第四話 戦況はよくない


 丘にいる陽介と舞のもとに向かって走るオレ。結構近づいたから二人の会話が聞こえる。


「ちょっと陽介何これ? ゴブリン? 気持ちわるぅい」


 「話聞いて想像するのと、実際に見るのとでは違いますね。まさに百聞一見に如かずですね。なにを食べたら肌が緑になりますかね? それにしても数が多いですね」


 「ちょっとなに冷静に分析してるのよっ!」


 「おお! 舞さんすごいですね。弓でヘッドショットですか。やりますね!」


 「え? 感心してる場合じゃないわよ!」


 これはかなりまずい状況にある。二人はゴブリンたちに囲まれている、その数は10体ほど。しかし二人ともよく戦っている。地面に倒れて動かないゴブリンが数体いる。生存本能なのか、二人とも雰囲気が違う気がする。


 「加勢するぜ! 陽介、舞!」


 「「ハルアキ!」」


 振り返りながら槍でなぎ払う陽介。数体は今ので吹っ飛んだが、槍は折れないだろうか。


 オレは先ほどと同様、背中に装備した剣で一番近くにいるゴブリンを脳天から一振り。続けざまに剣を右に振り、そのまま身体ごと一回転。肌が緑のわりに赤い返り血を浴びるが、3体は倒した。しかしこれで終わりではなく、ゴブリンはまだ残っている。


 「二人とも大丈夫か?」


 「大丈夫じゃないけど、まだ大丈夫よっ!」


 大丈夫かそうじゃないのかはっきりしてほしいが、会話しながらでも矢を放てる舞はすごいよ。オレとリータの時も思ったが、みんな武器を手にしたことがないのに、使いこなしていて、戦闘慣れしている感じがある。どいつもこいつも酒場で言っていたことと、実際にやっていることが違う。思想が平和的でも身体が勝手に反応するのか?


 「おいハルアキ! リータさんはどうした?」


 「リータなら心配ない。すぐに来る」


 本当は少し心配だが、今は目の前にいるゴブリンに集中しよう。陽介のなぎ払いに飛ばされたゴブリンはオレの左側に1体転がっている。立ちあがろうとするゴブリンに、オレは右手で剣を右から左に振る。しかし踏み込みが浅く、致命傷にはならなかったが、すぐに首を狙って斬りかえす。


 「あー、怖かったわー」


 「まさかいきなりゴブリンと出くわすとは、思いませんでしたね」


 この二人は案外冷静だ。辺りにはゴブリンの死体が転がっている。どうやらさっきので最後みたいだ。


 「ぼくら大丈夫だけど、ハルアキは返り血がひどいな。あ、リータさんは?」


 リータならもうここに着いてもおかしくない頃合いだが、まだ姿が見えない。まさかとは思うが、そのまさかがよく当たるのがオレだ。リータならとっくに残ったゴブリン1体を倒しているはずだ。しかしここにいない。


 「まずい! きっと何かあったんだ! 助けに行くぞ!」


 ゴブリン1体にリータが手こずっているとは思えない。しかしあの状況から一体何があったんだ?考えていてもわからないし、らちが明かない。とにかく走ろう。本当は一息つきたい所だが、万が一が余裕であり得るこの世界でオレは後悔したくない。


 オレたち三人はリータのもとに走る。丘は緩やかな坂を駆け下り、森を目指す。しばらく走ると森の中で戦っているリータとゴブリンの姿が見える。まだ数を確認出来る距離ではないが、数体いるのは視認できた。


 「リータ!」


 オレたちが駆け付けるとリータはゴブリンに包囲されていた。とっさに名前を叫んでしまったのを後悔している。気づかれる前に何体か倒せたかもしれない。先ほどのゴブリンと違い、ここにいる数体は完全に戦闘態勢だ。


 「すまん! そっちに行くつもりだったけど、急に数が増えたわ。この赤いやつが思った以上に強くて、てこずってるところだ」


 赤いやつもゴブリンなのか?肌色以外は普通のゴブリンとたいして変わらない。しかし目の色がおかしい。人間で言うなら明らかに怒り狂った眼の色をしている。実際ひどく充血してる以上に赤い目をしている。元の世界ならこういう生物を特殊変異体とでも呼ぶだろうな。


 「リータさん! そいつはたぶんレアゴブリンです! 別の依頼書で見かけました」


 レアゴブリン? 階級があるのか? いや、ゴブリンの上位種? それとも本当に特殊変異体なのか?


 「リータ、ちょっと下がって休め、陽介、舞やるぞ!」


 「「おう!」」


 リータはよく戦った。ここからはオレたち三人が奮戦しよう。しかし、先ほどの戦いで疲労したのか、陽介と舞は相当息が上がっている。オレもここまで全力で走りぬけて来たから相当体力を消耗している。


 ゴブリンは8体、そのうちの1体が赤いレアゴブリンだ。


 「これは例のフラグが立ったな」


 「異世界に来てすぐに死亡フラグですか? 冗談きついですよリータさん」


 確かにそれは冗談がきつい。小盾は使い物にならない。ならば捨てて身軽になるほかない。


 剣を左手に持ち替え左腰に刺していた刀を右手で抜いた。この行動にレアゴブリンが反応し少し後ろにちょっとずつ下がり始めた。


 そして下がっていたリータがオレと肩を並べるように立つ。


 「ハルアキ一撃離脱だ」


 一撃離脱? この状況でどうやって?


 「一撃を決めてこい。その反撃におれが盾で弾く。そしてお前はその隙にとどめになるような攻撃をして来い。ダメージさえ与えればあとはなんとかなるだろ」


 いやいや、意味がわからないよ。


 「わかった」


 いや、本当はなにもわかってない。一撃が当たるとは限らないし、反撃が来るとも限らない。そもそも手こずっていた相手の攻撃を盾で弾けるのか?魔法があるこの世界でオレたちはまだ魔法が使えない。というより使い方がわからないし、見たこともない。仮に使えたとしてもこの状況を打開できるようなものかもわからない。


 いつもは冷静なリータがこの状況に混乱しているのか。陽介と舞は? ほかのゴブリンは? いや、待て。落ち着くんだオレ。今はこの非日常な世界で日常かもしれない状況。戦闘経験はない、あったとしても今までの常識が通用するはずはないだろう。ならばルールが通用する剣道ではできなかったことを、今ここでやるしかない。


 抜きだした刀を一旦鞘に納め、左手の剣を逆手に握り、腰の左側にある刀の鞘に合わせ、右手で刀の柄を握ったままレアゴブリンに向かって走る。


 突然走りだすオレに慌てたのかレアゴブリンは後ずさる。


 レアゴブリンと距離を縮め間合いに入ったと確信し、その瞬間に懐まで踏み込み鞘から一気に刀を抜き出し、大きく右に振る。右手の刀を大きく振った勢いに乗り、逆手に握った左手の剣を振り、身体を一回転する。


 これぞ我流双剣抜刀術、レアゴブリンの身体を横切る一閃。止めに左手の剣で心臓に一刺、剣を抜かずに左手を離し、刀を両手で握り脳天から渾身の一振り。


 間髪いれずの攻撃にレアゴブリンは息絶えた。構えていたリータは驚きながらも勢いに乗り、残ったゴブリンを殲滅した。


 「作戦通りではないけど、さすがハルアキだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無道行者〜異世界大冒険 南畑明博 @Becket0920

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る