第五六食 お泊まり組とハンバーガー②

「おっはようございまーすっ!」

「おー。おはよう真昼まひる赤羽あかばねさん」

「ねむいー……」


 約三〇分後、お泊まり組の二人はゆうの部屋を訪れていた。片や元気一杯のお日様系女子高生、片や眠たさを隠そうともしないゆるふわ系改めでろでろ系女子高生。落差のすごい彼女らを見て、部屋主の青年が苦笑いする。


「おにーさん、昨日も言ったけど私朝ごはんとか要らないってばー……」


 言いながら目元を擦る亜紀あきに、夕は「ごめんごめん」と手を合わせた。


「だけど朝飯くらい食っといた方がいいよ、赤羽さん。君、二時限目くらいでお腹がいてきて授業に集中できないタイプだろ?」

「えっ、なんで分かんのー?」

「フッ、分かるさ……俺もそうだったからなっ」

「あのお兄さん、ぜんぜんキメ顔するとこじゃないと思います……ってあれ? なんだろ、この美味しそうな匂い……」


 真昼がすんすんと嗅覚を研ぎ澄ませると、なにやら部屋の奥から食欲をそそる香りが漂ってくる。

 寝起きにカレーをおかわりできる真昼と違って夕は極めて平均的な胃腸をしているため、家森やもり家の朝食はトーストや卵かけご飯、シリアルやバナナなど、重くない食べ物を中心に構成されることが多いのだが……今日は違うのだろうか。


「ああ、もう準備出来てるよ。食べようか」

「ふ……ふおおおおおっ!? こ、これはっ……ハンバーガーですか!?」


 部屋に通された真昼が見たものは、昨夜夕が作ったハンバーグが二枚の薄いパンに挟まれている一品だった。いわゆる〝ジャンク・フード〟も大好きな女子高生は思わず瞳をキラキラと輝かせる。


「といっても使ってるのはちゃんとしたバンズじゃなくて普通の食パンだから、どっちかっていうと〝ハンバーグのサンドイッチ〟だけどな。トーストにすると固くなるから、レンチンして温めてあるよ」

「へー……おにーさん、こんなアレンジ料理みたいなのもできるんだー?」

「いや、完全にレシピ本のパクリ。まあ冷めないうちに召し上がれ」

「わーいっ! いっただっきまーすっ!」


 言うが早いか、いつもの座布団に座った真昼は両手をきっちり揃えてから皿の上に載っているハンバーガーもどきを手にとってかぶりついた。


「んんぅ~っ! んまっ!? これチーズも入ってる~っ!」


 一段と輝きの増した瞳が映すのは、昨夜のものよりもずっと薄く焼かれたハンバーグから伝わる熱でとろりと溶け出したスライスチーズだった。亜紀がおふざけで作ったチーズハンバーグとはまったく違い、ハンバーグの濃厚な旨味を包み込むように調和させている。


「……あれー? 私チーズ全部使っちゃったんじゃなかったっけ?」

「ああ。だから昨夜ゆうべ、スーパーに買いに行ったんだ。元々朝飯用だったからね」

「えっ、そうだったのー? ご、ごめんなさい……」

「いやいや、気にしないでいいよ。冷蔵庫の中身好きに使えって言ったのはこっちだし。それより、赤羽さんはやっぱり食べないのか?」

「うーん、そりゃあんだけ美味しそうに食べられると興味は湧くけどー……」


 亜紀はちらり、と幸福満面の表情でハンバーガーを頬張る真昼に目を向ける。寝起きから三〇分とは思えない食べっぷりだった。


「でも朝からハンバーガーはちょっと重いかなー。おにーさん、私こんなに食べられないから半分こしてー?」

「ああ、そう言うかもしれないと思って、赤羽さんの分は最初から半分に切ってあるよ」

「おっ、気が利くー。じゃあ半分だけもらうねー」


 よっこらせー、と亜紀はゆるふわな見た目に反しておっさんくさい掛け声とともに座布団に腰を下ろし、その割には隣の友人より比較的上品な所作でハンバーガーもどきを口にする。


「……んっ! んまっ!?」


 真昼とほぼ同じリアクションで、亜紀もまたその眠たげな瞳をきらめかせた。

 チーズもそうだが、よく見ると食パンの内側になにかのソースが塗られている。かなり濃い味付けだが、どうやらそれが現代っ子の琴線に触れたらしい。


「それはマヨネーズとケチャップを混ぜてちょこっとウスターソースを加えた〝なんちゃってオーロラソース〟だよ。美味うまいだろ?」

「めちゃうまですねっ! これもレシピ本に載ってたんですか?」

「いや、それはうちの実家でハンバーグを食うときに親父が作ってくれたやつ。本当はてりやきバーガーっぽくしたかったんだけど、てりやきソースの作り方がさっぱり分からんかったから代用してみたよ」

「すっっっごく美味しいですっ!」

「そっか、それは良かった。あっ、そうだ。いつものヨーグルトも買ってあるぞ。食うだろ?」

「わーいっ! いちごヨーグルト大好きですっ!」


 笑顔を交わす夕と真昼を見ながら、亜紀はもぐもぐとハンバーガーを咀嚼そしゃくする。休日でもなければ滅多に朝食をらない彼女は、こんな風に楽しく朝食を食べた記憶など久しくなかった。


「……ちょっと羨ましいな、まひる……」

「? 亜紀ちゃん、なにか言った?」


 ぽそっと呟かれた一人言に振り向いた真昼に、亜紀はぷるぷると首を振る。


「んーん。ハンバーガー美味しいなーって」

「だよねだよねーっ! あっ、亜紀ちゃん半分食べないの? 貰ってもいい!?」

「朝からよくそんな食べられるねー。……でもダメー。やっぱり自分で食べるからー」

「そんなぁっ!? さっきまで『朝ごはんとか要らなーい』とか言ってたくせにーっ!?」

「それはそれー、これはこれー」

「こら真昼、赤羽さんが食べるって言ってるんだから欲張らない。また今度同じの作ってやるから」

「ほっ、本当ですか!? じゃあその時は作り方も一緒に教えてくださいねっ、絶対ですよっ!?」

「はいはい、分かった分かった」


 食い意地の張った女子高生を慣れた様子であしらう大学生。そんな彼らの関係を改めて羨ましいと感じつつ、亜紀はハンバーガーの残り半分に手を伸ばした。

 ……今日の午前は、ちゃんと授業を受けられそうである。

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