第二八食 体育祭と招待状



「え? 高等部の体育祭?」

「ああ。興味ないかなと思って」


 授業間の移動中、青葉蒼生あおばあおい真昼まひるから体育祭の観覧に誘われた旨を伝えると、相変わらずそこらの男よりイケメンな女友達は「ふむ?」と首を傾げた。


「そりゃあ体育祭とか大好きだから誘ってくれるなら行きたいけど……でもなんで私? いつものゆうなら他の男友達誘うとこじゃないの? 意外かもしれないけど、私ああいう祭の時って結構騒ぐよ?」

「どこが意外だ」


 むしろ完璧にイメージ通りだろう。俺の記憶に残っている青葉蒼生は、八割が酒乱状態で暴れ騒いでいるイメージしかない。


「……まあ、お前も騒がしいから出来れば連れていきたくなんかないけどさ」

「連れていきたくないの!? じゃあなんで誘ったのさ!?」

「だってゼミの連中を連れていったら女子高生相手に見境なくナンパとかしそうだろ」

「あ、もしかして真昼ちゃんを取られるかもしれないから嫌なんだ?」

「なんでそうなるんだよ」


 取られるもなにも、まず真昼は俺のものでもなんでもないただのお隣さんなのだが。


「で、男どもを連れていけないとなると、消去法でお前しかいなかったんだよな」

「そんな失礼な誘い方ってある……? というか夕、キミって私以外の女友達いないわけ?」

「いねえよ。強いて言えば千歳ちとせがいるけど……あんなの男どもより連れていけないだろ」

「あー……千鶴ちづるちゃんか……それは確かにそうだね……」


 知り合いの中でもトップクラスの変人を思い出し、自然と二人揃って遠い目になってしまう俺と青葉。……彼女がこのような反応を見せる相手はおそらく大学全体でも数少ないだろうな。


「……で、どうだ? 無理そうなら他を当たってみるけど」

「ううん、せっかくだし付き合うよ。授業をサボる口実も出来るしね!」

「いや授業には出ろよ。ただでさえ単位ギリギリなクセになに言ってんだ」


 とはいえ青葉が同行してくれるのは素直に助かる。いくら真昼に誘われたからといっても、男子大学生が一人で高等部の体育祭を観に行くというのはハードルが高い。特に俺の場合は大学入試で歌種うたたねに入学した身であるため高等部とはこれまで一切関わりがなく、真昼か小椿こつばきさんくらいしか知り合いがいないのだから。


「でも夕、本当にあの子によく懐かれてるよねー」

「? あの子って?」

「真昼ちゃんだよ、真昼ちゃん。体育祭を観に来てほしいって言われるなんてさ。普通に言われないよそんなの」

「そうか? ……ああ、もしかしたらだけど」

「お、なになに?」


 次の授業の教室に着き、隣の席に座った青葉に向けて続ける。


「真昼は中学の時からずっと一人暮らししてるらしいから、去年まで誰も誘う相手がいなかったのかもなって。父さんや母さんが来られない分、俺みたいなのにでもいいから来てほしかったのかもしれない」

「……夕って物事を無駄に深く考えるとこあるよね」

「は? なんだよそれ。どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だよ。あーあ、真昼ちゃんかわいそー」


 露骨に「はーやれやれ」とアメリカンな仕草をしてくる飲んだくれ女。……なんだか知らんが、こちらを小馬鹿にしたような態度が非常に腹立たしい。


「そういえば例のお料理教室はどうなったの? フランス料理は何品作れるようになった?」

「一品も作れねえわ。俺の料理初心者っぷりと真昼の不器用さを舐めるなよ」

「なに誇らしげにしてるんだよ。というか真昼ちゃんってそんなに不器用なの?」

「いや、本人は真面目にやってるんだけどな……あれはもう天性のものとしか言いようがない」

「そこまで言うほど? へえ、なんか意外。真昼ちゃんって凄く女子力高そうな見た目してるのにね」

「どんな見た目だよ。……でもなんとなく分かる」


 完全にただのイメージだが、あの子は見た目だけならいかにも家庭科部とか手芸部に居そうな雰囲気をしているのだ。「家でお母さんのお手伝いしてるから料理は得意なんだ」とか言いそうなタイプ。……現実は俺みたいな自炊歴半年程度の男にさえ劣るレベルなのが物悲しい。


「それで、体育祭っていつなの? もう結構近いんでしょ?」

「ああ、来週の土曜日だ」

「土曜かあ……どうせなら平日にしてくれればいいのにねー。そしたら授業たくさんサボれるのにー」

「平日じゃ肝心の父兄ふけいが観に来れないだろ……」


 というか土曜だろうが平日だろうが授業はサボるな、と言いつつ、俺は彼女に真昼から貰った招待状を手渡した。

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