カクヨム連載版

第一食 自炊男子と女子高生①

 ――自炊なんて面倒だとつくづく思う。

 高頻度で買い物に出掛けなければならないし、洗い物だって増える。料理上手な人でない限り品目のレパートリーの数もたかが知れているので、似たようなものばかり食べる生活にもなりかねない。

 良いことと言えば外食と比べて金が掛からないことと、中食と比べてゴミが少なく済むこと、そして多少は栄養バランスに気を遣えることくらい。もっともそんな知識のない俺はたまに市販の野菜ジュースを飲む程度なので、さしたる差は生まれないだろうが。


 だから俺と同じ一人暮らしの男子大学生の中にも〝自炊絶対しない主義〟の奴というのは一定数いる。自分で作った不味まずいチャーハンより、多少高くついてもファミレスのハンバーグを食った方がいいという考えの奴ら。そして俺は、おおむねそういう考えの連中に大賛成だった。

 それでも俺がこうして重たい買物用エコバッグを両手に鉄筋コンクリート造りの安アパートの階段を上っているのは、少しでも食費を削りたいという涙ぐましい努力の表れなのだが。


「(今月も結構厳しいな……月初めの飲み会が痛かった……)」


 一週間分の食料の重量に反比例するようにすっかり軽くなってしまった財布の中身を想って肩を落とす俺。自炊は外食に比べて安く済むとは言っても、劇的にコストパフォーマンスに優れるかと問われればそうでもないのだ。

 食材は基本的に内容量が増えるほど単位あたりの値段が安くなるものだが、そんなもの一人暮らしの俺が買ったところで使い切れるはずもない。余らせて、冷蔵庫の中で腐らせてしまうのが目に見えている。

 大学の友人の中にはカップルでルームシェアをしている奴らもいて、そいつらの一人あたりの食費は俺よりも相当安く済んでいるらしい。一人が二人になるだけでもかなりお得ということだ。……ちなみに言うまでもないことだが、俺にそんな相手はいない。まあそれ以前に、うちのアパートは単身者用なのでルームシェアもクソもないのだが。


 こんなことなら飲み会を断って食費に回せば良かったな……などと今更すぎる後悔とともに自分の部屋がある二階の廊下まで上がる。

 そして早く重い荷物を下ろしたいと我が家――うたたねハイツ二〇六号室へいそいそと向かおうとした俺の足は、しかしそこでピタリと止まった。


「(……なんだアレ?)」


 俺が目を向けたのはうちのお隣さん、二〇五号室のドアの前。アパートの構造上どうしても通らねばならないその場所に、なにやら一人の女の子が体育座りでうずくまっている。


「(……えっ、なに? というか誰?)」


 今年で大学二回生になった俺はこのうたたねハイツに越してきてもう一年以上経つのだが、残念ながら未だにお隣さんの顔を見たことがなかった。それはお隣に誰も住んでいなかったから……などではなく、単に俺が挨拶回りを怠ったせいなのだが。

 つまり、あそこで丸くなっているのはまだ見ぬお隣さんである可能性が極めて高い。このアパートに程近い場所にある高校の制服を着ていることから、おそらくは高校生だろう。


「……あの、どうかされましたか?」


 少しの間その場で逡巡しゅんじゅんしたのち、俺は一応声を掛けることを選んだ。ここが大学だったら余裕で無視するだろうが、流石にお隣さんらしき人がドアの前でうずくまっているのを見てスルーは出来まい。

 それに現在時刻は夜の七時前。女子高生――つまり未成年こどもが外に出るには微妙な時間だ。


「……?」


 膝に埋めていた顔を上げた少女は、かなり可愛らしい顔立ちをしていた。大学生活においてゼミと外国語の授業以外ではほぼ異性と会話をしない俺は、不思議そうにこちらを見上げる彼女を見て「うっ」と内心でうめく。

 しまった、大学生とはいえ成人男性が初対面の女子高生に不用意に声を掛けるなど通報案件なのでは……などと昨今の世知辛いニュースに毒された脳が危険信号を発している。

 そんな俺の気を知ってか知らずか、目の前に座り込んでいる女子高生はぽつりと呟いた。


「……家の鍵を失くしてしまって、中に入れないんです」


 それが家森やもりゆう旭日あさひ真昼まひる――自炊男子と女子高生が最初に交わした言葉だった。

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