第八二食 海水浴場と水着女子②

「あ、お、い、さあああああんっっっ!!」

「!?」


 俺と真昼まひるがなんとなく妙な空気になっていたところに突如としてそんな大声が聞こえてきて、俺のすぐ隣に居た青葉あおばが「むがあっ!?」という悲鳴と共に後方へ吹っ飛ぶ。何事かと思って振り返ってみるとそこには案の定、眼鏡少女改め冬島雪穂ふゆしまゆきほさんに押し倒されているイケメン女子大生の姿があった。


「どうでしょうか蒼生あおいさん! この水着、私なりに一生懸命選んでみたんですけど!」

「い、いやごめんね雪穂ちゃん、押し倒されてる状態じゃ見たくても見られないんだけど……」

「あっ!? ご、ごめんなさい!」


 即座に青葉の上から立ち上がった冬島さんは、ひらひらしたフリルのついたワンピースタイプの水着を着用していた。真昼のものと比べると肌の露出度が少なく、どちらかというと幼い印象を受ける。けれど決してそれが似合っていないというわけではなく、むしろJK組の中でも比較的活発な性格の彼女は背伸びをして大人びたビキニを着るよりもずっと素直で可愛らしいと思えた。

 そんな冬島さんを一目見て、青葉は「ほう?」と目尻をキラリと光らせる。


「なんだい雪穂ちゃん、体型に自信がないみたいなことを言ってた割にすごくいい身体をしているじゃないか」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。胸は控え目でも手足や腰回りまで細いから身長よりもずっとすらっとして見えるよね。真昼ちゃんの程よくやわらかくて抱き心地が良さそうな身体も私好みだけど、雪穂ちゃんのしなやかな身体も素晴らしい……!」

「だ、抱きごごっ……!?」

「(青葉こいつ、自分が男と勘違いされてること忘れてるんじゃねえだろうな……)」


 今の台詞、もし俺が真昼たちに向けて言ったら完全にアウトなアレなのだが。それを聞いた冬島さんが「嬉しいです、蒼生さんっ!」とキラキラした瞳をしているのは彼女が青葉に好意を抱いているからか、それとも青葉が男と見紛うほどのイケメンだからか……いや、きっとその両方なのだろう。

 まったく、いいよなぁイケメンは。多少失言しても勝手に好意的に解釈して貰えるんだから……などと俺が青葉に僻み八割羨望二割の視線を向けていると、更衣室の方から残る二人の女子高生たちが歩いてくるのが見えた。


「おーい、おにーさーん」

「お待たせしました家森やもりさん、青葉あおばさん」

「おー、こっちこっち」


 手招きをしながら見るとゆるふわ女子の赤羽あかばねさんはビキニブラとスカートのツーピースとでも言えばいいのか、そんな格好をしていた。長い腰巻きパレオを着けている真昼とはまた違い、膝上一五センチくらいの短めなスカートがひらりと揺れる。

 ついでに赤羽さんはビキニのサイズが小さめなこともあって、四人の中で肌の表面積が最も広い。……なんというか、真昼とはまた違った意味で視線を向けづらいな。


 一方の小椿こつばきさんは大人っぽい黒のビキニの上から薄手のパーカーを羽織っている。JK組で一番背の高い彼女のプロポーションは抜群であり、その辺を歩いている大人の女性よりもよっぽど大人っぽく見えた。ついでに剣道で鍛えているからか、彼女の腹回りや腕・脚にはしっかりとした筋肉がついていて……〝綺麗〟や〝可愛い〟という言葉よりも〝美しい〟という表現が相応しいと思わせられる。


「なーにーおにーさーん? 私たちのことジロジロ見てきて、やらしーんだー?」

「! わ、悪い、ごめんっ!?」


 赤羽さんに指摘されて慌てて視線を逸らす俺に、ゆるふわ系少女はくすくす笑う。


「駄目じゃないかゆう。年頃の女の子の身体をなめ回すように見て、いったいどんないやらしいことを考えているんだい?」

「かっ、考えてねえよ! 青葉おまえと一緒にすんな!?」

「おにーさん顔真っ赤にしちゃってかーわいー。そんなに触りたいなら後で私にサンオイル塗らせてあげるねー?」

「い、要らん要らん!? オイルならほら、青葉が塗るから!」

「えー? 遠慮しなくていいのにー、ねーまひるー?」

「え゛!?」

「まひるはさっき更衣室で『お兄さんになら前に塗られてもいいよ』って言ってたもんねー?」

「言ってないよねッ!? そういう嘘はやめてよ亜紀あきちゃんっ!? ち、違いますよ、本当に言ってませんからねお兄さんぅ!?」

「お、おう。大丈夫、ちゃんと分かってるから……」

「蒼生さんっ! 私も蒼生さんになら全身どこに塗られても大丈夫ですよっ!」

「え゛!? い、いや雪穂ちゃん、キミはもっと自分を大切にした方がいいんじゃないかなぁ……」


 集合するなり騒がしくなる俺たちの海水浴場の一角。なんだかんだで俺たちは皆、夏の海に来たことでテンションが上がりきっていたのかもしれない。


「……」


 だから俺は気付けなかった。

 小椿さんがなにやら思惑ありげな瞳で、静かに俺と真昼を見つめていたことに。

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