第五一食 JK組とハンバーグ③

「そんじゃ、早速作っていこうか」

「はいっ!」

「おー!」


 キッチンに立った俺は、真昼まひる赤羽あかばねさんの二人に意気揚々と号令を出して――そしてすぐに眉尻を下げた。というのも……。


「正直、ハンバーグ作りに三人も要らないよな……」

「……」

「……」


 俺の言葉に、振り上げていた拳をそっと下ろすJK組の二人。

 ハンバーグの調理手順は大きく分けて二つ。①こねる ②焼く ……以上だ。そう、ぶっちゃけ三人も要らないどころか二人も要らない。居てもやることがないのだ。

 強いて言えば今日作るのはデミグラスハンバーグなのでソースを作る工程もあるが、こういうソースは焼き後のフライパンを使うことで残った肉汁の旨味まで使いきることが出来る――とレシピ本に書いてあった。つまりソースは焼き工程の後にしか作れない。

 役割分担が出来ないなら三人居ても意味はない。キッチンが狭くなるだけだ。普段なら俺が教えて真昼が作る、という役割分担だが、今回については俺も初挑戦の料理。教えられることなど本の受け売りだけだ。


「じゃあさー」


 せっかくだし三人仲良く順番交代でこねこねしようかなぁ、などと無意味すぎる役割分担に思いを馳せていたところで、ゆるふわ系の少女が可愛らしく人差し指を立てたあざとい仕草と共にウインクをする。


「勝負しよーよ、私とまひるでー」

「!?」

「えっ、ええっ!?」


 突拍子もないことを言い出した赤羽さんに俺と真昼が揃って声を上げる。


「しょ、勝負って……ど、どういうこと!?」

「せっかくだからー、私とまひるの二人でハンバーグ作ってー、どっちのが美味しいかおにーさんたちに評価してもらおー。その票数で勝負ー、楽しそうじゃないー?」

「(いやそれ以前に、なんでナチュラルに俺が調理から外されてるんだ……!?)」


 俺もハンバーグ作ってみたいんですけど! なんて空気読めてない感じのこと言っていいものかどうかと悩んでいると、赤羽さんが一瞬だけ例の悪どい笑みを浮かべた。


「いい勝負になりそうだよねー。ほら私って普段からあんまり料理なんかしないしー、そんでまひるはほら……だしー?」


 ピクッ。……赤羽さんの分かりやすい挑発に、真昼がこれまた分かりやすく反応を示す。


だと思わないー? 私でも勝てると思うんだよねー」


 ピクッ、ピクッ。……真昼がそっと俯き、その細い体をぷるぷると震わせ始める。えっ、嘘だろ? こんなやっすい煽りに乗っちゃうの、真昼さん?

 そして赤羽さんはトドメとばかりに「それにー」とダメ押しの一手を放った。


「いくら料理教わってるって言っても……、だもんねー?」


 ――プツンッ。

 その瞬間、真昼の震えが止まった。


「……もう。しょうがないなぁ、亜紀ちゃんは」


 そう呟いた彼女は――ニッコニコの笑顔でゆっくりと俺の方を振り向く。


「――お兄さんは、異存ありますか?」

「いえこれっぽっちもありませんっ!?」


 ピンッ! と両手両足ついでに背筋を伸ばして即答すると、お隣さんの女子高生は「そうですか、良かったですっ」とニコニコ笑顔のままで言う。……ただし、その瞳の奥はまったく笑っていないのだが。


「んふふー、面白くなった面白くなったー」


 そしてそんな真昼を見て、赤羽さんの方は心底楽しそうにクスクスと笑う。……まさかこの子、いつもこんな風に真昼で遊んでるんじゃないだろうな……?

 下手をすれば青葉あおば以上の曲者くせものかもしれないゆるふわ系――ただし中身はまったくゆるくもふわふわでもない――少女から目を逸らしつつ、俺はそっと真昼に耳打ちする。


「お、おい真昼。この子本当に君の友だち? 言動が完全にかたき役のそれなんだけど……」

「――お兄さん、知ってますか?」

「へ?」


 俺の問い掛けには答えず、真昼は瞳以外満面の笑みを浮かべたままでにこやかに言う。


「私、実は結構怒りっぽいんですよ?」

「(そうみたいですね!)」


 背景にメラメラ好戦的な炎を幻視させる女子高生に、俺はたじたじと後退することしか出来ない。

 これまで見てきた旭日あさひ真昼という少女は元気が良くて心優しく、どちらかと言うと控えめな印象が強かった。

 だが最初のカレー作りの時から垣間見せていた根拠のない自信や、体育祭に自分の活躍を見に来てほしいという自己顕示欲など、どうやら実際の彼女は見かけにらず子どもっぽい一面も併せ持っているらしい。


「(……いや、そりゃそうか)」


 高校生なんてまだまだ子ども。これまでだって、散々そう思ってきたじゃないか。真昼は下手に一人暮らしなどしてきたせいか妙に大人びた部分もあるが……それでもよわい一五の少女に過ぎないんだ。


 ――友だちと楽しい喧嘩くらい、して当然だろう。


 もしかしたら赤羽さんは、真昼のガス抜きのために敢えてこんな風に彼女を焚き付ているのかもしれな――


「そんじゃー負けた方は買った方に一週間、毎日食堂のジュースを一本奢りねー?」

「(いややっぱ全然そんなことないな、完全に愉快犯だなこの子)」


 だが……そうか。小椿さんのように純粋に心配し、気に掛けてくれる友だちも大切だが、赤羽さんのような裏表なく遊んでくれる友だちというのもまた必要なのだろう。特に真昼のように、人より一人の時間が長い子にとっては。


「……いい友だちだな、真昼」


 俺のそんな呟きは「望むところーっ!」という真昼の叫びにかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

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