第一三六食 小椿ひよりと盲目少女
★
「なんか最近、お兄さんが元気ないような気がする……」
「……はあ?」
新学期が始まって一週間、ようやく夏休みの
「……『元気ない』って、たとえば?」
「うーん、具体的になにかあったってわけじゃないんだけどね? でもなんとなくそんな感じがするっていうか」
「なによそれ」
詳細がものすごくフワフワした真昼の言葉を聞いて、ひよりは「真剣に聞いて損した」と言わんばかりに、さっさと手の中のスマートフォンの画面へと視線を落とした。当然のように隣から「もうちょっと興味持ってよ!? あと歩きスマホダメ、ゼッタイッ!」と抗議を浴びせられるが……〝なんとなくそんな気がする〟程度の悩みにどう答えろというのか。
「……気のせいじゃないの? そもそも『元気ない』もなにも、
スマホをスカートのポケットに仕舞い、ひよりがいかにも面倒臭そうな顔で言う。
真昼の隣人にして〝お兄さん〟こと家森
「むむむ……で、でも昨日の日曜日も約束通り二人でクッキーを作ったんだけどね?」
「ああ、今日私たちに持ってきてくれたやつ?」
「そうそう。その時に『明日このクッキー、学校に持っていきますね』って言ったんだ。そしたらお兄さんが妙に真剣な顔つきになって『誰かに渡すのか』って聞いてきてね? だから私、『友だちにあげるつもりです』って答えたんだけど……なぜかそのあとお兄さん、『そうか……』ってすっごく暗い顔になっちゃって」
「え、なんで?」
「それが分からないから悩んでるんだよう! それから二人で完成したクッキー食べた時も『こんな時に限って無駄に美味しく出来てる……』ってなぜか落ち込んだ感じで言われちゃったし!? 初めてであの
「とりあえず落ち着きなよ」
珍しく初回から会心の出来だった
「……というか家森さんがちょっと元気なさそうってだけでしょ? そんなこと、わざわざアンタが気にしなきゃならないようなことなの?」
「なに言ってるのひよりちゃんっ!? お兄さんの元気がないなんて、私にとっては大問題中の大問題だよっ!」
「いや、アンタは家森さんのなんなのよ……」
相変わらず夕のことを
からかわれたくないのか、
「ねえひよりちゃん! なんでお兄さん、あんなに元気ないのかなあ!?」
「知らないわよ……あの人と一番仲良いアンタが分かんないのに、私に分かるわけないでしょ」
「そんなあっ!? ……うう、本当にどうしちゃったんだろ、お兄さん……新学期が始まる前までは普通だったのに……ハッ!?」
するとその時、真昼が文字通りハッとしたように瞳を見開いた。
「も、もしかしてお兄さん……私が先に夏休み終わっちゃったのが寂しいのかな?」
「……は?」
「ほら、夏休みの間はお昼ご飯も一緒に食べられたけど、今はそうじゃないでしょ? だからきっと一人でご飯を食べるのが寂しくて元気なかったんだよ!」
「ええ……?」
少々都合が良すぎる真昼の解釈を聞いて、ひよりは思わず懐疑的な表情を浮かべる。もし彼女の言う通りだとしたら、クッキー作りで美味しく作れたのに褒めてくれなかった理由の説明がつかないではないか。
しかし既にそうだと決めつけてしまったらしい真昼は、
「ど、どうしようひよりちゃん!? どうすればお兄さん、私がいない間も寂しくなくなるかな!? 学校を休むのはさすがに無理だし……お昼休みになったら家まで帰ってお兄さんとご飯を――うーん、それも時間的に無理だよね……あっ! お昼になったらお兄さんとテレビ電話を繋ぐっていうのはどうかな!? それなら学校にいても皆一緒にご飯を食べられるし!」
「……楽しそうでいいんじゃないの」
もはやツッコミを入れるのも面倒になり、再びポケットから取り出したスマホを片手に雑な
「(いつか家森さんのことを好きになりすぎて、おかしくなったりしないだろうな……?)」
よく〝恋は人を
ひよりがそんな危機意識を抱く中、当の真昼は「もう、お兄さんったら寂しがり屋さんなんですから~っ!」とすっかり上機嫌なご様子で、ニマニマ幸せそうに笑っているのであった。
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