第五二食 JK組とハンバーグ④
ここでハンバーグの作り方を大雑把だが纏めておこう。
まずはみじん切りにしたタマネギと合挽き肉、卵、パン粉、牛乳をボウルに入れて粘り気が出るまでよくこねてタネを作る。このこねる工程でハンバーグの出来不出来が決まると言っても過言ではない。素早く、かつ丁寧に。時間を掛けすぎると手から伝わる体温で肉の
タネが完成したら小判型に成形していく。この際、両手で軽くキャッチボールをするようにタネの中に含まれる空気を抜いておくと、焼き工程でひび割れを起こしにくくなって肉汁が外に逃げるのを防げるらしい。
成形が出来たら中央部分を指で軽く押し、くぼみを作る。これは焼き上がった時に火の通りを均一にするためだそうだ。また、これをしておくだけで焼き目も満遍なく綺麗に付くのだとか。……凹ませたりしたら焼き目にムラが出来そうなものだが、一体どういう理屈なんだろうか。素人の俺にはさっぱり分からない。
そして熱したフライパンに油をひき、成形したタネを並べて片面三分ずつくらい焼いていく。両面に焼き色がついたら料理酒を加えて五分ほど蒸し焼きにし、それが終わったらさらに五分余熱で蒸らして――ハンバーグの完成だ。後は市販のケチャップをかけるなり、自分でデミグラスソースを作るなりして好みの味付けをすればよい。
「(――とまあ、俺が料理本読んで得た知識は
ひくひくと頬を引きつらせつつ、俺はテーブルの上に並べられている二皿に目を向けていた。同じく二名の被害者、もとい二名の女子高生も全く同様の顔をしている。
なぜなら俺たち三人の前に並べられた皿の上に乗せられているのは明らかにコゲコゲの黒い物体と、もはやなんだかよく分からない黄色っぽくてデロデロした物体――レシピ本の完成イメージ図とはほど遠い、無惨な姿になったハンバーグだったから。
「さあ――食べてみてください」
「食えるかーーーッ!?」
「ひぃっ!?」
焼死体改めコゲコゲハンバーグを調理したらしい
「『食べてみてください』じゃないわ!? なによこのコゲコゲのコゲバーグは!?」
「い、いやあ、ちょっと火加減間違えちゃったみたいで……えへへ」
「えへへ、じゃないわよ!? なに可愛らしく笑って誤魔化そうとしてんのよ可愛いけどもッ!」
「だ、大丈夫大丈夫。見た目は黒いけど、中までちゃんと火は通ってるから」
「そりゃそうでしょうね! こんな焦げるまで焼いてんのに火通ってないわけないからね!」
ちなみに真昼のコゲバーグにはシンプルにケチャップがかけてある。……ハートマークが描かれているのは、せめてもの悪あがきなのだろうか。いや、コゲコゲの事実はこれっぽっちも減衰されてないけれども。
するとそんな真昼に
「これはもう私の勝ちだよねー?」
「いや、あんたの方も大概でしょ……というか何よコレ? ひまのはまだ焦げたハンバーグって分かるけど、あんたの皿についてはもはやこれが一体何なのかすら分かんない」
「何って……チーズハンバーグだけどー?」
「えっ……こ、これが?」
そう言われ、改めてデロデロを見つめる俺たち。……確かに言われてみれば、黄色のデロデロは溶けたスライスチーズのようだ。なるほど、俺が朝食の食パンに乗せるために買っておいたチーズを使ったんだな――全部。
「……なんでこんな大量にチーズ乗せたのよ。普通チーズハンバーグ作るにしてもスライスチーズ一枚しか使わないでしょ。これ何枚使ってるの?」
「えーっと、七枚くらいかなー?」
「七枚って……そのせいでなんかもう、このハンバーグになにか恨みでもあったのかってくらいデロデロのデロバーグになってるじゃない。一目見てこれがハンバーグだって理解できる人類、たぶん地球上に居ないよ」
「大袈裟だなー、ひよりんはー。大丈夫だって、私のは見た目はアレだけど肝心のハンバーグは完璧だからー」
その言葉にむっとしたような顔をするのはもちろん真昼だった。
「わ、私のハンバーグだってちょっと焦げちゃっただけだもん!」
「これを『ちょっと』で済ますのは流石に無理あるでしょー」
「た、食べてみれば分かるよ! そ、そうですよねっ、お兄さんっ!?」
「それはたしかにー。じゃあおにーさん、食べてみてー?」
「(ええ……)」
二人から話を振られた俺は、内心困惑しながら目の前の二皿を見比べる。片や真っ黒焦げのコゲバーグ、片やチーズ供給過多のデロバーグ……正直、どちらも自ら進んで食べたいと思えるような見た目ではない。
「(……でもまあ、そうだな。二人が一生懸命作ったんだもんな……片方は明らかに悪ふざけの産物だけども)」
俺はふと、真昼と初めて会った日のことを思い出す。
会ったばかりの人間に凝った料理を出せるだけの腕などなかった俺は、一番無難に作れるベーコンエッグを真昼の前に出した。今思っても、とても客人に出していいような皿ではなかっただろう。
けれど彼女はそれを喜んで食べてくれた。「美味しい」と言ってくれた。ただ焼いただけの料理とも言えない料理を、まるでご馳走でも食べているかのように。
もしもあの日、真昼が「こんなの要らない」と言ってベーコンエッグを食べてくれなかったら……俺はすごくショックだっただろう。
あんな適当な料理でさえそうなのだ。ましてや今日、彼女たちが彼女たちなりに一生懸命作ったこのハンバーグに誰も手をつけなかったら――彼女たちは、真昼は。料理が嫌いになってしまうかもしれない。
そしてなにより。
「(自分の料理を誰かに食べて貰えるのは――それだけで、なんか嬉しいんだよな)」
俺はそれを、お隣の女子高生から教わったんだ。
「げっ!? 〝お兄さん〟、それ食べるんですか!?」
「や、
冬島さんと小椿さん、そして赤羽さんと真昼に見守られるなか、俺は静かに箸を手に取る。
「……いただきます」
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