第一三七食 家森夕と買い物上手


 真昼まひるに料理を教えるようになってしばらくち、俺の生活は随分と変化した。そしてそれは、食生活に限った話ではなく。

 たとえば部屋で過ごす時の格好。去年の夏頃であればタンクトップにパンツ一丁でだらだら過ごすなんて当たり前だったのだが、今年は最低限、上下のスウェットくらいは着るようにしている。なにせ相手は女子高生、いい歳をした男がパンツ一丁でお出迎えなど事案以外の何物でもない。

 生活習慣が改善されたこともそうだ。一回生の頃は履修りしゅうしていた授業の関係で午後通学になる曜日もあり、そういう日は外が明るくなる時刻まで夜更よふかしをすることもザラにあった。けれど真昼が来るようになってからはそうもいかない。彼女に合わせて平日の朝なら七時までには起きるようになったし、その分夜は自然と早く就寝するようになった。夜更かしをして映画を見たり本を読んだりするのも好きだが、きちんと早起きをして朝日を浴びながらコーヒーを飲むのも悪くないものである。


 そして、その他に大きく変わったことといえば――


「お兄さんお兄さんっ! シャケですっ! 今日は鮭がお買い得みたいですよっ!」

「わ、分かった、分かったからもうちょっと静かにしような?」


 最寄もよりのスーパーの鮮魚コーナーでキラキラと目を輝かせながら手招きをしてくる制服姿の真昼に、俺は慌てて彼女の方へと駆け寄っていた。……周りのお客さんたちがクスクスと笑い声をこらえている気配がして、ものすごく恥ずかしい。


「そういえばお兄さんって、おうちであんまりお魚食べないですよね? 嫌いなんですか?」

「いや、普通に食えるけど……うちのコンロについてるグリルってやたら部品数多くてさ。ぶっちゃけアレを洗うのが面倒だから、焼き魚とかしたくないんだよ」

「なるほど。そういえばお魚焼いたことないですもんね。前にフライパンでブリの照り焼きは作りましたけど」

「ああ、タレをつけてから焼いたせいでげたやつな……俺の自炊史上、五本の指に入る失敗作だった」

「え? 普通に美味しかったじゃないですか?」

「……なんか最近、君の言う『美味しい』は信頼しちゃいけないんだなって思うようになってきたよ」

「な、なんでですか!?」


 涙目になる真昼を差し置き、並べられた生魚のパックを見回す俺。もう夕暮れ時ということもあってか、並んでいる商品のいくつかには値引きシールが貼られている。

 これまでは俺と真昼、どちらか一方が買い物に行くのが普通だったが、なぜか最近になり、真昼はやたらと二人で買い物に行きたがるようになった。本人は「お買い物のコツも教わりたいですっ!」と言うのだが……別に買い物上手でもなんでもない俺に、一体何を教えろというのか。

 それでも折角の頼みをはなから無下にするのも悪いと思い、ここ数日は夕方のタイムセールやら値引きを意識した時間に二人で買い物をしている。……が、果たしてこれで〝お得なお買い物〟が出来ているのかどうかは微妙なところだった。


「(それにしても真昼がうちに来てから、買える商品ものも結構増えたな……)」


 俺と真昼は朝夕の食事を共にしており、それにかかる費用は二人で折半せっぱんすることにしている。そして元々割高なコンビニ弁当や惣菜をたくさん買っていた真昼は当然として、彼女と出会う半年前から自炊をしていた俺も、以前までと比べてずっと食費が浮くようになった。「エンゲル係数が下がった」といえばいいのだろうか?

 以前にも少しれたが、そもそも一人暮らしの自炊というのは外食と比べて劇的にコストパフォーマンスに優れているわけではないのだ。時にはコンビニ弁当を買った方が安く済む場合さえあったくらいである。

 しかし、真昼がうちに来るようになってからは違う。


「(鮭一切れ九八円、二切れで一六八円……やっぱ量が多くなる分、こっちの方がお買い得だよな)」


 鮭の売り出しポップに表示されている価格を確認してから、俺は二切れの鮭が入ったパックを手に取った。

 業務用スーパーで売られている徳用チーズなどが好例だが、基本的に食品というのは内容量が多くなるほど値段は安くなっていくものである。もちろん消費しきれなければ損をするだけなので、俺一人で自炊をしていた頃は比較的割高な商品を買うしかなかったのだが……真昼が来てからは俺も内容量の多い商品にも手が出せるようになった。

 一つ一つでは五円や一〇円の差しかまなくとも、米・肉・魚・野菜・各種調味料……毎日消費するそれらすべてを割安で買えれば、一月ひとつきあたりの食費には相当の差が生まれるだろう。


「あれ、お魚買うんですか? グリル洗うの面倒がってたのに」

「おう、まあたまにはな。……あとはアイスでも買って帰ろうか、カップのやつ。好きなの選んでいいぞ」

「いいんですかっ!? わーい、じゃあアイス売場に行きましょうっ!」


 ……もっとも食費が浮いた分、こうしてお菓子や嗜好品を買う機会も増えたので、一概に財布に余裕が出来たというわけでもないのだけれども。


「あっ、お兄さん! アイスも安売りしてるみたいですよ! 〝二つで五〇〇円〟ですって」

「高っ!? ってそれ一番高いカップアイスじゃねえか!」

「でも普通に買うよりは安いですよ? これ普段は三〇〇円くらいしますし」

「いや安いけど高いだろ……まあいいか、今日だけ特別だぞ?」

「やったあっ! じゃあせっかくなので、違う味を買って、後で半分こしましょう!」

「はいはい」


 早速お高いカップアイスを前に、「どれにしようかな~」と物色し始める真昼。そんな女子高生の後ろ姿に、俺はそっと苦笑をこぼした。

 やはり俺たちが買い物上手になるまでには、まだまだ時間がかかりそうである。

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