第二九食 高校生と体育祭①



「――宣誓せんせい! 私たち私立歌種うたたね大学附属高等学校の生徒はスポーツマンシップにのっとり、相手を尊重する気持ちを忘れず、また仲間と助け合うことの大切さを胸に、最後まで正々堂々と戦い抜くことをここに誓います!」


 三年の代表生徒による選手宣誓挨拶が終わり、歌種高校のグラウンドに用意された観覧席に座る父兄一同から盛大な拍手が沸き起こる。

 いよいよ体育祭当日、天候は快晴。各々赤もしくは白の鉢巻ハチマキを結んでいる生徒たちは、皆一様にこのお祭り騒ぎによる高揚を表情ににじませていた。

 そしてそんな中、少女――旭日真昼あさひまひるはと言えば――


「……はあぁ……」

「暗っ!?」


 ――友人の眼鏡女子が思わず引くほど、あからさまに落ち込んでいた。


「ど、どしたのさまひる、お腹でも痛いの? いっそ今日世界が滅ぶんじゃないかみたいな顔してるけど」

「あ、雪穂ゆきほちゃん……」


 眼鏡女子改め冬島ふゆしま雪穂の声に顔を上げた真昼は、普段の彼女からは想像も出来ない暗さを纏ってグラウンドの隅に座り込んでいる。


「……なんで私、障害物競争なんか選んじゃったんだろうね……」

「ごめん、全然分かんない。え、なに? もしかして障害物競争に出たくなさすぎてそんな暗い顔してんのアンタは? た、たしかにあの白い粉に顔埋めるのとか嫌かもしれないけどさ……」

「どしたどしたー?」


 真昼の落ち込みように焦った雪穂がオロオロと言葉を選んでいると、その後ろからひょっこりと一人の女子生徒が現れた。ゆるふわ系ガールこと赤羽あかばね亜紀あき、一年一組の中でも真昼と双璧を成すモテ女子だ。

 赤色の鉢巻を可愛らしくっている彼女は、まるで泣いている子どもに母親がそうするように、真昼の前で軽くかがんでみせる。


「どしたんまひるー? おきにの服にカレーうどんの汁が飛んだ時の私みたいな顔してー?」

「アキ、アンタそんなことでここまで絶望的な表情すんの? な、なんか知らんけど障害物競争に出たくないみたいで……」

「ふーん、なんでー? あ、もしかしてパン食い競争のところでぴょんぴょんするのが嫌なのー? たしかにアレの時、男子たちの視線が明らかに胸元に集まるもんねー。ねー、雪穂……あっ……」

「おいコラ今なにを察したっ!? 私の胸を見てなにを察した!?」

「ご、ごめんね雪穂……そうだよね、揺れない人もいるよね……」

本気マジトーンで謝るな! 別になにも言ってないでしょうが!? ちょっと自分が大きいからって調子に乗るなよ、って聞いてんのアンタ!?」


 気遣わしげに薄い胸元から目を逸らした亜紀に雪穂がやいやいと文句をつけていると、そんな二人のところへさらにもう一人、長袖のジャージを格好よく着こなした女子生徒が現れた。

「なに早くも喧嘩してるのよ」と呆れ顔を見せる彼女は小椿こつばきひより。彼女らのグループ内において頼れる長女のような存在である。


「あっ、ひよりー。なんかー、まひるが障害物競争に出たくないんだってー。私はパン食い競争のせいだと思うんだけどー」

「違うって! 絶対あの粉に顔つけて飴玉探すやつが嫌なんだよ! 化粧とか全部台無しになるし!」

「そんなわけないでしょ。その子、例の大学生のお兄さんが昼前にしか来られなくなったから、もしかしたら自分の競技に間に合わないかもって落ち込んでんのよ」

「……は?」


 ひよりの言葉を聞いて一瞬のうちに名前相応に冷え切った目になった雪穂は、ギギギ……と錆び付いたブリキ人形のような仕草で目下の友人を見る。


「まひる……アンタ、そんなリア充みたいな理由で落ち込んでたわけ……?」

「だ、だって、私が一人で参加する競技ってこれだけだから……せっかくお兄さんが観に来てくれるのに……」

「知るかあーっ!? 心配して損したわっ! 返せっ、私の心配を返せコラーッ!?」


 膝を抱える真昼の肩をガクガクと勢いよく揺らしまくる雪穂。その眼鏡の奥にはモテない女の哀しい涙が浮かんでいるように見える。

 そんな彼女らを眺めつつ、亜紀は「そういうことかー」と呑気な声で笑った。


「じゃあやっとその〝おにーさん〟を見られるんだねー。あ、ひよりは会ったことあるんだっけー?」

「まあ、顔見知り程度だけどね」

「いいよねー、大学生ってなんかそれだけでオトナって感じー」

「……ちょっと。ひまのお気に入りなんだから、変なこと考えないでよ?」

「あはは、考えてないってー。まひるがあんなに懐いてるからー、どんな人か気になるってだけー」

「だったらいいけど……」


 言いながら、ひよりは何とはなしにグラウンドの方へと目を向ける。

 たくさんの父兄が見守る中、第一種目が始まろうとしていた。

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