第五四食 失敗料理と女子高生②


「そんじゃーまひる、うちらは帰るからねー?」

「う、うん……今日は来てくれてありがと……」

「暗っ。いつまで落ち込んでんのさ」


 約二時間後、うたたねハイツ二〇五号室の玄関口にて。

 ひどく落ち込んだ声を聞いて苦笑する雪穂ゆきほに、真昼まひるは「だってぇ……!」と瞳を潤ませる。


「たしかに〝お兄さん〟のハンバーグは普通に美味しかったけどね。あんたら二人のを食べた後だからかもしれないけど」

「なにそれひっどー!? それじゃーまるで私とまひるのハンバーグが不味まずかったみたいじゃんかー!」

「そう言ってるんですけど」

「……ま、三人ともハンバーグ作るの初めてだったのに、家森やもりさんとアンタたちであそこまで歴然の差がついたら落ち込みもするよね」

「うぅ……!」


 雪穂と亜紀あき、そしてひよりの三人の会話を聞いてますます落ち込んだ真昼は一時間半前、隣室にて振る舞われた一皿を思い返す。

 お隣の大学生・家森ゆうが料理本掲載のレシピをきちんと守って作ったデミグラスハンバーグは、同じ材料を使ったとは思えないほどに見事な出来映えだった。もちろん雪穂が言ったように比較対象が真昼と亜紀の失敗作だったことで美化されて見えたというのはあるかもしれないが……その差をはっきりと思い知らされた真昼はこうして肩を落としている、というわけだ。

 ずーん……と暗い雰囲気を纏う彼女に、靴を履き終えたひよりと雪穂が揃って苦笑する。


「そんなに落ち込むなって。〝お兄さん〟はあんたの料理の先生なんでしょ? そりゃ敵わなくて当然じゃんか」

「で、でも今回は私もお兄さんも作るの初めての料理だったし……私もちょっとはお料理上手くなったと思ってたんだけどなあ……」

「いや、レシピ通りに作ればアンタたちも同レベルのもの作れたはずなんだけどね。家森さんのハンバーグがなにか特別優れてたかって言われたらそうでもないわけだし」

「ね。まひるとアキが特別ヘタクソなだけだって」

「それ余計に傷付くやつー……」


 じとっとした目で不満げに言ってくる亜紀にケラケラと楽しそうに笑った後、雪穂はガチャリと玄関の扉を開けた。


「そんじゃね、二人とも。まひる、お邪魔しましたー」

「あっ、うん。ばいばい、雪穂ちゃん、ひよりちゃん」

「アキ、近所迷惑だからあんまり騒いだりしないようにね」

「はーいママー」

「誰がママよ」


 帰宅組の二人を見送った後、お泊まり組の真昼と亜紀は奥の部屋へ戻った。つい先ほどまで開催していたお菓子パーティーの残りをぽりぽりとかじりつつ、亜紀が持ち込んだタブレットに流れる動画配信サイトのバラエティー番組をぼんやりと眺める。


「……なんか急に静かになったねー」

「そうだね……」


 真昼が落ち込みがちということも手伝い、狭い部屋の中に沈黙が流れた。普段は騒がしい亜紀も今日はずっとはしゃいでいたせいで眠いのか、大きなあくびをした後にむにゃむにゃと目元を擦る。


「……ねー、まひるー?」

「なにー?」

「……おにーさん、ちょっと格好良いねー」

「!? うぇっ!? な、なに突然!?」


 夕食前までは「蒼生あおいさんの方が格好いい」と言って譲らなかったはずのメンクイ系ゆるふわ少女からの不意打ちを受け、真昼はがばっと身を起こした。対する亜紀はといえば「べつにー」と、ベッドのふちから投げ出した足をブラブラとぱたつかせる。


「結局あの後おにーさん、私たちの失敗バーグ全部食べてくれたでしょー? なんかああいうのいいなーって思っただけー。ご飯残さない人ってポイント高くないー?」

「そ、そう……なの……?」

「んー。顔は蒼生さんの方が断然格好いいけどー、でもまひるがおにーさんを好きになる気持ちも分からなくはないかなーって」

「すっ!? そ、そんなんじゃないってば!? なんでみんな私とお兄さんのことそんなに疑って――」

「じゃあ違うの?」


 顔を赤くして反射的に否定しようとした真昼の声を、珍しく間延びしていない亜紀の疑問符が遮った。「えっ……?」と戸惑う真昼に、友人の少女はじっと目を向けてくる。


「おにーさんのこと、好きじゃないの?」

「えっ……あ、う……?」


 普段のんびりしている分、彼女にこんな真面目な顔で見つめられると困ってしまう。頬を染めたままぱくぱくと口を動かす真昼は、亜紀からサッと顔を背けて「え、と」と両手の人差し指の腹をもじもじとくっ付ける。


「お、お兄さんにはお、お世話になってるし……だから、その……もちろん嫌いじゃないし、むしろ……だけど……」

「……」

「で、でもでもっ!? それは別にここ、恋、とかじゃないっていうか、えっと、だから、そのっ……!?」

「……んふっ……ぷくくっ……!?」

「……え?」


 必死に言葉を繕っていた真昼は、ふと亜紀の肩がぷるぷると小刻みに震えていることに気が付いた。見ればゆるふわな友人は堪えきれなくなったように、とてもたのしそうな笑い声を上げる。


「あははー! ま、まひるってば必死すぎーっ!」

「なっ……!? あ、亜紀ちゃん、もしかして私のことからかったの!? ひどいよっ!」

「ごめんごめーん、どんな反応するかなーって見たかっただけー。あ、お風呂沸いたみたいだよー。まひる、一緒に入ろー?」

「あっ、うん分かったー――ってそんなのでごまかされるわけないでしょっ!」


 ぽかぽかと背中を叩いてくる真昼に、亜紀は「ごめんってばー」と気安い謝罪を返すのだった。

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