第六二食 旭日真昼と通知表
俺は中学とか高校とか大学とか、自分が一つ上の段階に進む
たとえば小学生時代の俺はよく国語で音読の宿題を出され、親の前でわけの分からん小説やら説明文やらを読まされるのが嫌いだったのだが、中学に上がった途端に「音読なんか読むだけじゃん、古文の宿題の方が一〇倍、いや一〇〇倍しんどいぜ!」と思うようになった。
さらに高校に上がると、今度は「古文ってめちゃくちゃ単純だったよな……漢文の宿題ナンダコレ」となる。さらにさらに、大学生になった俺は「高校レベルの漢文なんて楽勝だろ、そんなことより法学の判例文献漁りが地獄すぎる……」と思っている……もちろん現在進行形で。
そして今の俺は判例文献を漁っては定説の提唱者の原文やらなんやらを調べる作業こそが人生最大の苦難と信じて
要するになにが言いたいのかと言えば、人間という生き物は〝
「高校生はいいよな……今にして思えば高一の期末試験なんて授業さえ聞いてりゃ一〇〇点も余裕で
「だ、大丈夫ですか、お兄さん……?」
――七月の終盤、「明日から夏休みですっ!」と嬉しそうに我が家へやって来た
「やっぱり大学の試験って高校より大変なんですねっ。お兄さんはすごいですっ!」
「や、やめてくれ真昼……今まさに過去を見下したばかりのしょうもない男に、そんな純粋でキラキラした瞳を向けないでくれ……」
真昼と比べて自分がひどくちっぽけに思えてしまった俺はむくりと身体を起こし、試験対策用の資料をまとめていたノートPCを一旦閉じる。まだまだ作業は残っているが、真昼が来ている時くらいは休憩だ。
俺は真昼が自分の部屋の冷蔵庫から持ってきてくれた甘めの缶コーヒーに口をつけつつ、気分転換を兼ねて彼女に話題を振る。
「明日から夏休みってことは、今日は通知表とか受け取ってきたのか?」
「あ、はい。よかったら見ますか?」
「え、いいのか? そういや真昼の学校での成績とか全然知らないな、俺……」
言っている間に真昼が鞄から成績通知表を取り出して差し出してくれた。赤の他人の俺が個人情報に触れるのはどうかと思わなくもないが……好奇心には勝てず。
「本人がいいって言ってるんだし……」などと内心言い訳しつつ、俺は〝一年一組出席番号二番
「えーっとなになに……『現代文:評定5 古文:評定5 数学Ⅰ:評定5 数学A:評定5 英語Ⅰ:評定5 英語C:評定5』……ってなんじゃこりゃあっ!?」
国語から数学、英語、理科、社会までの評定に「5」以外の数字が書かれていない。なにこの通知表こわっ!? 俺が高校の頃なんて五段階評価で「4」がついていればそこそこ嬉しかったんだが。
「(そういや真昼の部屋に行った時、めちゃくちゃ勉強してる形跡あったもんなあ……バイトも部活もしてない分、ちゃんと学生としての本分を果たしてる……)」
遊ぶ金欲しさにアルバイトに
「……偉いな、真昼。勉強、頑張ったんだな」
「えっ、そ、そうですか? えへへ……。で、でもでも、副教科の成績はいまいちだったので……」
褒められて嬉しそうに照れ笑いをしてから真昼がそう言うので、俺は改めて通知表の続きに目を通す。
……たしかにいわゆる〝五教科〟は完璧だが、体育や美術、音楽といった実技系の成績は平均的なようだ。特に――
「家庭科が『2』か……」
まあ普段の彼女を見ていたらそりゃそうだ、としか言えないのだが。料理こそマシになってきたとはいえ、まだまだ不器用だからな、この子……。
俺がもう少し色々教えてやるべきか、などと考えかけたその時、「そうなんですっ!」と何故か真昼が得意気に胸を張った。
「今回は家庭科が評定『2』だったんですよっ! もうびっくりしちゃいました!」
「……え? な、なにそのテンション……『2』だったのがそんなに嬉しいのか?」
「はいっ! だって私、中学時代の家庭科の評定は万年『1』でしたから!」
「いやどんだけ家庭科と相性悪いんだよ……」
ツッコミを入れる俺に、しかし真昼は「ふふっ」と口元を押さえながら笑う。
「お兄さんと過ごした毎日のお陰ですっ!」
「! ……そっか」
「はいっ!」
ニコニコと朝日のような笑顔を向けてくる女子高生のことを直視出来ず、思わず目を逸らしてしまう俺。……いかんいかん、
「そ、そういえば通知表、親御さんに見せなくていいのか?」
「あっ、はい。夏休み中に一度帰省するのでその時に見せようかなと――」
……だがまあ、俺が少しでもこの子の力になれたということは、素直に嬉しいものだな。
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