第八一食 海水浴場と水着女子①


 歌種うたたね町からレンタカーでおよそ二時間半。俺と青葉あおば、そして真昼まひるを筆頭とするJK組の四人を加えた六人は海水浴場へやって来ていた。

 砂浜に立てられた看板には「ようこそ、堀古里ほっこり海水浴場へ!」という文字といかにも仲良さげな男女グループが思い思いのポーズを決めている写真がデカデカと貼り出されている。そして辺りを見渡せば人、人、人。シーズンだけあって凄まじい混み具合である。


「これじゃああんまり遊べないかもなあ……」

「まあまあ。こういうのは雰囲気を楽しむもんじゃないか」


 一人言のつもりだった呟きに返ってきた声に俺が顔を向けると、そこには半袖のTシャツに短パンというユニセックスな格好をした青葉蒼生あおいがキラキラした笑顔で立っていた。


「いやあ、なかなか男冥利に尽きるんじゃないかい、ゆうクンや? こーんな美女と女子高生四人をはべらせて夏の海で遊べるだなんてさ」

「えっ? ……ああそっか、お前って生物学上は女なんだっけか」

「生物学上ってなんだよ!? 身も心も世間の評価も、私は正真正銘可愛い女の子じゃないか!」

「最後の一点についてははなはだ疑問だけどな」


 少なくとも今日の彼女は格好もあいまってどこからどう見ても男そのものである。といっても意図的に男っぽく振る舞っているのだから当たり前といえば当たり前なのだろうが。


「……結局、冬島ふゆしまさんたちには隠し通す方向性でいくんだよな?」

「まあね。無垢な女の子たちを騙すようでとても心苦しいけれど……私が汚れることで彼女たちの夢が守られるならお安い御用さ」

「なんか格好つけてるとこ悪いけど、そもそもお前が体育祭の時に要らん嘘吐いたりしなきゃここまでややこしいことになってないからな?」

「やめて、そんな正論聞きたくない」

「つーかお前、どこで着替えたんだよ? 女子更衣室は真昼たちが使ってるんだよな?」

「こうなることを見越して家で水着を着てきたんだ。その上からシャツと短パンを着ただけ」

「……それ、帰り大丈夫か?」

「やだなあ、パンツ持ってくるの忘れるとかそんなベタな展開なら期待しても起こらないよ?」


 ニヤニヤとからかうような目を向けてくる青葉に、俺は「いやそうじゃなくて」と胸の前で手を振る。


「隠し通すってことは帰る時にも女子更衣室に入れないってことだろ? お前野外で水着から着替えるつもりか?」

「……あ。し……しまったあッ!?」

「考えてなかったのかよ」

「どどどどうしよう夕!? いくら私でも野外生着替えショーなんてやりたくないよ!?」

「お、落ち着け。着替えるのが無理ならそもそも水着を濡らさなきゃいいってだけだろ」

「ハッ! 夕、キミってもしかして天才なのでは……!?」

「お前の発想が貧困なんだよ……」


 というかここまで来て海に入らず帰ることに疑問はないのか、こいつ……。

 などと話ながらとりあえずいたスペースにレジャーシートを広げる。海の家で借りてきたビーチパラソルも立てれば簡易拠点の完成だ。デッキチェアなんかもあるともっと雰囲気が出るのだが、混んでいるビーチであまり幅を取りすぎるのはよろしくなかろう。


「あっ、いたよ! お兄さーん、青葉さーん!」

「おー、真昼。遅かったな」

「お待たせしてすみませんっ、雪穂ゆきほちゃんの準備がなかなか整わなくてっ!」


 小さく息を切らせながら駆け寄ってきたお隣の女子高生は、どこぞの女子大生と違ってちゃんと女の子らしい水着を着用していた。

 淡いピンク色のビキニに、同色よりやや濃い腰巻きパレオ。頭にはつばの広いハットをかぶっており、潮風で帽子が飛ばされないようにやわらかく押さえる姿が実に絵になっている。

 やっぱり真昼は〝ザ・女の子〟って感じだよなぁ、と、普段身の回りにいるろくでもない女たちと比較してなんとなくしみじみしていると、俺の視線に気付いたらしい真昼はわずかに頬を染め、もじもじと恥ずかしそうに内ももり合わせる。


「あ、あの……へ、変じゃないでしょうか……?」

「ん? ああ、どこも変じゃないぞ。よく似合ってる」

「ほ、本当ですかっ? よ、良かった……こういう水着を着るのは初めてだったので……」

「へえ? 海とかプールとかあんまり行かないのか?」

「そうですね、学校のプール以外はほとんど……」


 それでこの前、わざわざ新しいのを買いに行ってたのか。いや、まあ中高生くらいだとどちらにせよ一年もたないうちにサイズ変わっちまうなんてザラなんだろうけど……。


『女の子は男の子と違って買い替えたくなくても買い替えなきゃならない日がくるものなんだよー。たとえばー……ここが育っちゃった時とか?』


「ッ!」

「? どうかしました、お兄さん? 急に空を見上げたりして……」

「い、いや、別に……!?」


 脳裏をよぎった赤羽あかばねさんの言葉に、一瞬真昼の胸元に目が行ってしまった俺は勢いよく視線を逸らしていた。い、いかん、なんか知らんが見てはいけないものを見てしまった気分だ。別に裸を見ているわけでもないのに……!


「(お、落ち着け家森やもり夕、相手は四つも年下の女の子だぞ……年上のお前がこれしきのことでドギマギしてどうする……!)」


 俺が拳を握り込んで自戒していると、心配そうな表情をした真昼が下から俺の顔を覗き込んできた。


「お、お兄さん、もしかして体調悪いですか? ここまでの運転を頑張ってくれたから……」

「ち、違う違う、大丈夫だから心配しないで……!」

「で、でも少し顔も赤いですし、どこか涼しいところで休憩した方がいいんじゃ……!」

「(近い近い近いッ!?)」


 この子が無防備なのは今に始まったことじゃないとはいえ、そんな薄着で密着してこないでくれ!?

 俺が薄目かつ「手を上げろフリーズ!」状態になっていると、ようやく真昼は自分の状態に気付いてくれたらしい。「あっ……!」という小さな声の後、彼女はサッと胸元を両腕で隠しながら俺に背を向ける。


「すすっ、すみませんっ!? こ、この格好に慣れてなくてっ……!?」

「い、いや大丈夫、気にしないでいいから……」


 すると互いに赤面する俺たちのことを静かに見守っていた青葉が、なにやらニヤニヤと悪い笑みを浮かべていることに気付いた。

「なんだよ?」という意味を込めてジトッとした目を向けると、イケメン女子大生は「べぇっつにぃ~?」と言わんばかりのウザい表情で口元に手を当てる。


「キミたちって可愛いよねぇ」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ」


 冬島さんとのこと手伝ってやらねえぞこの野郎、などと頭の中で悪態をついてみるものの……俺はその後しばらくの間、なんとなく真昼と目を合わせることが出来なかった。

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