第7話 巨人の従者、ザンニ
けたたましい音を立て、さっきまでヘルガの頭があった位置を巨大な腕がかすめた。彼の背後にあった壁にたったの一撃で巨大なくぼみができるほど強烈なパンチだ。
視線を腕の付け根に向けると白磁を思わせるほど真っ白な白い巨人が部屋の壁に大穴を開けてのっそりと中に入ってきていた。全身真っ白で顔はなくのっぺらぼうだ。大きさは3メートルを超え、人間とほぼ同じ体躯をしているのに異物感が極まっている。
自分の攻撃が外れた、と確認した巨人はヘルガに覆いかぶさるレアめがけて再び拳を放った。
逃げろ、とヘルガは声を上げようとした。だが彼が発声するよりも速くレアは起き上がって巨人のパンチを片手で止めた。その時彼女の衣服の袖が一気に裂かれ、白い肌が露出する。
「お久しぶりね、ザンニ。あいも変わらず奇襲だなんて可愛らしくもない」
巨人は話しかけるレアリティを無視して彼女が抑えている拳とは逆の拳を振り上げた。その一撃を左手で防御しようとレアは手を上げるが、無情にも彼女の左腕は巨人の手によってちぎり飛ばされた。
「弱くなった。普段ならばこの程度の一撃で千切れるほどやわな腕ではないと思ったが?」
初めて口――そもそものっぺらぼうなので口があるかはわからないが――を開いた巨人は不思議そうに苦渋の表情を浮かべるレアを眺めた。無理に笑顔をつくり、レアは口を開く。
「お生憎様ね。それでもわたし一人で貴方を殺すくらいわけなくてよ?」
レアの左手は瞬時に再生した。彼女の左手が再生し、再び戦闘を初めたことにヘルガは安堵感を覚えた。同時に嫌悪感を巨人に覚えた。それは独占欲を刺激されたがゆえの感情のゆらぎだった。
先程まで白一色だった巨人の体が徐々に黒い濁点で埋まっていく。白紙にインクをこぼしているかのような、光沢豊かな黒が巨人を染め上げていった。
瞳が熱く燃えたぎる。発熱した眼球が熱運動で加熱され、目玉焼きのように目が大きく見開かれた。三色の螺旋を描いて自分の獲物を認知した彼の瞳は早く殺せとヘルガの脳裏に訴えかけた。
彼がまさに巨人を殺す、と立ち上がった刹那、レアが巨人の一撃で跳ね飛ばされ、ヘルガのすぐ真横に落ちてきた。
「ちょっと驚いているかしら?無理もないわ、そりゃ一般人がコッペリアを見る機会なんてないでしょうからね」
鋭利な刃物を思わせる冷たい笑みを浮かべながらレアリティは再度巨人へ向かおうとする。同時にヘルガもベッドから飛び起きて巨人の左手に右ストレートを放った。反射的に巨人は左ストレートをヘルガめがけて放った。彼の一撃の方がより速く、より重く、ヘルガの右手に命中する、はずだった。
両者の拳が交錯した直後、なんの前触れもなく巨人の左手が付け根にいたるまで粉々に砕け散った。驚いて壊れた位置へ手をかざそうとする巨人を今度はレアの右ストレートが襲う。のっぺらぼうの顔面が砕けるほど強烈な一撃を前にして、巨人は大の字になって倒れ込んだ。
「次で終わり!」
「想定外だ」
顔面を砕き切ろうと放った右拳を巨人は避ける。ぐるりと左に一回転し、大地にレアの拳が突き刺さった。巨人は即座に跳ね起き、レアからも距離を取った。
レアは追撃をせず、巨人を睨み続ける。両者の間に緊張感が走り、静寂が流れた。張り詰めた息苦しい糸は周囲へも伝播し、小鳥のさえずりも木々のしなる音も消え去った。
「『異能殺し』を貴様らが抑えていたことは想定外だ。完璧に隠していた、と思ったのだが」
「彼の方から会いに来たのよ。言っている意味わかるわよね、ザンニ」
「ああ。そしてこれは主にとっては別段不足の事態ではない。だから何もしない私はその少年を殺そうとも思わない。たかが眼球の一つでどうにかなるほど我が主はもろくはない」
静寂を破り、巨人は何かを忠告するような物言いを残してその場から消え去った。バン、と空気がしなる音が響き、彼が立っていた場所から草木が消え裸の大地が浮かび上がった。
「……なんだよ、あれ」
「ザンニよ。コッペリアっていう自動人形の一種らしいわ。アルバに聞けば色々とわかるわよ」
それよりも、とレアはヘルガへ視線を移し、険しい表情を浮かべた。彼にはまだレアが黒く見える。黒く、どす黒く見える。黒い人影が赤い瞳を輝かせ、自分を見つめていた。
「色々と段取りが狂っているわ。さっさと動いたほうが良さそうね」
「動く?」
疑問符を浮かべるヘルガにレアは早口でまくし立てた。
「このクソッタレな街から出ていくために動くのよ」
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます