第一二七食 家森夕と退屈な夏休み


「……ん? 今なんか聞こえたような?」


 ――歌種うたたね高校でとある眼鏡男子が絶叫した頃、ゆうは朝からノートパソコンを開き、のんびりとネットサーフィンを楽しんでいた。

 高校と比較して、大学の夏休みは非常に長い。もちろん各大学によって違いはあるものの、夕の通う歌種大学のように八月初頭から九月末までのほぼ丸二ヶ月間を夏期休暇としているところも少なくないだろう。


「……しかし、夏休みなのにこんな早起きしてるって、なんか変な感じだな」


 アイスカフェオレの入ったマグカップを傾けつつ、夕が一人呟く。

 大学生は夏休みの真っ最中だが、お隣の女子高生・旭日真昼あさひまひるは今日から新学期が始まった。そして彼女が夕の部屋で朝食を摂る以上、当然ながら彼もまた早起きせざるを得ないのである。


「(真昼は『お兄さんに付き合わせるのは悪いから、夏休みが終わるまでは一人で朝ごはんを食べる』って言ってくれたけど……)」


 しかし彼女の言う〝朝ごはん〟とはコンビニで買う菓子パンのことだ。これまで真昼に対して「食生活を見直せ」と口っぱく言ってきたのに、「早起きするのがしんどいから」などというしょうもない理由でそんな朝食を摂らせるわけにはいかない。夕のプライドの問題である。

 それに昔から〝早起きは三文の徳〟と言われてきた通り、朝早く起きることはなにも悪いことではないのだ。そもそも夕だって後期授業が始まれば今と同じ時間に起きねばならないのだから、今から生活リズムを調ととのえておけば後が楽だとも言えよう。

 ついでに約一ヶ月ぶりに可愛い隣人の制服姿を見ることが出来たのだから、これで文句を言ったらバチが当たるというものだ。


「……まあそれはそれとして」


 ニュースサイトに上がっている最新記事に一通り目を通した後、パタンとノートパソコン閉じた夕はふう、と短く息をつく。


「……暇だな」


 時刻はまだ午前九時過ぎ頃だというのに、早くもやりたいことがなにもなくなってしまった。登校する真昼を見送ったのが七時五〇分くらいだったので、わずか一時間で暇をもて余してしまったことになるだろうか。いや、そんなことを言うならニュースの記事を端から端まで読んだこと自体、既に暇潰しの一環であったような気もするが。


「(昨日までは、起きてしばらくは真昼が部屋にいたもんなあ……)」


 真昼は結構なおしゃべりなので、隣にいる時はいつもなにかしら楽しそうに話してくれている。〝レシピサイトで見た今度作ってみたい料理について〟だったり〝友だちの友だちのお姉さんの彼氏のおばあちゃんの膝の具合が良くなったと聞いて嬉しかった話〟だったり……毎日何度も顔を合わせているのに、よくもまあいつもそれだけの引き出しを用意できるなあ、と夕が感心させられるくらいだった。

 しかしだからこそ、以降の夏休み期間はこれまで真昼の長話で埋められていた時間が丸ごとくことになる。特に今日のようにアルバイトすら休みの日ともなれば尚更だ。


「(そう考えると……俺って結構な時間、あの子と一緒に過ごしてたんだな)」


 思えば真昼に合鍵を渡して以来、彼女が夕の部屋にいる時間はかなり長くなった。一昨日おともいカレーを作ったときのように、朝食を食べた後、昼食の時間まで一緒にいたことも何度かある。あまり意識してこなかったが……もしかしたら夕の中で真昼がめている割合は、日増しに大きくなっているのかもしれない。


「……はあ、仕方ない。買い物行って、なんか普段作らない料理もんでも作ってみるか」


 元々無趣味な夕だが、最近はなにかと料理に対する関心が高まってきている。真昼に料理を教え始めた頃に所持していた手札レパートリーはとっくに全て教え尽くしてしまったので、こういう真昼がいない時間を利用して手札を補充しようというわけだ。


「そうだ、たまには趣向を変えてお菓子でも作ってみようか。まずは簡単にクッキーとか……真昼に食わせてやったら喜びそうだ」


 すっかり年季の入った一冊目の初心者向け料理本をペラペラとめくり、最後の方にっていた〝手作りお菓子特集〟に目を付ける夕。

 いつもの笑顔で「すっごく美味しいですっ!」と言ってくれる真昼の顔を思い浮かべながら、彼は買い物に出掛ける支度を始めた。

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