第五八食 冬島雪穂と育乳メニュー①

「はーい、そこまでー。全員プールから上がれー」


 真夏の太陽が眩しい七月。歌種うたたね高校のプールに、体育教師が吹いたホイッスルの音が鳴り響く。号令に従い、塩素臭いプールサイドに上がってくるのはスクール水着を着用したうら若き乙女たちだ。

 そのうちの一人、旭日真昼あさひまひる瑞々みずみずしい肢体を惜し気もなく陽光の下に晒しながら、「んんーっ!」と思いっきり伸びをする。


「ぷはーっ! やっぱりプールの授業って楽しいねっ! ひよりちゃんっ!」

「ま、こんだけ暑いと水に浸かりたくもなるわよね」


 同じく真昼の親友である小椿こつばきひよりも、水泳キャップとゴーグルを外しながらフッと笑みを浮かべた。そしてそんな彼女らとは対照的に、猫背で濡れた髪を嫌そうに絞るのは赤羽亜紀あかばねあきである。


「泳ぐのはキライじゃないけどー……プールの水って汚くてきらーい。こんなのぜったい髪傷むしー……せめてシャワーくらいつけてほしいんだけどー」

「シャワーならあるよ?」

「地獄の冷水シャワーじゃなくてちゃんとした温水シャワーのことー。あとシャンプーとトリートメントとボディーソープとー……」

「ここは銭湯じゃないのよ。我慢しなさい」

「うえー……」


 そんな文句を言いつつ、最後の軽いストレッチを終え、冷水シャワーでなるべく綺麗に髪や身体を洗ってから更衣室へ戻る。そこで真昼はふと、いつも騒がしいグループ内のムードメーカーがやけに静かなことに気が付いた。


雪穂ゆきほちゃん? さっきからあんまり喋ってないけどどうかしたの?」

「そういえばー。というかー、授業始まってからあんまり喋ってなかったくないー?」


 亜紀と共に、顔を俯けている眼鏡女子――冬島ふゆしま雪穂へと目を向ける。


「……の……」

「の?」

「この――裏切り者どもがーーーっ!?」

「ぎゃあああああっ!? どどどっ、どしたの、雪穂ちゃん!?」


 いきなり諸手もろてを振り上げて憤激した友人に、真昼は思わずひよりの腕に抱き付いた。そして周囲の生徒たちが何事かと目を向ける中、雪穂は友人三名にビシィッ! と指を突きつける。


「あんたら、いつの間にそんなに〝育った〟のよ!? おかしいでしょっ!? 私なんて去年からミリ単位でしか成長してないのに!?」

「な、なんの話……?」

「『なんの話?』じゃないわ白々しいーーーっ!?」

「ひぃっ!?」


 修羅の形相で睨み付けてくる眼鏡女子に真昼がサッと身を隠す。そんな彼女を背に庇いつつ、ひよりが「とりあえずうるさいわよ」と顔をしかめた。


「なになにー? なに怒ってんの、雪穂はー?」

っ! あんたがこれ見よがしにぶら下げてるでっかい脂肪の塊ッ!」

「言い方ー。なにー、要するに胸の大きさのことで怒ってんのー?」

「アホらし……」

「アホらしくないわっ! 由々しき問題だっての!?」


 付き合ってられない、とばかりにさっさと着替え始めるひよりに、完全に涙目になっている雪穂はその薄い胸を抱き締めるようにぎゅうっと身を縮こまらせる。


「なんで……!? たしかにアキは去年から既に育ってたけども、背低ちっこいクセについてほしいとこにばっか肉ついててクソ羨ましい半分寄越せって思ってたけども!」

「ごめんねー、恵まれちゃっててー」

「だがしかァーしッ! ひよひまコンビ! 去年のあんたらはじゃなかった! もっと謙虚な胸部装甲をしていたはずッ! なのになんで一年でそんな育ってるわけ!?」

「きょ、きょうぶそうこう……?」

「うるさいわね……別に胸なんてあっても邪魔なだけじゃない」

「それは持ってるヤツの台詞なんだよおおおおおっ!!」

「怒りのあまりキャラ崩壊してるよ雪穂ー」


 絶叫する雪穂に「どうどう」となだめにかかる亜紀。しかし持たざる少女の怒りは毛先ほども収まらない。彼女は「特にまひるーッ!」とひよりの影に隠れていた真昼の肩をガッシと掴んだ。


「あんたは去年まで私と大差なかったじゃん! 団栗どんぐりの背比べやってたじゃん! なのになに!? なにあっさり平均的な女子高生様になっちゃってんの!?」

「な、なにって言われても……」

「でも言われてみればたしかにー。こないだ一緒にお風呂入った時はあんま気にしなかったけどー、まひるはだいぶ大きくなったよねー。雪穂は相変わらず〝壁〟なのにー」

「誰が絶壁じゃコラァッ!?」

「落ち着きなってば。誰も〝絶壁〟とまでは言ってないし」

「あんた一体どんなインチキ使ったんだよぅ!? どうやったら一年でそんな育つんだよぅ!? 私にも教えろよ友だちだろぅ!?」


 真昼のことをガクンガクンと前後に揺さぶりながら問い詰める雪穂。しかし特別なことをした記憶などまったくない真昼が答えられるはずもなく。

 すると亜紀が「ふむー」と一人顎に手を当てて頷く。


「ここ一年以内のまひるの大きな変化といえばー、やっぱりおにーさんだよねー?」

「えっ……ま、まあそう……なのかな……?」


 真昼が曖昧に肯定すると、ゆるふわ系少女はキランッ、と目尻をあやしくきらめかせた。


「それってつまりー……〝異性おとこのこに揉まれたら大きくなる〟っていうアレなのではー?」

「まひるうううううお前えええええっ!?」

「ぎゃあああああっ!? ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってっ!? そそ、そんなことあるわけないでしょっ!? 私とお兄さんをなんだと思ってるのさっ!?」


 二重の意味で嫉妬の咆哮を繰り出す雪穂を必死に押し止めつつ、一瞬で顔をリンゴのように真っ赤にした真昼が喚く。しかし〝絶壁〟に加えて〝彼氏いない歴=年齢〟の少女はいよいよ額からツノでもえてきそうなほど鬼気迫る顔面で真昼に詰め寄った。


「ネタマシイ……ッ! ネタマ、シイィィィ……ッ!」

「怖い怖い怖い!? あ、亜紀ちゃんっ! 亜紀ちゃんが変なこと言うから雪穂ちゃんおかしくなっちゃったよ!?」

「いや雪穂がおかしいのはいつものことでしょー」

「……というか、『ここ一年以内の真昼ひまの大きな変化』っていうならさ」


 いつの間にか制服に着替え終わっていた姉御肌の少女の声に、残る三人が一斉に視線を集める。


「〝食生活が改善された〟っていうのが一番大きいんじゃないの?」

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