第三五食 おにぎり作りと女子高生:リベンジ②
そして体育祭当日になり、朝早くからひよりの家にやって来た
やはりその手際はお世辞にも良いとは言えず、彼女なりに一生懸命かつ丁寧に取り組んではいるものの、出来上がったもののうち半分ほどは形が崩れたり、中に入れた具がはみ出してしまったりしていて。
それでも、途中から見ていられなくなったひよりの母親にコツを教わったり、失敗作を口にしたひよりに塩加減がキツいとダメ出しを受けながら続けること約一時間――ついに、真昼お手製のおにぎり弁当が完成したのであった。
「……形が良いのだけ選んで入れただけあって、見た目はかなり綺麗に出来てるね。これならお兄さんも喜んでくれるんじゃない?」
「う、うん! あとは、塩加減が上手く出来てたらいいんだけど……」
心配そうに胸の前でぎゅうっと両手を握る真昼。なにせ、これは彼女が
ひよりはそんな彼女の頭にぽんぽんと手を乗せ、「大丈夫だよ」と言って聞かせる。
「
「……ひよりちゃん……」
その言葉に少しだけ安心したように、真昼がこくんと頷く。そして彼女は「えへへ」と笑いながら、ひよりに面と向かって告げてきた。
「ありがと、ひよりちゃん。いつもわがままばっかり聞いて貰って、ごめんね?」
「……いいって、別に。私が好きでやってるんだから」
恥ずかしいことを真っ直ぐに伝えてくる親友に、照れ臭くてつい顔を背けるひより。そしてそんなひよりを見て真昼がくすくすと楽しそうに笑っていた時、彼女の携帯電話がピロリンッ、と可愛らしい音を立てた。
「あれ、メッセージ?
表示された件名を見て、真昼は大慌てで液晶画面を操作する。そしてその直後――彼女の表情がスッ……と暗くなった。
「え、なに、どしたの?」
ひよりがそう問い掛けると、真昼は感情の抜け落ちたような顔をしてぽそり、と呟く。
「……お兄さん、こないだお休みになった授業の補講が入ったせいで、体育祭観に行けるのお昼前くらいになっちゃうかも、って……私が出る障害物競争、お兄さんに観て貰えないかも……」
「え……」
――先ほどまでの笑顔はどこへやら、急激にテンションの下がった親友の姿に、流石のひよりも咄嗟にフォローの言葉を投げかけることは出来なかった。
★
『――只今より昼食休憩のお時間とさせていただきます。生徒の皆さんはそれぞれの教室で昼食をとるようにしてください。父兄の皆様はプログラムに記載されている午後の部の開始時刻まで、今しばらくお待ちいただきますようよろしくお願い致します。繰り返しご連絡申し上げます――』
校内アナウンスが響くグラウンドから生徒たちが校舎の中へと入っていく中、ひよりはつん、と肘で真昼の横腹をつつく。
「ほら、ひま。お兄さんにお弁当、渡すんでしょ」
「う、うん……!」
緊張の面持ちでごくりと唾を飲み込んだ親友は、大きく深呼吸をしてから
食中毒防止の観点から、グラウンドまであのおにぎり弁当を持ち出してはいない。よって一度教室まで戻って弁当箱を持ってこなければならないので、その旨を彼に伝えようというのだ。
「お、お弁当を作ってきたので良かったら食べてください、お弁当を作ってきたので良かったら食べてください……」
「なにそれくらいのことで予行練習してるのよアンタは」
「だ、だってぇ」
「だってじゃない。ほら、さっさと行く!」
「わ、分かったよう!」
ここに来て情けない声を出した真昼に、ひよりがはあ、と息をついて彼女の背をぐいと押すと、彼女はよろよろとよろけてから意思を固めた様子で夕の方へ歩み寄っていく。そして――
「あの、お兄さ――」
「じゃあさじゃあさ! あそこのラーメン屋行こうよ! 夕、前から行ってみたいって言ってたでしょ?」
「おー、そうだな。せっかくだしそうするか」
「!」
夕と蒼生の会話を聞いてピタリ、と真昼の動きが止まった。
「あそこ、すっごい美味しいんだってね?」
「おー、なんかちょっと前にテレビも来たらしいぞ」
「へぇ、そうなんだ? ゼミの子たちがしょっちゅうオススメだーって言うから、私も気にはなってたんだよね」
「まあその分行列も凄いらしいけどな」
「いいじゃんいいじゃん、今日は時間の余裕もあるんだしさ。そういえばあの店って――」
「……」
「ひま……?」
黙って俯いてしまった真昼にひよりが不思議に思っていると、ちょうどそこで二人に気付いた蒼生が「あっ、真昼ちゃん」と声を掛けてきた。それに付随して、隣にいる夕も彼女たちに視線を向ける。
「ねーねー、真昼ちゃんも一緒にどう!? 近所にすっごく美味しいラーメン屋があるんだってー!」
「あのな。生徒は教室で
「えー、そうなの? 残念、せっかく夕が奢ってくれるっていうのに……」
「一言も言ってねえわそんなこと。……二人は購買でパンでも買うのか?」
蒼生をあしらってからそう問うてくる夕に、ひよりは「え、えっと……」と返答に窮しながら真昼の顔を見る。
すると俯いていた彼女はゆっくりと顔を上げて――いつものように明るい笑顔で笑ってみせた。
「はいっ! なのでその美味しいラーメン屋さんにはお二人で行ってきてください!」
「……!」
そんな言葉を放った真昼にひよりは思わず声を上げようとしたが……しかし唇をきゅっと引き結ぶ彼女の横顔に、なにも言えなくなってしまう。
そして結局お弁当のことを言い出せぬまま校門へと消えていった夕たちを見送った後、真昼は「……ごめんね、ひよりちゃん」という謝罪の言葉と共に、自らの足元を静かに見下ろし続けていた。
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