第八七食 小椿ひよりと恋愛調査④

「お、おにいざんっ、ありがどうございばず~っ! わ、わだじずっごぐごわぐで@$☆※○〒……!」

「お、おう、分かった、分かったからとりあえず日本語で話そうな?」

「あ、蒼生あおいさんの胸板、男の人らしくて硬いのにどことなく柔らかくて……なんだかすごく安心感がありました!」

「うん雪穂ゆきほちゃん、キミは私が思っていたよりだいぶ余裕があったみたいだね」


 よほど怖かったのかドバドバと涙を流しながらゆうにしがみつく真昼まひると、蒼生に勢い良く抱き締められたことを思い出して赤く染まった頬に両手を添えつつクネクネ身をよじらせる雪穂。そんな対照的な二人の友人の無事を確認し、ひよりはほっと一息をついていた。


「んふふー、心配することなかったみたいだねー」

「アキ……」


 後ろから掛けられた声に振り返ると、浮き輪を抱えて海から上がってきた亜紀あきがひよりの取り越し苦労に同情するかのように笑いながら立っている。


「……そうだね。だからって友だちがピンチって時に浮き輪でぷかぷかしてたあんたはどうかと思うけど」

「えー? だって私が行ってもナンパされる対象が雪穂から私に変わるだけじゃーん」

「自分に自信ありすぎでしょ」


 とは言うものの、学校でもそのゆるふわな見た目と女の子らしい雰囲気から真昼と同じかそれ以上の人気を誇る亜紀だ。そんな彼女がナンパ現場に飛び込むなど、カモネギ背負しょ って来るようなものだろう。ひよりは「こういうとき、可愛い子って有利だよなあ……」と思う反面、今回のような面倒ごとに巻き込まれやすくなるのかと考えると一概に羨ましいばかりとも言えない複雑な感情を覚えた。


「まーでもー、何事もなくて良かったよねー」

「うん」

「でも、ちょっと意外かもー。おにーさんは過保護っぽいところあるから分かるけどー、蒼生さんが雪穂のことあーんなに心配するなんてさー?」

「ああ……たしかに、言われてみればそうだね」


 例の無意味な嘘の件もあって蒼生はグイグイ迫ってくる雪穂のことを苦手に思っていそうだなと勝手に思っていたのだが、先ほどあの女子大生は夕と同じ勢いでナンパ現場に割って入っていた。もしや好意を向けられ続けるうちに、蒼生の方も雪穂に対してなにか特別な感情が芽生えでもしたのだろうか?


「あのあのっ、ありがとうございました蒼生さん! 私のこと助けに来てくれて!」

「!」


 ちょうどその時、タイミング良く雪穂が嬉しそうな笑顔とともに蒼生に礼を告げた。するとイケメン女子大生は「いやいや、気にしないでいいよ」と片手を挙げてみせる。


「だけど……無事で良かった。もし雪穂ちゃんと真昼ちゃんがあのひとたちになにかされていたらどうしようかと思ったよ」

「そ、そんなに心配してくれたんですか!?」

「当たり前じゃないか、心配するに決まってるよ。ねえ夕?」

「ああ、当然だ」


 真面目な顔をした蒼生が話を振ると、隣に立つ夕もまた神妙な表情でコクリと頷く。そしてそんな彼らの様子に、真昼と雪穂は揃って「え、ええっ!?」と驚きの声を上げた。


「おお、お兄さんっ!? そ、それってどういう……!?」

「もも、もしかして蒼生さん、私が誰かにとられるかもしれないと思って嫉妬したとかそういう……!?」


 どこか期待したような瞳をそれぞれの気になる相手へと向ける二人。しかしその期待は案の定というべきか、続く蒼生の言葉によって裏切られることとなる。


「だってキミたち、まだ好きな人と手を繋いだこともないんでしょ? だったらそういう大切な〝初めて〟の経験をあんなナンパ男たちにとられちゃ駄目だよ」

「え……」

「同感だ。そういうのはあんな誰彼構わず声掛けるような連中じゃなく、いつか本当に大切な人が出来た時のために残しておかないとな」

「そ、そういうことですか……」


 期待した言葉を言って貰えずにガックリと首を折る真昼と雪穂。しかし同時に、理由はどうあれ彼らが真剣に自分たちのことを心配してくれたという事実は嬉しいと感じてしまうらしく、今の彼女たちは残念さと喜びが混ざり合ったような微妙な表情になっている。


「あははー、オトメゴコロは複雑みたいだねー」

「結局は青葉あおばさんも家森やもりさんと同じで心配性だったってだけか……」

「年下の高校生こどもを心配するのは大学生共通の習性かなにかなのかなー?」


 亜紀が冗談めかしたことを言ってクスクス笑う中、ひよりはふと真昼と話している男子大学生のことを見る。


「やっぱ真昼たちだけだと危ないかもしれないし、俺と青葉もみんなの側についておくよ」

「いいんですか!? じゃあじゃあっ、私と雪穂ちゃんが一緒に作ってた砂のお城を一緒に完成させましょうっ!」

「え? う、海に入りに来たんじゃないのか? まあいいけど……っと、その前に荷物移動させてくるよ。貴重品はロッカーに預けてあるけど、荷物番なしで放っておくのも怖いからな」

「あっ、じゃあ私も手伝いますねっ! 行きましょう、お兄さんっ!」

「はいはい、ありがとう……って引っ張るな引っ張るな」


「(……少なくとも家森さんの方は、ひまのことを〝ただの高校生こども〟だとは思ってなさそうだけどね)」


 しかしそれはもしかしたら真昼に手を引かれていく彼自身さえ気付いていない感情なのかもしれなかった。

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