』とは言わなかったですけど……ですけど……っ!)」


 気持ちをまったく察してもらえていなかったこともそうだが、真昼じぶんが夕以外の誰かのことが好きなんじゃないかと勘違いされていたことも同じくらい悲しい。今朝だって彼に「可愛い」と思ってほしくて鏡の前で格闘してきたというのに、それもすべて他の誰かのためだと思われてしまうなんて。


「(なんですかなんですかっ、お兄さんは私が他の男の子のことが好きでも構わないって言いたいんですかっ!?)」


 苛立ち混じりにソーセージの一つをフォークを突き立て、むしゃむしゃと頬張る真昼。

 そういえば先日、夕と二人で作ったクッキーを学校に持っていくと言った際、彼が妙に真剣な顔で「誰かに渡すのか」と聞いてきたことがあったが……思えばあれも誤解されているが故の発言だったのではないだろうか。実際はお昼のお弁当を食べた後、ひよりたちに味見してもらっただけだというのに。


「(……やっぱりお兄さんは私のこと、ただの高校生こどもとしか思ってないのかな……)」


 真昼はこうして二人で食事をする時間一つ一つを特別に感じているのに、夕はただの話し相手くらいにしか思ってくれていないのではないだろうか? そう思うと、なんだか目尻がじんわりと熱をびてきて――


「――真昼? 本当に大丈夫か?」

「……え?」


 不意に耳に入ってきた気遣わしげな声に、いつの間にかうつむいていた真昼は顔を上げた。見れば、夕が心配そうな目でこちらをじっと見つめている。


「やっぱり今日は様子がおかしいぞ? もしかしてまた風邪か? 具合悪いんじゃないか?」

「え……い、いえ、別にそういうわけじゃ――」

「本当か? 本当に無理してないか?」

「し、してないです、本当にしてないですからっ……!?」


 正面から瞳を見合わせただけなのに、一瞬のうちに頬がかあっと熱くなっていく感覚を覚えてしまうのがなんだか悔しい。しかし、ここで顔を逸らしてしまったのが間違いだった。


「でも、なんか顔も赤いし……」

「ふぇっ!? あ、あのっ、お兄さんっ……!?」


 目を離した隙に、真昼のすぐ隣まで寄ってくる夕。

 そして至近距離で見つめられたせいでますます赤くなっていく少女の顔色を見た彼は――その大きな手を、ぴたりと真昼のひたいに当てた。その瞬間、真昼の脳内がショートでも起こしたかのように真っ白に染まる。


「んー……やっぱりちょっと熱っぽいような……? 今日は結構気温上がるみたいだし、あんまり無理せず学校休んだ方がいいんじゃないか?」

「そ……そっ――!」

「そ?」


 ぷるぷると震えだした真昼に、夕が手を当てたまま首を傾げる。


「そ――そういうところがズルいんですようわあああああんっ!?」

「ッ!? ぐえっ!」


 恥ずかしさが頂点に達した真昼は、絶叫と共に勢い良くその場から立ち上がった。バランスを崩した夕が後方へ倒れ込むとともに、潰れたカエルのようなうめき声を上げる。


「ど、どうせ気付いてくれないならいっそ冷たくしてくれればいいのにっ!? そっ、そんなに優しくされたら余計に私ばっかりっ……! ズルいですっ、ヒドイですっ、サイテーですっ!?」

「い、いてて……な、なんで俺、こんなボロカスに言われてるんだ……?」


 真っ赤な顔を片腕で隠しながらまくし立てる女子高生に、青年はフローリングで打ち付けた後頭部を押さえつつ、「ワケが分からない」とばかりに目を白黒させる。


「も、もう知らないですっ! お兄さんがそうくるなら、わ、私だって〝気になってる人〟なんていませんしっ!? レンアイなんてしなくても美味しいものが食べられれば幸せですしっ!? 花より団子ですしっ!?」

「な、なんの話……?」

「なんでもないですっ! も、もう私学校行きますからねっ! 朝ごはんごちそうさまでしたっ!」


 肩をいからせながらも律儀に「ごちそうさま」をしてから部屋を飛び出していく真昼。そしてそんな彼女の背中をぽかーんと見送った後――夕は一人困惑した様子で呟いた。


「な、なんだったんだ、一体……?」

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