第三六食 おにぎり作りと女子高生:リベンジ③

「……良かったの、食べてもらわなくて」


 一年一組の教室へ戻ってからそう尋ねると、真昼まひるはこくんと一度だけ首を縦に振った。


「うん。きっと私のおにぎりよりラーメンの方が美味しいだろうし、それを引き止めてこれを食べて貰うのもなんだか申し訳なくて……」

「つまり寸前でビビっちゃったわけね」

「うぐっ……!」


 別にあの場で言い出しても夕なら《ゆう》なら受け取ってくれただろうとひよりは思うのだが……まあ確かに、話題のお店へ行こうとしている人たちに「それより私のお弁当を食べてください!」とは言いづらいか。特に真昼の場合、お世辞にも料理上手というわけでもないのだし。


「本当にごめんね、ひよりちゃん。朝早くから手伝ってくれたのに……」

「それはいいけど……どうするのよ、そのおにぎりは?」

「う、うーん……ど、どうしよう」


 手の中にある大きなお弁当箱を見下ろし、途方に暮れたような顔をする真昼。この弁当は元々成人男性一人+青葉あおばを想定していたこともあって、かなりボリューミィになってしまった。ちなみに夕にはああ言ったが、真昼とひよりは失敗作のおにぎりの残骸を使ってひより母が作ってくれた大量の炒飯チャーハン弁当を持参している。よって、二人でこれらすべて食べきることはいくらなんでも難しいと思われた。


「ねーねー、ひよひまー」


 するとそこで、間延びした友人の声が聞こえてきた。


「二人はお昼どうするのー? 雪穂ゆきほと購買行くんだけどー、良かったら二人の分も買ってきてあげよっかー?」

「えっ……あっ、ううん。私とひよりちゃんはお弁当持ってきてるから……」

「えー、いいなー! 私もお母さんにお弁当頼んどくんだった。今購買絶対混んでるだろうし……」

「ねー。食べる時間なくなりそー」

「!」


 苦笑を交わしあう亜紀あきと雪穂に、真昼はおにぎり弁当と彼女らの顔を交互に見比べて――やがて言った。


「あ、あの二人とも……よ、良かったら、私のお弁当食べる? ちょ、ちょっと作りすぎちゃったんだけど……」

「「え?」」


 ぱちくりと目をしばたたかせた友人たちに弁当のフタを開いて見せると、二人はその中身を見て目を丸くする。


「わー、おにぎりだー。もしかして真昼の手作りー?」

「量すごっ。というかアンタらが持ってるのもお弁当じゃないの? なんで三つも作ってんのよ」

「え、えっと……じ、実はそのおにぎり、お兄さんに渡そうと思ってたんだけど渡せなかった分で……」

「は!? 手作りのお弁当渡すとか、なに勝手にリア充みたいなことしようとしてんのよアンタは!?」

「り、リア充……?」

「また始まったー、雪穂のひがみタイムー」

「僻みタイム言うな!?」

「でもいいのー? おにーさんに食べてもらわなくてー?」


 亜紀のその問い掛けに真昼は一度ぐっと詰まりかけて、しかし先ほどと同じようにこくんと頷いてみせた。


「……お兄さんには、またいつか作って食べてもらえるから。だから、二人さえ良ければ食べてほしいな」

「……」

「……ふーん、そっかー」


 真昼の答えを聞いた雪穂と亜紀は互いに顔を見合わせ、次にちらりと母親……もといひよりの方を見てきた。その表情かおには「弁当コレ、貰っちゃっていいもんなんか?」とでかでかと書かれている。

 ひよりとしてはその弁当はやはり夕に食べてもらうべきものだと思うが……とはいえもはやそれが叶わぬ以上、残しておいても仕方がない。持って帰って食べてもらおうにも、流石にさらに午後一杯教室に放置するというのは食品衛生上得策とは言えないだろう。


「(……まあこの子の言う通り、またいつでも作って食べさせられるものだろうしね……。……)」


 少し考えてから、ひよりは二人に向けて頷きを返す。すると雪穂と亜紀の二人もややを置いてから首肯で了承の意を示した。……ちなみにこのかん、わずか〇・五秒である。


「分かった。じゃあありがたーく食べさせてもらうね、リア充弁当」

「う、うん。お口に合うといいんだけど……」

「わーい、いただきまーす」


 友人たちが手製のおにぎりを手に取る様子を緊張の面持ちで見守る真昼。そして――ぱくりと一口。


「……ん! 美味おいしい!」

「ほ、ほんと!?」


 驚いたように目を見開いた雪穂に、真昼がぱっと顔を明るくした。


「ほんとだ、美味しー。まひるってこんな料理上手うまかったっけー?」

「ね! 中等部の頃、キャンプでカレー鍋ひっくり返してたくせに!」

「そ、それはもう忘れてっ!?」

「なになに、なに食ってんだお前ら?」

「あ、リョウくんとユズルー。見てみてー、まひるの手作りおにぎりー」

「ッ!? あさ、旭日あさひの手作りだと……ッ!?」

「へへーん、いいでしょ。まあアンタには分けてやらないけどねっ」

「なっ……!? ふ、冬島ふゆしま貴様ッ……!?」


 いつもの六人が揃い騒がしくなってきたところで、ひよりは隣に座る真昼の顔を見た。


「……そっか……ちゃんと美味しく、出来てたんだ……」


 きっと、だからこそ本当は〝お兄さん〟に食べてほしかったのだろう。

 もしも彼が友人たちと同じように「美味しい」と褒めてくれたら……彼女はどんな顔をしていただろうか。


「……ほら、アンタも早く食べな。時間なくなっちゃうよ」

「う、うん。そうだね」


 その考えを誤魔化すように真昼に昼食を促しつつ、ひよりはもう一度、彼女が一生懸命作ったおにぎり弁当へと目を向けるのであった。

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