第五三食 失敗料理と女子高生①


「――いただきます」


 ゆうが箸を手にそう呟いたのを、真昼まひるは緊張の面持ちで見守っていた。

 片方の皿の上に乗っているのは真昼作・火加減を誤り焦げてしまったハンバーグ。一応あらかじめ大きなコゲは取り除いておいたものの、お世辞にも美味しそうな見た目とは言えない。

 もう一方の皿には亜紀あきの個性的な発想改め悪ふざけが生み出したチーズハンバーグ。大量のスライスチーズを乗せて加熱した結果、もはや見た目からはなんの料理なのかさえ分からない有り様である。

 少女たちが勝負という名目で作った二皿に、夕が静かに箸を入れた。


「……」

「ど、どうですか、お兄さん……?」

「どっちが美味しいー?」


 夕がそれぞれのハンバーグを一口ずつ食してから、真昼と亜紀は口々に問い掛ける。するとこの部屋の主は「う、うーん……」と言い出しづらそうに首を捻った。


「正直に言うと……どっちも美味しくはない、かな……」

「うぐっ!?」

「えー? なんでー?」


 夕の酷評を受けて片や胸を押さえ、片や不満げな顔をする少女たち。そんな彼女らに眼鏡女子こと冬島雪穂ふゆしまゆきほが「いや、そりゃそうなるでしょ」としらけたような半眼を向ける。


「どこからどう見ても美味しそうには見えないもん、あんたらが作ったハンバーグモドキ。ね、ひより?」

「まあ……そうね」


 話を振られたひよりが同意の首肯をするのを見て、亜紀はさらに不満そうな顔で「むむー」と唸る。


「なそんなこと言うなら二人も食べてみてよー?」

「ええ……?」

「食べるまでもないじゃん……」


 嫌そうにしながらも、ひよりと雪穂の二人はそれぞれのハンバーグが乗った皿から一口ずつ口へ運び――そしてすぐに「うっ……!?」「んぐっ!?」と声にならない悲鳴を上げた。


「な、なにこれ!? アキが作った方、なんかすっごい水っぽいんだけど!?」

「えっ、なんでー?」

「たぶん赤羽あかばねさんの方は最初のが足りなかったんじゃないかな。タネに粘り気が出る前に成形すると水っぽくなってしまうみたいだから」

「ひまの方は逆にボソボソしてる……単純に焼き過ぎで固くなってるっていうのもあるかもしれないけど」

「ううっ……!?」

「な、なにさー、三人とも文句ばっかり言ってー!? 私とまひるが心を込めて作ったのにー!?」


 ダメ出しを受けて落ち込む真昼の肩をひしと抱いて、涙目になった亜紀が喚く。……つい先ほどまでメラメラとやりあっていた少女二人が、共通の敵の出現に手を結びあった瞬間である。

 そんな彼女たちに、ひよりが「じゃあ」と自分が使っていた割り箸を差し出した。


「自分たちで食べてみなよ。本当に美味しくないから」

「「……えっ?」」

「そうだそうだ! こんなの食べさせられた私たちの気持ちをとくと味わえーっ!」

「「…………えっ?」」


 差し出された割り箸と押し付けられた皿に乗せられた失敗ハンバーグを順番に見やり、亜紀と真昼は互いの顔を見合わせて――


「「ごっ――ごめんなさーいっ!?」」

「こらっ、逃げるな二人とも!?」

「自分で作ったんだから自分で食べなさいっ!」

「「ぎゃーっ!?」」

「ま、まあまあ、四人とも落ち着いて」


 JK組が狭い部屋の中で揉みくちゃのり物劇を演じるのを見て、夕が控えめに彼女たちをなだめる。


「この二皿は俺が食べるよ。せっかく二人が作ってくれたんだもんな」

「や、家森やもりさん……?」


 予想外のことを言い出した大学生に、女子高生たちはぱちくりと顔を見合わせた。


「ええ……? お、〝お兄さん〟ってもしかしてゲテモノ好きですか……?」

「い、いや、そういうわけじゃないけどね?」

「雪穂ひどいー! まひるのハンバーグをゲテモノ扱いするなんてー!?」

「な、なんで私のだけ!? 私のがそうなら亜紀ちゃんのもそうでしょ!?」

「あんたら、うるさい」

「「あだっ!?」」

「家森さん、無理しないでください。この子たちが勝手に喧嘩して勝手に失敗したんですから。無理して家森さんが食べる必要なんてありませんよ」


 頭をはたいて真昼と亜紀を制しつつ、姉御肌の少女が気遣うように言ってくる。その隣では雪穂が同意を示すようにこくこくと首を縦に振っていた。

 実際、本来は夕監督のもとで作るはずだったハンバーグで料理対決を始めたのは真昼たちだ。ひよりの言う通り、夕がこれを食べなければならない理由などないだろう。

 しかし彼は何か思うところでもあるのか、「別に無理なんてしてないよ」と苦笑するばかりだ。


「でもその前に……真昼。まだハンバーグの材料って残ってるか?」

「ふぇ? あっ、はい。私と亜紀ちゃんが一つずつ作れる分しか使ってないので……」

「じゃあまずは皆の夕飯分のハンバーグを作ってくるよ。悪いけど、ちょっとだけ待っててくれ」


 そう言って立ち上がりキッチンへ向かった夕に、真昼たちはもう一度互いの顔を見合わせたのだった。

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