第三四食 おにぎり作りと女子高生:リベンジ①


「は? おにぎり?」

「うん、おにぎり」


 時は、体育祭の数日前にまで遡る。

 学校からの帰り道の途中で親友の旭日真昼あさひまひるにそう言われ、小椿こつばきひよりは困惑に頭を傾けた。


「……を、作りたいって? うちで?」

「うん。体育祭の日の朝だけでいいんだけど、だ、駄目かな?」

「いや、別にいいけど……なんでまたおにぎり? お昼ご飯に持っていくってこと?」

「う、うん。それはそうなんだけど、それだけじゃないっていうか……」


 もじもじと指先を合わせながら若干頬を染める真昼。普段、溌剌はつらつとした少女があまり見せることのないその仕草を見て、ひよりは「……ははーん?」と目元をキラリと輝かせる。


「さては、家森やもりさんに食べて貰いたいのね? そのおにぎり」

「! な、なんで分かったの!? ひよりちゃん、まさかエスパー!?」

「やっぱりね。そのくらい分かるわよ。アンタがわざわざそんなこと頼んでくる理由なんて、それくらいしか思い付かないし。……というか、アンタ本当にあの人のこと好きね」

「すっ!? すす、好きとかじゃないよ!? い、いやもちろん好きなんだけど別に恋愛として好きなんじゃなくて、あくまでいつもお世話になってるからっていうか!?」


 ひよりとて一言たりとも「恋愛として」なんて言っていないのだが……ペラペラとまくし立てるせいで逆にその疑惑が強まってしまうことに彼女は気付いていないのだろうか。


「(……ま、この子がこんなに懐いてる理由ワケも、分からないではないけどね)」


 彼女が「お兄さん」と呼ぶ隣人の大学生、家森ゆう。外見的には然程パッとしないあの青年は、しかし真昼にとっては特別な存在なのだろう。

 親元を離れて一人暮らしをしている少女に、学校の友人や教師としてではなく単なるお隣さんとして手を差しのべ、その後もなにかと自分のことを気にかけてくれる相手。

 真昼は見た目よりもよほど自立した子だが、それでもひよりたちと同じ、たった一五歳の少女であることはなにも変わらない。近くに頼れる大人がいなかった彼女は、あの青年の存在に救われているのだろう。それはおそらく、ひよりが思うよりもずっと。


「……でもおにぎりか。アンタそんなの作れるの? カレーにジャガイモも入れられないくせして」

「うっ!? だ、大丈夫だよ。このところ毎日練習させて貰ってるもん!」

「練習……? ああ、なんだ。そのおにぎりも家森さんに教わったんだ?」

「あ、うん。教わり始めた頃はお兄さんも作れなかったんだけど……最近は私と一緒に作るようになって、なんかもう普通に上手くなっちゃってた……」

「アンタよりあの人の方が成長が早いのね……ちなみに? アンタももう上手に作れるようになったの?」

「…………」

「……察したわ」


 無言でそっと顔を逸らした不器用女子に、ひよりは微妙に遠い目をして呟いた。


「ち、違うよ? その、上手く作れる時もあるんだけど、全部が全部そう上手くいくわけじゃないっていうか……」

「確率的には?」

「ご、五〇パーセントくらいの確率で美味しいのが出来る」

「つまり約半数は失敗するわけね」


 米を握るだけの単純な料理で半分失敗するという時点で相当だが……いや、ひよりも料理の心得はないので彼女のことを馬鹿には出来ない。


「……それでも作りたいなんて、よっぽど家森さんに食べてほしいんだね、アンタは」

「…………うん」


 今度は否定も赤面もせず、ただコクン、と小さく頷く真昼。


「……お兄さんに食べてほしい。私が作ったおにぎりを」

「……そっか」


 親友の真っ直ぐな言葉を聞いて、ひよりは仕方ないなあ、と呟いた。


「分かったよ。でもだったら当日までに、もっと上手に作れるように頑張らないとね」

「! ひ、ひよりちゃん……!」


 感極まったように瞳を潤ませ、「ありがとう、大好きっ!」と抱きついてくる真昼。

 そんな彼女を抱きとめつつ、親友の少女は困ったような微笑を浮かべるのだった。

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