第八九食 家森夕と次の約束

「みんな、そろそろお昼にしないかい? 私お腹空いてきちゃったよ」

「さんせー。もう一時過ぎだもんねー」


 太陽が頭の真上まで移動した頃、砂浜の隅でビーチバレーに興じていた俺達は青葉あおばの号令で昼食休憩をとることにした。ルールもへったくれもない球遊びが意外なほど白熱してしまい、気付けば全員汗まみれの砂まみれになっている。


「うへぇ、砂が張り付いてきて気持ち悪い……」

「ねー。胸の谷間とかすごいじゃりじゃりするよねー、雪穂ゆきほー?」

「喧嘩売ってんのかコラァッ!?」

「アキ、余計な火種放り込むのやめてくれない? 雪穂は一旦胸の話になるとキャラ崩壊して面倒くさいんだから」

「ふ、ふんっ! べ、別にもう全然胸のことなんか気にしてないし!? 要らないし、そんなただの脂肪の塊なんて!」

「ふーん? あっ、そーいえばまひるがさっき『新しく買った水着がなんとなくきついような……』って言ってたよー?」

「ッ!?」

「あ、亜紀あきちゃんっ! ちち、違うよ雪穂ちゃん!? ほ、ほんとにちょっとだけきついかなってくらいで……!」

「まひるお前えええええっ!? また育ったんか!? この短期間でまたしても私を裏切ったんか!? おのれ許せん! そこに直れ、叩き斬ってくれるわ!?」

「ぎゃあああああっ!?」

「ほらね、面倒くさい……」

「(でかい声でなんて話をしてるんだこの子達は……)」


 近くに敷き直したレジャーシートまで戻った俺は、嫌でも聞こえてくる高校生たちの会話によって生じた気まずさを誤魔化すように周囲の様子を見回した。

 この海水浴場はやはり親子連れが多いからか、海の家や食べ物・飲み物の売店がそれなりに豊富に揃っているらしい。隣のパラソルでは二人の男の子が焼きトウモロコシを競うようにかじっているし、その向こう側ではプラスチックのパックに入った焼きそばをすす父子おやこの姿が。

 遠目に見ても海の家の前には長蛇の列が出来ていて、今からあそこに並んだら数十分はかかってしまいそうだ。といっても、こうなることは予想出来ていたので――


「じゃーん! 私とお兄さんの合作お弁当ー!」

「おおー!」


 真昼まひる がパラソルの下に置いていたクーラーボックスから取り出したお弁当箱――の代わりのタッパー類――の数々を見て、他の面々が感嘆の声を上げる。

 一番大きな容器の中身はぎっちりと詰められた真昼作のおにぎり。混ぜご飯やのり巻きなど、色とりどりの三角むすびがこれでもかというほどぎゅうぎゅう詰めにされていた。

 その他のタッパーには俺が調理を担当したウインナーやだし巻き玉子、きんぴらごぼうにホウレン草のベーコン巻きなど、お弁当の定番メニューが入っている。


「け、結構すごい量だね……これ二人で食べ切れるのかい?」

「真昼の胃袋を舐めるなよ? これくらいその気になれば一人で平らげるぞ、この子は」

「はいっ! こういう時に食べるお弁当はすっごく美味しいですからねっ!」

「どういう理屈……? ってあれ、こっちの水筒はなにが入ってるの?」

「ダシだよ、鰹節かつおぶしと昆布の水出汁みずだし。今日は暑いからおにぎりを冷やし茶漬けにしたら美味うまそうだと思って」


 鮭フレークのおにぎりに冷やしておいた出汁をぶっかければそれだけで夏にぴったりの冷やし鮭茶漬けが完成する、という寸法だ。レシピ本にあった〝夏レシピ特集〟から丸パクリしたものだが、おにぎりを崩して茶漬けにするのはなんだか妙に贅沢さを感じてしまうな。わざわざそれを外で食すというのもまた一興。


「へー、なんか美味しそうかもー」

「良かったらみんなも食べてね! たっくさん作ってきたから!」

「いいの? じゃあ私のサンドイッチと交換しよ! コンビニで買ってきたやつだけど」

「じゃー私はドーナツ半分あげるー」

「ひよりちゃんはお昼ご飯どうするんだい?」

「私は母がお弁当を作ってくれたのでそれを」

「ひよりんママのお弁当も食べてみたーい」

「なんでそうなるのよ……」

「じゃあいっそのことみんなでお弁当交換会しようよ!」


 賑やかな女性陣を眺めつつ、俺は真昼が作ったおにぎりをぱくりと頬張った。……すっかり上手くなったもので、かつてあんなに失敗していたのが嘘か幻であったかのように美味しく出来ている。流石、初めて俺より上手に作れるようになった料理なだけのことはあるな。

 彼女に料理を教える身としては嬉しく思う反面――少しだけ寂しい気持ちにもなってしまう。


「んむっ! お兄さんが作った玉子焼き、すっごく美味しいですっ!」

「そうか? 綺麗に巻くのが結構難しくて、見た目とかかなりボロボロだろ」

「味に見た目なんて関係ありませんからねっ!」

「ははっ、男前だなあ」


 俺が作ったへたくそな玉子焼きを、相変わらずご馳走でも食べているかのような満面の笑みで美味しそうに食べる真昼。そんな真昼を見てか、JK組の面々や青葉の箸が進むペースも早いように感じる。まあ、この子を見ているとなんだか腹が減るという気持ちはよーく分かるのだが。


「お兄さんお兄さんっ! 私もこういうちゃんとした玉子焼き、作ってみたいです!」

「おう、そうか。じゃあまた帰ったら教えてやるよ。俺もまだ練習中だけどな」

「やったー! ふふーん、もしかしたら私の方が先にマスターしちゃうかもしれませんね!」

「……それはないでしょ」

「ひよりちゃん!? 今ぼそって言ったの、ちゃんと聞こえてるからね!?」


「これでもちょっとはお料理出来るようになってきたんだから!」と小椿こつばきさんに訴えかける真昼の姿を見て、俺は小さく笑みを浮かべた。

〝真昼が俺の部屋に来なきゃならない理由〟が、また一つ増えてしまったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る