第九食 不器用女子とカレーライス①



 料理を教えると約束をした女子高生――お互い自己紹介をすっかり忘れていたが旭日真昼あさひまひるという名前だったらしい――が友人を連れてきたのは予想外だったが、俺にとってはむしろ都合が良かったように思う。やましい考えなどまったくないとはいえ、やはり大学生の男の家に女子高生が一人で訪れるというのは少し問題があるからだ。

 旭日さん自身はその辺りの危機意識が皆無っぽいので、おそらく友人の小椿こつばきさんの方が、怪しい大学生の家に呼ばれた彼女のことを心配してついて来てくれたのだろう。優しい友だちだ。


「(そんな大事な友だちに食わせるんだから、下手なもんは作らせられないよな。俺も気合い入れないと)」


 何度も言うように俺の料理歴はわずか半年であり、とても人に教えられるようなレベルではない。それでも旭日さんに「教えてやろうか」と言ったのは、コンビニ弁当や惣菜ばかりの食生活がいくらかマシになるだろうという判断によるものだ。

 だから最初は野菜炒めのような無難かつ俺でも安定して作れるものから教えていこうと思っていたのだが……。


「(……この食材……完全にカレーを作ろうとしてるよなぁ……)」


 意気揚々とビニール袋の中からカレールウの箱と食材を取り出す旭日さんを眺める俺。

 ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、鶏肉――見事に市販のカレールウのパッケージ裏に記載されている材料だ。というか絶対これをそのまま見て買ってきただろ、この子。

 いや、初心者の料理としてカレーほど向いている品目もない。包丁を一通り使うし、同じく火も使う。そして何よりそうそう失敗しない。味の濃い料理ゆえ、いくらでも誤魔化しがくからだ。

 しかし今回の場合は一つ、大きな問題があった。


「(なんで一食で食い切れる料理モンにしなかったんだ……)」


 当たり前だが、カレーやシチューのような煮込み料理は一人前だけ作るようなものではない。ルウ一箱あれば軽く一〇人前くらいにはなるだろう。だから一度作ってしまえばしばらく食べられるというのがこの手の料理の大きな魅力である。あるのだが……旭日さんは自宅にコンロがないわけで、カレーなんて作ろうものなら食べ終わるまで毎食俺の家まで来なければならなくなってしまう。

 俺は別に構わないのだが、食事の度にうちに来るというのは旭日さんが困る――というか気を遣うだろう。


「(どうする、止めるべきか……? いや、でも……)」


 俺は迷いの表情を浮かべつつ、「じゃーんっ!」と胸の前にカレーの箱を掲げた女子高生に目を向ける。


「色々調べたところ初心者にはカレーがオススメということだったので、今日はカレーの材料を買ってきました! カレーなんてすっごく久し振りだから楽しみですっ!」

「(こんな楽しみにしてるのに『カレーはちょっと……』なんて言い出しづれえっ……!?)」


 たしかにコンビニ弁当中心の食生活をしている旭日さんがちゃんとしたカレーライスを食べる機会などそうないだろう。カレーパンが精々のはずだ。

 ニコニコと無邪気な笑顔で「つっくり方は~♪」と箱の裏面りめんに書かれているレシピを見る彼女に水を差すことが出来るだろうか。いや、出来ない。


「お兄さんっ! 私よく不器用って言われるんですけど、これなら私でも作れそうです!」

「そ、そうか……じゃあ、一緒に頑張って作ろうな」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 ――名前の通り朝日のように眩しい、屈託のない笑顔を向けてくる女子高生に、俺はもはや諦めたように笑い返すしかなかった。

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