第五七食 お泊まり組とハンバーガー③

「お兄さん、今日は朝早いんですよね?」

「ん? ああ、ちょっとだけな。一限の授業用のレジュメをコピーしに行かないとだから」

「じゃあじゃあっ、途中まで一緒に行きましょう!」

「いや一緒にって、俺原付なんだが……」

「いいじゃーん、どうせ駐輪場したまでは行くんでしょー?」

「そりゃそうだけど……まあいいか」


 そんなやり取りがあった後、部屋を出た真昼まひる亜紀あきゆうの三人は鉄筋コンクリート造りのアパートの廊下を歩く。


「まひるありがとー。お邪魔しましただねー」

「ぜんぜん! すっごく楽しかったよ!」

「おにーさんも、押しかけちゃってごめんねー?」

「ああ。でも次は断ってから家に上がってくれよ?」

「んふふー、それは保証しかねるけどー」

「なんでだよ」


 一階に下り、うたたねハイツの外に出る。朝感じた通り、今日はなかなかの暑さだ。女子高生たちは手で額に影を作り、夕が原付を出しに行っている間に「今日は暑いねー」などと月並みな会話を交わす。


「亜紀ちゃん、着替えとか持ったまま行くの?」

「そだねー、いちいち帰るのめんどいしー」

「教科書と合わせたら結構な荷物じゃない? 大丈夫?」

「私全部置き勉してるからー」

「ええ……」


 不真面目なことを平然と言い、ゆるふわ系少女はケラケラと笑った。

 そして「あっ、そうだ」と思い出したように手を叩くと、疑問符を浮かべる真昼を置いてとてとてと大学生の方へと駆けていく。


「ねーねー、おにーさん」

「ん? どうした?」


 一〇〇CC用のヘルメットを装着しながらこちらを向いた夕に、亜紀は若干抑えた声で「ちょっと聞きたかったんだけどー」と切り出す。


「なんで今朝、わざわざ私たちのこと朝ごはんに呼んでくれたのー?」

「えっ? なんで、って言われても……」

「なにか理由あるんでしょー? だって昨日、まひるがちゃんと『要らない』って言ってたじゃん」

「あー……いや、理由ってほどのこともないんだけどな。赤羽あかばねさんが朝飯食わないって言ってるのが気になったっていうのが一番の理由だし。あとは……」


 言いながら原付のスタンドをおろすと、青年はちらりと真昼の方を見た。


「昨日の晩の真昼の様子がちょっとだけ気になったんだ。なんか変だっただろ、あの子」

「あー……そうだねー」


 それおにーさんにハンバーグの美味しさで負けたせいだけど、という言葉は飲み込んでおく。


「だから真昼が喜びそうなもん作ってやろうかなって思っただけだよ。ハンバーガーはハンバーグ作ろうって思ったときから作りたかったから材料は揃えてあったしな。まあチーズは使われちゃったけど」

「その節はご迷惑をおかけしましたー。……でも、ふーん? 優しいねー、おにーさん。そんなに真昼のこと大事ー?」

「ん? 大事、っていうか……そうだな……」


 夕は原付を押し出しながら答える。


「どっちかと言えば心配、かな。真昼は近くに頼れる大人とかあんま居ないだろ? だから俺にしてやれることくらいは、な」

「……そっかー」


 やっぱ大事にしてんじゃん、という言葉はやはり飲み込み、亜紀は代わりに「んひひー」と嬉しそうに破顔した。そんな彼女に夕が「なにがそんなに嬉しいんだよ」と苦笑を返す。


「それじゃあ二人とも、車に気を付けてな」

「はいっ! お兄さんも!」

「わき見運転して事故っちゃ駄目だよー?」

「しないしない」


 原付バイクに跨がり、走り去っていった大学生の背中を見送った後、真昼と亜紀も二人連れたって歩き出した。

 ここから歌種うたたね高校までは徒歩で一〇分もかからない。始業のチャイムより二〇分も早く到着するなんて、いつも遅刻スレスレ――なんなら時折遅刻する亜紀からすればあり得ないことである。

 あと二〇分は寝られたんだなと考えると勿体ない気持ちにならなくもないが……代わりに久しぶりに充実した朝食を食べられたのだから悪い気分ではなかった。


「ね、ねぇ亜紀ちゃん。さっきお兄さんとなに話してたの?」

「んー? んーと……『また遊びに来るね』って」

「あっ、そうなんだ。……ほっ……」

「(まひる、分かりやすーい)」


 露骨に安堵の息を吐く真昼に、亜紀は内心ニヤニヤしてしまう。これで本人はまだ自覚がないというのだから驚きだ。


「(まー分からなくもないけどねー。おにーさんの方は脈アリって感じじゃないけど、あんだけ大事にされてれば、ねー)」


 しかしそれはそれ、これはこれ。目の前で胸を撫で下ろす真昼を見たら――いじめてみたくなるのが亜紀クオリティーである。


「それとー……『今度は二人っきりで遊ぼうね』って」

「!?!? えっ、う、嘘……っていうか冗談だよね!? 絶対今作ったよね!?」

「えっ? ホントだけどー?」

「真顔やめて!? な、なんで二人っきり!? 私も混ぜてよ、どうして仲間はずれにするの!?」

「えー、だってまひるっておこちゃまだしー、はまだ早いからねー?」

「『そういうの』ってなにどういうの!?」

「どういうのだろうねー」


 すぐ人の言うことを信じる友人に悪どい笑みを返しつつ、亜紀は珍しく上機嫌でいつもとは違う通学路を歩く。

 ほんの少しだけ、今の嘘は本当でもいいかな、と思いながら。

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