第2話 いよいよ冒険


 オレたち四人が再び揃うとカディナが口を開いた。


 「皆さん準備ができたようでなによりです。今いるこの建物は私が購入した廃墟寸前の元温泉宿です。隠れ家として使用していたのでまったく手入れしていませんが、皆さんでご自由にお使いください。もちろんお金はいただきません」


 「えー?いいんですか?ありがとうございます!」


 ずっと無言だった陽介が間髪入れずに言葉を発した。お金という単語に反応したのだろう。ケチではないが金勘定にはうるさい男で、得して使うべきところのみにお金を使うのが陽介だ。金銭管理がちゃんとしている陽介と一緒にいれば、お金がなくて飢えて死ぬことはないだろう。


 「安価な宿とさほど変わりませんが、手入れすれば高級宿のように生まれ変わるでしょう。どんなに改造していただいても構いませんが、私の隠れ家ですので居住用にのみお使いくださいね」


 好き勝手とはいかないが、それでも自由に使える家があるのはありがたい。元温泉宿というからには浴場と厨房などはあるだろう。屋敷というべきか少々中を探索してみたいが、やはり異世界をこの目で見てみるのが先だな。


 「わかりました。ご厚意感謝します。もう少しこの世界やこの国について教えてほしいのですが」


 「教えて差し上げたいのですが、私はこの国を2日前に発つ予定でしたので、あとはリンちゃんに聞いてください。それでは失礼したします」


 そう言い残して頭を下げてから、カディナは広間の中央に位置する扉を開けて出て行った。

それからオレたちはリンちゃんに色々と質問をして、リンちゃんは淡々と答えた。



 屋敷の扉を開けるとそこには見たこともない風景が広がっていた。


 まるで中世ヨーロッパの街並みで、ドイツ風の建物が特に目立つが、用途別だからか色々と混ざりすぎている。屋敷を出たオレたちの目の前にある酒場だが、これがなんと西部劇のバーそのものかといわんばかりの外装をしている。


 異世界召喚の特典とも言うべきか、この世界の文字は違和感なく読める。酒場の看板には「酒場さかば樽美酒たるびしゅ 冒険者ギルド宿屋街やどやがい支部しぶ」と書いてある。


 「まあ、普通はあり得ないな。でもリンちゃんに淡々と説明されたから、驚くというより、ほんとに異世界に来たんだって実感したわ」


実はオレもリータと同じ感想なんだが、もっと驚きを感じたかったかもな。


 「リータさん、ここに未成年はいないのでさっそく中に入りますか?」


 「舞お腹空いちゃったよぉ。バーだけど食べ物はあるでしょ」


 「そうだな。お金の価値を知るには使うのが手っ取り早いな。ハルアキ飲み会の続きやるなよ」


 「いやっ、こんな明るいうちから飲まんわ。でも異世界のビール? エール? 気になるわ」


 オレは酒好きというより、ただのビール好きだ。異世界系のアニメだとこっちはエールが主流みたいだが、実際はどうなんだろ。


 さっそくオレたちは酒場の扉を開けて中に入った。


 中は想像通りでテーブル席がいくつもあり、カウンターの横にアレがある。そうクエストボードと呼びたくなる大きな掲示板があった。


 せっかくだからカウンターに一番近いテーブル席に座り、ビールを四つ注文。幸いにもここはエールではなく、ビールだ。料理は見た目ほど美味しくないが、男性向けの量でお腹は満たされる。


 どうやらこの国ブルースタン王国は大陸の中心にあって、経済が発展していて欲しいものは金さえあればなんでも手に入る。冒険者の出入りと商業が盛んでほかの国より料理の種類が豊富だそうだ。オレたちがいるこの都市は王国の3番目に大きい都市で、名前はスタークブルという。


 お金の価値だが、銅貨1枚で1ブルと言う。100ブルで銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚になり、1万ブルと呼ぶ。この国だけの話でほかの国はわからない。オレたちはビール四つと料理六つ注文したが、なんとたったの240ブルなのだ。安いかどうかは稼いでみないとわからないのだ。


 「ご、ゴブリン? あの緑の小さくてキモいやつ? 嫌だよー」


 ゴブリンは緑色の肌を持った小柄な二足歩行の生き物で基本夜行性のうえ猿より賢く、道具を使う知恵を持つとなど小説で描写されることが多いが、この世界のゴブリンはどうだろう?


 なぜこの話になったかというと、どんな依頼を受けるべきかと話していたところ、酒場のウェイトレスさんにゴブリン討伐はいかがですかと勧められたのだ。


 冒険者は命がけのフリーターだが、実質無職であることをリンちゃんから聞いた。そしてゴブリンを倒せないようでは、今後の生活や町の移動に困るそうだ。


 「身分証を見るとオレたちやこの世界の人々は魔法が使えるみたいだが、ゴブリンで試してみないか?」


 「ハルアキ、気持ちはわからなくもないが、ゴブリンとて生き物なんだよ。おれたちは今までせいぜいゴキブリや蚊などの害虫しか殺したとこがないだろう」


 リータの発言はごもっともだ。現代社会において生きるための狩りは、一部の国や地域を除けばほとんどどこも行ってなかった。日本では猪や熊を殺すことはあるが、それは人々に害を成すから狩り、血肉をいただくのだ。食や自衛以外で命のやり取りをすることはない。もちろん紛争地域はまた別の話だ。


 「リータさんの言ってることの意味はわかりますが、それはこの世界では通用しないのでは? ただ、命のやり取りをする覚悟がまだぼくたちにはありません」


ゴブリン討伐の依頼があるということは、ゴブリンは人間に害を成す、或いは敵対するものだろう。


 「カディナの言う通りにしないでさ、ほかの仕事を探すってのはどうかな?」


 「舞、ほかにできそうな仕事なんて今のところないやろ。それにオレたちをこの世界やこの国を知らなさ過ぎる。リータの言う通り、平和に暮らしてきたオレたちに狩りはともかく、命のやり取りは無理だ。魔法はいざという時に使えればいいや」


 興味本位で魔法を使ってみたいが、実際使い方がわからないんだ。あとでリンちゃんに聞いてみようかな。それに殺し合いなんて怖くてできないし、やりたくもない。これが平和ボケなのか、平和的な考え方なのかはわからない。だとしたら、オレは何に対してワクワクしてたんだ?


 「ハルアキにしてはまともなことを言ったな。薬草の採取や鹿肉の納品等の依頼もあるみたいなので、リータさんそちらの危険度が低いものからやりませんか?」

 

薬草採取なら簡単そうだが、単価は低いだろう。しかし、リスクは少ないはずだ。


 「ねえ、この依頼書と同じ草を探せばいいんだよね?」


 「そうそう、紫っぽいって書いてあるな、っておい! なんでもう依頼書を取ってんだよ!」


 ここでまさかリータのノリツッコミが出るとは、面白くなってきたな。


 「舞さん、手が早いですね」


 「リータ、薬草採取に行く話の流れになってたんだ。いいじゃないか。さっそく行くか?」


 「わかったよ。酒場に入る前に城門らしきものが見えてたろ? 舞とハルアキは先に行って、そこで待っててくれ。おれと陽介は町の人から情報を集めてみる。おれは慎重派だからな。もしほかの|仲間(メンバー)を見かけたら引きとめてくれ」


 情報は確かに大事だ。さすがリータだ。


 「わかった。舞、行くぞー」


 「はーい」


 酒場を出てしばらくあると、先ほどリータが言っていた城門の近くに着いた。しばらくと言うほどの距離ではないが、道中オレと舞は辺りを見ながら歩いたので、それなりに時間がかかった。しかし、見知った顔は一人もいなかった。


 「ねえ、ハルアキ。さっきのおじさんってもしかしてドワーフなのかな? どう思う?」


 「異世界ならドワーフがいても不思議じゃないけど、あれはどう見てもただのヒゲ長おじさんだろ。お前はドワーフをなんだと思ってるんだ? ヒゲが長ければドワーフなのか?」

 

 「え! 違うの? 白くて長いヒゲだったから、アニメに登場するドワーフかと思ったわよ」


 「それはアニメの話だろ? この世界のドワーフも同じような特徴とは限らないよ。それにリンちゃんの話だと、この町はあまり他種族が住んでいないらしいな」


 「えー? なんで?」


 なんでって。この子はまったく人の話を聞いてなかったな。ブルースタン王国に隣接する国、神聖グランカ皇国はいわゆる宗教国家で、青星神せいせいしんキリスタを信仰している人間至上主義の国。同じ人種でも人間族以外を魔族と呼び、見かけたら即座に殺したり、捕まえて奴隷にするらしい。ブルースタン王国も含めて、裏社会にはいくつも奴隷売買組織があり、その大半がここスタークブルに本拠地を置いている。これが原因でスタークブルでは他種族はあまりいない。

 

 「それはだな...」


 「ハルアキ、舞さんお待たせしました」


 「お?何かの話の途中だったか?」


 話の途中ではあるが、リータと陽介が到着した。


 「いや、なんでもない。舞が人の話を聞いてなかったのが、改めてわかっただけの話だ」


 「えっ、ひどくなーい? もういいわよ!」


 「その様子だと、収穫なしか。まあいい、町周辺の地図を手に入れたんだ。地理関係が分かればなにかと便利だろ。薬草を探しに行こうか」


 城門に近づくオレたちだが、ここで衛兵の存在に気づくのだが。

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