第八八食 家森夕と難しい話

 俺という人間はこれまでの人生を、まともな異性と関わる経験が少ないまま生きてきてしまった。〝まともに異性と〟ではなく〝まともな異性と〟だ。


「見てみてゆうー! 砂でチットガーフォートを作ってみたよー!」

「すごっ!? 蒼生あおいさんすごっ!?」


 ……代表例は青葉蒼生コイツ。海水浴場のど真ん中で馬鹿みたいに精巧な砂のお城を作っている大学の同級生である。頭はカラだがその他は大概の才能に恵まれていて、横で見ているとなんだかとても腹が立つ。基本的に自分がやりたいようにやるタイプで、自由奔放と言えば聞こえはいいが、出会ってからたった一年やそこらで彼女に振り回された回数は既に数知れない。

 それでも俺が彼女とつるんでいるのは、先ほどのナンパ騒ぎの時のようにごく稀に見せる〝イイヤツの一面〟を知っているからだ。空気の読めない遅刻・ドタキャンの常習犯だが……まあ悪いヤツではない。あまり人に紹介したくない種類の友人ではあるが。


 大学内で言うなら千歳千鶴ちとせちづるもそうだ。彼女はある意味青葉あおばとは真逆で、基本的にはイイ人なのに攻撃的な言葉遣いと見る人を威嚇せんばかりの不良感バリバリの外見のせいで損をしているタイプである。

 他人に迷惑をかける人間が許せなかったり、可愛いものが大好きだったりと内面的には人に好かれそうな部分をたくさん持っているのだが……どうしてあんな振る舞いをしているのだろうか。人の内情にズケズケと踏み込むつもりはないものの、少し勿体ないと思ってしまう。


 他にも地元高校で唯一まともに関わっていた少女や小学生の時に転校していったクラスメイトなど、俺が一定以上親しくなれたと記憶している異性の大半……というかほとんど全員が一癖も二癖もある変人だった。〝類は友を呼ぶ〟なんてことわざがあるが、もしそれが本当だとしたら俺は彼女たちと同レベルの変人だということになるのか? 自分で言うのもなんだが、俺ほど〝普通〟や〝平凡〟という言葉が似合う人類もそう居ないだろうに。


「ねー夕ってば聞いてるー? チットガーフォートだよチットガーフォート!」

「ん? ああ、聞いてる聞いてる。俺もいつか食べてみたいと思ってたんだよな、フェットチーネ」

「いや誰もパスタの話なんかしてないし! もういいよ、真昼まひるちゃんに見せてちやほやしてもらうから! おーい真昼ちゃーん! 見てみてこれ、チットガーフォートー!」

「えっ? チット……ふぇ、フェットチーネですか?」

「あの子キミとおんなじこと言ってるんだけど!? どういうミラクル起こしてるのさ!? そもそも聞き間違えるほど似てもいないし、〝チットガーフォート〟と〝フェットチーネ〟!」


 騒ぐ青葉を横目に、おそらくは俺と同じく先日新しく購入したレシピ本に掲載されていた本格イタリアンパスタを連想したのであろう真昼の方を見る。彼女は青葉の引くほどった砂城を見るや「うええっ!? す、すごいですっ!?」となんとも理想的なリアクションをとっていた。その様子からして、どうやら人生初のナンパに怯えていたのはすっかり楽しさで上書きされたようである。……良かった。


「(……しかしアレだな。ナンパされるってことは、真昼ってやっぱり結構モテるんだな)」


 今までも俺の知り合いとしては非常に珍しい、純粋に可愛い子だなあとは思ってきたが……こうして実際に体験するとそう思っているのは俺だけではないのだと実感させられる。

 よくよく考えてみれば、俺は真昼が男と親しくしているところなど見たことがなかった。いや、普段彼女と会うのなんて俺の部屋の中でだけなのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれども。普通に考えて、真昼くらい顔も性格も頭も良い子ならモテるに決まっているのだし。


「(つーか家庭的スペックの残念さ以外はほとんどカンペキみたいなもんなのに、なんでこんな子に彼氏の一人も出来ないのかね……)」


 青葉のように〝顔は良いけど異性受けする顔立ちの良さではない〟とか〝顔は良いけど中身が残念アレ〟とかならまだしも、真昼はそのどちらにも当てはまらない。それなのに真昼の口から彼氏やそれに近しい男の話など聞いたことがなかった。


「(まあそんなプライベートな話、ただのお隣さんに話すような内容でもないか……)」


 そう考えるとなんだか一抹の寂しさを覚えてしまうが……しかし好きな人の話題なんて家族にだって易々とはしないだろう。俺が中学生や高校生の時分、母親相手に「隣のクラスの○○さん、めちゃくちゃ可愛いんだよね!」みたいな話をしたかと問われればそりゃあしていなかったわけで。

 ましてや俺と真昼は単なるお隣さん。〝他人〟の延長線上にある関係に過ぎない。仮に真昼に好きな人や彼氏がいたとして、それを俺が知る理由も必要もないのだ。


「(だが待てよ? もしこの先真昼に彼氏や好きな人が出来たら……おれの部屋に出入りするのはまずくないか?)」


 現時点でも結構なグレーゾーンだろうが……彼氏はもちろんのこと、もしも好きな人に「旭日あさひ真昼は見知らぬ男の部屋に入り浸っているらしい」なんて思われたら最悪だ。その恋はまず叶わなくなってしまうだろう。


「(いや、それ以前に……真昼が俺の部屋に来なきゃならない理由自体、もうほとんどないようなもんなんだよな)」


 近頃の彼女は俺が教えた料理をかなり上手に作れるようになっている。先週、俺が大学の試験期間を乗り越えられたのは彼女の料理の腕が上達したことの証左とも言えよう。

 だったら、もはやわざわざ食事の度に俺の部屋に来る必要もないのかもしれない。問題があるとすれば彼女の部屋には電子レンジすらないということ、そして――


『一人で食べるより、誰かと食べた方が美味しいから……』


「……難しい話だな」


 俺が一人ぼそりと呟いたその時、元気の良い女子高生が「お兄さんお兄さんっ!」とぴょんぴょこ駆け寄ってきた。


「ひよりちゃんたちが海の家でビーチボール借りてきてくれたので今からそれで……? あのお兄さん、どうかしましたか? なんだか暗い顔してますけど……」

「……ううん、なんでもないよ」


 一瞬で俺の顔色を見抜いてくる彼女に苦笑して、俺はよっこらせ、と平静をよそおいつつ立ち上がる。

 どちらにせよ、今はせっかくの楽しい時間。後のことは、帰ってからゆっくり考えることにしよう。

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