第一二八食 男子高生とヤモリユウ①


「もー、まひるってばそろそろ機嫌直してよー」

「べ、別に怒ってないもん……」


 午前一一過ぎ頃、始業式と簡単なホームルームを終えて本日は解散となった真昼まひるたち六人組は、久しぶりに集まったということで、近所のファミレスへ食事に行くこととなった。

 しかし今朝の出来事を根に持っているのか、いつもはニコニコしている真昼が今はぷっくりと頬を膨らませており、そんな彼女に亜紀あき雪穂ゆきほの二人が困ったように笑みを交わす。


「ホントにごめんってばー。〝病床びょうしょうの少女が看病しにきてくれた男の人に手を握ってもらう〟なんて少女漫画で散々使い古されたシチュエーションを、まさか現実でやる子がいるなんて思わないじゃんかー」

「~~~ッ!」


 謝りたいのか、それとも傷口に塩を塗り込みたいのかがよく分からない亜紀の言葉に、真昼は耳まで真っ赤にしながら声を噛み殺してうつむいてしまう。そんな二人を見て、隣を歩いていたひよりが「鬼かアンタは」と冷めたツッコミを入れた。

 そしてかしましい女子陣の後ろを歩くのはゆずるりょうの男子陣二名だ。


「ぐぬう……! あ、あのヤモリとかいう男、絶対に許せん……!? お、俺でさえまだ旭日あさひの手を握ったことなどないというのに……!?」

「いや『俺でさえ』って……ユズル、お前別に旭日の彼氏でもなんでもないじゃねえか」

「ぐぬっ!? そ、それを言うならあの男だってそうだろうが!? あの男は一体なんの権利があって旭日の柔肌やわはだに触れているというんだ!?」

「とりあえず〝柔肌〟とか言うのやめろよ、なんか絶妙に気持ち悪いから」

「そもそもあの男は大学生だろう!? 三つも四つも歳が離れた女子に手を出すなど恥ずかしくないのか!? ハッ……ま、まさか……あの男はロリコンなのか!?」

「言いたい放題かよ」


 くだんの〝お兄さん〟に対する敵意を隠そうともしない友人に、涼は頭の後ろで手を組みながら「でもよー」とどうにかフォローを試みる。


「まだそのヤモリサン? が旭日のことを好きって決まったわけじゃないだろ? ほら、前にスーパーとか体育祭で見かけた時も、どちらかというと旭日が一方的に懐いてるって感じだったし」

「……だったらどうした?」

「いやだから、ヤモリサンの方はただ旭日のことを可愛がってるだけなのかもしれないぞ。ほら、あの人ってたしか旭日の料理の先生なんだし……そうじゃなくても、年下の女の子に優しくするくらいは別に普通のことなんじゃないか?」

「なんだと!? そ、それはつまり――あの男は相手が女なら誰にでも良い顔をする、真性のクズ男だということか!? 」

「どうしてもヤモリサンを悪役にしたいんだな、お前は」


 涼自身は話したこともない〝お兄さん〟に対して特別に良いイメージも持っていなければ、逆に悪い印象を受けたこともない。しかし真昼はもちろん、ひよりや雪穂、亜紀たちからも信頼されていることを加味して考えると、少なくともあの青年は、弦が言うような悪い人間ではないのではないだろうか?

 もっとも、弦があの青年を敵視する理由は彼が弦にとっての恋敵こいがたきだからであり、つまり性格の良し悪しは然程さほど重要な問題ではないのかもしれないが……。


 などと、涼がぼんやりとまとまりのない思考をしていた――その時だった。


「あれ? ねーまひるん、あれおにーさんじゃないー?」

「えっ!?」

「「!?」」


 亜紀が間延びした声とともに指差した方へ一斉に目を向ける真昼・弦・涼の三人。

 するとたしかに、進行方向にある一〇〇円均一ショップから見覚えのある男が買い物袋を片手に自動ドアから出てくるところが見えた。


「ほ、本当だ、お兄さんだっ! な、なんでこんなところにっ!?」

「あ、あの男……ッ!? い、いったいどうしてこんなところに……ッ!?」


 ついさっきまで不機嫌そうにしていたのに一瞬でぱあっと笑顔になる真昼と、ただでさえ不機嫌そうにしていたのにより一層不機嫌さに拍車がかかる弦。

 そんな対極的な二人を眺めつつ、涼は〝お兄さん〟の登場タイミングの悪さに片頬を引きつらせるのであった。

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