第三〇食 高校生と体育祭②

 体育祭はとどこおりなく進行していた。

 歌種うたたね高校の体育祭はよくある赤組vs白組の対抗戦であり、他に学年対抗やクラス対抗の種目なども用意されている。

 現在の得点は白組がリードしており、真昼まひるたち一年一組が属する赤組は少しばかり遅れをとっていた。とはいえ特に優勝賞品などがあるわけでもなく、生徒の大半は勝ち負けよりもこのお祭り騒ぎそのものを楽しんでいる様子だったが。

 そんな中、とうとう真昼の出場種目、〝障害物競争〟の時間がやって来た。


「よーし、頑張ってきなよ、まひる」

「ありがと、雪穂ゆきほちゃん」

「怪我しないようにね」

「うん。ひよりちゃんもありがとう。一番になれるように頑張るね!」


 開幕直後こそ落ち込んでいた真昼だったが、観覧席で応援をしているうちに調子を取り戻したのか、今は普段通りの人懐っこい笑顔を浮かべていた。それを見て雪穂とひよりはほっと胸を撫で下ろす。

 ちょうどその時、二人の後ろからひょっこりと顔を覗かせた亜紀あきが言った。


「でも残念だったねー、結局おにーさん間に合わなくてー」

「ちょっ!?」

「バカアキ……」


 悪気はないが空気が一切読めていないその発言に、ひよりは目元を押さえて項垂れる。


「……そうなんだよね……はあ……」

「ほら見ろ!? せっかくここまで上がったまひるのテンションが駄々下がりじゃんか!?」

「あ、あははー、ごめんごめーん」


 亜紀が雪穂に両肩を掴まれてガクガクと揺さぶられる中、一瞬だけ暗い顔になった真昼は、しかしすぐに明るい表情に戻った。


「で、でも他の皆も頑張ってるんだし、私も頑張るよ!」

「ま、まひる……立派になったのね……」

「母か」

「がんばれー、まひるー」


「いってきまーす!」と元気よく手を振りながら駆けていった真昼を見送った三人は、観覧席――といっても昨日のうちに教室から運び出した椅子だけ――に腰掛けつつ彼女の出番を待つ。

 今はまだ六月だが、この人の数と快晴も手伝ってグラウンドの熱気はなかなかのもの。熱中症対策として各々水やお茶、ジュースなどを口に含んでいると、そこへ二人の男子生徒――湯前弦ゆのまえゆずる南田涼みなみだりょうが近づいてきた。


「おっすー。あれ、三人だけか? 旭日あさひは?」

「次だからスタンバイ。そういうアンタらは応援もせずにどこ行ってたのさ?」

「いや、俺たち今さっきの二人三脚に出てたんだけど……」

「マジ? ごめん、ぜんぜん見てなかった」

「数秒前に『応援もせずに』云々言ってたくせに!?」


 雪穂の雑な扱いに涙目になった涼が嘆く中、弦はいつも通りクールに眼鏡を押し上げながら椅子に座って足を組む。


「……フン、旭日は障害物競争か。アイツなら容易く一位を取れるだろうな」

「それ誰目線ー? というかまひるってたしかそんな運動神経良かったっけー?」

「悪くはないけど良くもないわよ。相手次第なら勝てるかどうかってとこじゃないの」

「だよねー。ユズルは分かってないことでもすーぐ分かったようなこと言うんだからー」


 亜紀がからかうように言うと、眼鏡男子はフッ、となにやら余裕の笑みを浮かべた。


「分かっていないのはお前たちの方だ。確かにただのリレーならそうかも知れんが、旭日の出場種目は障害物競争だぞ? 運動神経だけではなく、運や器用さも試される競技だ。それらにおいて旭日の右に出る者がそうそういるはずがないだろう」

「……運はともかく、ひまはまったく器用じゃないでしょ」

「なに?」


 弦がピクッ、と目元をひくつかせる。対するひよりもまた、親友の少女に関することで知ったような口をかれたくないのか、鋭い瞳で彼を見据えた。そして二人の間でバチバチと散る火花に、亜紀が一人「わー、暑苦しー」と遠い目をする。


「……小椿こつばき。いくら旭日と仲が良いからといって適当なことを言うな」

「それはこっちの台詞よ。アンタが一体ひまの何を知ってるって言うの」

「お、おいおいなに喧嘩してんだよお前ら。今日は楽しい祭りの日だろ? そんなしょうもないことで――」

「「しょうもなくないっ!」」

「息ピッタリかよ!?」


 仲裁に入ろうとした涼が二人分の怒声に吹き飛ばされていったところで、次の競技――すなわち真昼が出場する障害物競争の開始をしらせるブザーの音が校庭に響いた。


「……フン、だったら見ているがいい。俺は旭日が一位になる方に購買の焼きそばパン一個だ」

「私は別にひまが一位になれないなんて言ってないでしょ。それなら私はひまが一位に缶コーヒー一本よ」

「え、なになにギャンブル? じゃあ私はまひるが三位になるに購買の――」

冬島ふゆしま貴様ッ! 旭日が一位になることを信じられないのなら割って入って来るな!」

「ええっ!? そ、それじゃあ賭けになんないじゃんか!?」

「雪穂……これはモノを賭けた戦いじゃない――私たちのプライドを懸けた戦いなのよ」

「いくらなんでも大袈裟すぎない!? そんなもん勝手に背負わされるまひるの身にもなんなさいよアンタら!?」


 ……観覧席の保護者たちがギリギリとしのぎを削り合っている頃、渦中の少女はと言えばそのような醜い争いのことなどまるで知らぬまま、一般観覧客の中に一人の青年の姿がないかを見回していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る