第5話 デイル・アート市の異変
老人を始めてみた時、ヘルガはまず真っ先にレアの従者なのだろう、と思った。老人の彼女への接し方はよくドラマや小説で王に対する臣下の振る舞いに似ていた。
だが、レアの許しもなく頭を上げているのを見て、敬意を払っているとは違うな、と感じた。会社の社長の息子に頭を下げているかのような、そんなうすっぺらい関係を二人の間に感じてしまった。
「ヘルガ、そう怖がらないで。この男はわたし達の味方よ、少なくとも今回の件に限って言えば、ね」
「それは……随分と心配になる情報だな」
おどけた調子で応えるヘルガに、老人は渋面した。なんでこんな弱々しそうな奴が、といった眼だ。
「レアリティ、この若造はなんだ?」
しばしの沈黙の後、まず老人が口をひらいた。蔑みや侮蔑が混じっている尊大な態度であり、あからさまに歓迎していない様子だった。
「昨日、わたしを殺した男よ。そしてついさっきわたしに告白してきた人ね」
それに対しレアは特に気分を害すでも、態度を変えるでもなく、平静を装って答えた。彼女の回答に一瞬だけ老人を眼を細め、ヘルガに近づいていった。近づくとその身長の高さがよくわかる。二メートルをゆうに超えるその体躯に表情筋が固まって暇う。
「お前を害せる存在はそう多くない、と思っていたが……」
老人はぐるぐるとヘルガの周りを回りながら、じっくりと彼を観察する。その眼差しにヘルガは動物園の獣にでもなったかのようなむずっかゆさを覚えた。
「この若造が、お前を害せるようにオレには思えんが……。だが事実、か。確かに昨日お前は死体になった。生き返るのを眼にしたからな。というか、今なんて言った?お前に告白した、とか言ったか?」
「ええ。変わっているでしょ?わたしを殺したい、と思う人間は多いけど、告白する人間は全くといっていいほどいないのにね」
「物好き、いや変態だな。顔ばかりが美しいお前に、な」
レアを嘲笑うその態度にヘルガは口を曲げた。目の前の老人が誰かは知らないし、味方であるというのはレアの言葉を信じる限り事実なのだろう。だが味方であっても今のジョークは許容できない。
自分がまるで彼女の顔だけを見て籠絡されたかのような言い草だ。確かに愛すると言った以上、籠絡はされているだろう。だが、それは彼女の得体のしれなさ、ぐちゃぐちゃにしたい、という欲情、欲求に屈したに過ぎない。決して外見だけで愛しているわけではない。
「おい、おっさん」
「あぁ?なんだ若造」
「外見以外もレアはきれいだぞ?」
だからまずはっきり言っておこう、とヘルガはなぜ自分がレアに対し、愛を抱いているのかを愚痴愚痴と語り始めた。どれだけ見た紅色の腸がきれいだったか、ぬくもりを感じ入ってどれだけ体が燃えたぎったかを力説した。
そして返ってきた返答は、
「あー、アレか。お前変態だったんだな、うん」
半ば呆れ、半ば哀れみがこもった非常に気持ち悪い返答だった。名も知らぬ老人はヘルガの懇親の力説を聞き、気まずそうに彼から眼をそらした。ヘルガにはなぜ、としか言えなかったが、後ろでレアが肩を震わせて笑っているのを見て、冗談かなにかだと思われているのだろう、と解釈した。
「ま、いいか。そんな変態でもこの空間でまともにいられるなら、壁役くらいにはなるだろう」
「……その話、すっごく気になっていたんだけどどういうことなんだ?レアは都市が停止している、とか言っていたけど」
話が早いな、と老人はいたずらっ子っぽくニカッと笑った。そしてヘルガ達を家の一角に設けられたキッチンへと案内する。まだ王侯貴族が支配していた頃を彷彿とさせる寂れたキッチンだ。通ってきた廊下もだが、どことなくデザインが古臭い。
それはすぐに老人の口から明かされた。
「ここはよ、観光資源の一つとか言って残ってた二百年くらい前の廃屋なんだ。だからねずみもちょいちょい出るが、その辺は各自で対処してくれ。ああ、そこに座ってくれ」
先程とは打って変わって砕けた口調の老人にヘルガは面食らうが、特に追求することもなく進められた席に座った。どこか中世紀を彷彿とさせる外見の木机を囲んで、外見が祖父と孫くらい離れている三人が座っているのはなんともほんわかとさせる。
しかし、話している内容は祖父と孫のそれではなく、闇組織かカルト集団のそれだということははじめに断っておこう。
「さて、まずは自己紹介をしておこう。オレはアルバ・カスター。レアリティの協力者だ。このデイル・アート市で起こっている災害について調べている。で、お前さんは?」
「僕は……ヘルガ・ブッフォ。ただの学生だよ」
信じられないねぇ、とアルバは陰険な笑みを浮かべ、机の上にあったコップを口に運んだ。
「さて。まずはこの街で起こっている事態について説明しよう」
そう言ってアルバは修道服のポケットから小さく畳んだ紙切れを取り出し、机の上に広げた。彼が広げたのはやや黄ばんでいるがこのデイル・アート市の地図だ。中央の広場、学院地区、市庁舎、住宅街、そのすべてがヘルガが育ってきた街そのものだった。
「住人のお前ならわかるだろうが、これはこの街の地図だ。……四年前の、な」
「それはもうレアから聞いたよ。だからなんで四年前なんだ?僕はそれが聞きたいんだ。もったいぶらずに教えてくれ」
ヘルガが若干語気を荒げ、アルバに詰め寄ると彼は間を置かずに答えた。
「四年前の12月12日、デイル・アート市を濃霧が覆った。霧は街をまたたく間に覆い、今なお外界との接触を禁じている。何度か国の機関やオレやレアリティのような人間が霧に接触したが、誰も出てこなかった」
淡々と語るアルバにヘルガは眉にしわを寄せずにはいられない。いきなり霧が街を覆った、だとか、四年前の出来事だ、などと言われて納得できる方がおかしい。
ましてヘルガには四年前に霧が街に流れた、などという記憶はない。ここ四年どころか、十年くらいの記憶をさかのぼっても、霧が街を覆った記憶はこれっぽっちもなかった。
「疑問に思うことは理解できる。だが、それは外から見た人間からすれば事実だ。ああ、そういえば二年前に報道番組で取り上げられていたな。なんだったか……『謎の霧の都、かつての幻想風景はどこへ』だったかな」
「いや、いやいや!信じられないってそんなこと!霧が街を覆ってるってそんなロンドンじゃないんだ」
「あいにくと外に出んことにはわからん事実だからな。信じる信じないは勝手だが、話の腰をそういちいち折るな。反応疲れる」
不快だぞ、とアルバが眉間にしわをよせる。渋面した彼の表情を見て、ヘルガは納得はできないがとりあえず最後まで話を聞こう、と引き下がった。
「――とまぁ、ここまでの話はそこの血塗れ女でもできるな。問題はここから先だ。十数日前からこの街が少しずつ壊れてきている。これまで平静だったものが噛み合わなくなってきている」
突飛な話だ、とヘルガはアルバの説明を聞いて苦笑した。
「まず、前提条件としてこの世界は成長し続ける教養番組のようなものだ。つまり、ストーリーはすべて同じでも、成長はする。同じ日時に同じことを繰り返すが、肉体は成長していく。
ハウスドラマとかであるだろ。役者は成長しないけど、毎年誕生日とかはやっている、みたいな奴。お前ぐらいの年だと『スカウラーボブ』とか『ライトニングマン』とかか?アレの役者が年をとってくバージョンって思ってくれ」
理解はできるが例えはすっごくわかりにくい話だ。
『スカウラーボブ』も『ライトニングマン』も子ども向けアニメやドラマで、内容は違うが毎年誕生日回があったことは憶えている。しかしいくら誕生日をやっても登場人物は年取らない。
それの逆を永久に繰り返す、とアルバは言った。年を取るが、常に同じ誕生日、一年という差があってもバレそうなものだ。だが現実として一年どころか四年もの間ヘルガは異常に気づけなかった。
「どうなっているんだ?僕らはみんな記憶喪失でもしているのか?」
「日々の記憶なんて三割憶えてりゃいい方さ。一年前の今日何やってたなんて普通は憶えてねぇ。それに加えて多少の思考誘導があれば成り立つ話だ」
ますます突飛、ありえない話のオンパレードだ。あたかも街の人間全員を催眠術にかけたかのような言い草、そんなことが人間にできるわけがないだろう。
「とはいえ、住民の全員にんなことは当然できない」
そうだ、できない。デイル・アート市の人口は15万人だ。観光客を含めればもっと増える。思考誘導なんてバカバカしい。
「ここで出てくるのがもうひとつのこの街の異常性だ。……生きている人間がほとんどいない」
そう言ってアルバは立ち上がると奥へとひっこみ、ヘルガが後を追おうとした瞬間、再び姿を現した。ただし彼の背中には人影があり、それが机の上に置かれたことで初めて人影が女性だとヘルガは認識できた。
顔立ちは特に言及することもない中年の女性だ。金髪のカールで、肌にしわやしみが目立っている。かなり痩せており、皮ばった首筋をしているなど死体と身間違ってしまうほどの不健康さだ。
「ヘルガ、この女を見てどう思う」
「自首をすすめるね」
「そういうことじゃねーよ。この女の肌とか顔の色とか見てどう思うかって話だ」
そう言われても、とヘルガはもう一度女性に視線を戻す。見る限りはただ寝ているようにしか見えない。だが聞くということはそういうことなのだろう、と嫌な思考が脳裏によぎった。
震える手でヘルガが女性の手首を握ると、一瞬ほのかな暖かさを感じた。しかしすぐにそれはドライアイスだと悟った。信じられないほど冷たい女性の体に何度も眼をまばたきさせた。
「本当に……死んでいる?」
「確実にな。一昨日ソレに襲われて、回収して散々調べたからな」
「――襲われた?」
アルバの言葉が信じられずヘルガは交互に彼と女性を見比べる。女性の身長はいいとこ170センチ、対してアルバは2メートルの巨漢だ。加えて痩せ過ぎている女性には大した筋肉量があるようには思えない。
そんな非力な女性が巨漢のアルバを襲う、という状況がヘルガには想像できなかった。まだアルバが女性を拉致して殺した、と言われた方がしっくりくる。
「なんなら確かめてみるか?この女が本当に死者か」
ヘルガが是とも非とも言う暇もなく、はじめからそうするつもりであったのかアルバはそでの下からシンプルなデザインのナイフを取り出すと、女性の胸元めがけて振り下ろした。
ヘルガが声を上げる間もなく、事態は起こった。
「GYaaaaaaaaaa」
刺されると同時に閉じていた両眼を充血させて女性が咆哮を上げた。とっさにヘルガは女性から離れようとするが、電光石火の速さで伸びた手が彼の細首をつかんだ。
「へr」
「動くなよ」
すぐさまレアが彼を助けようと動くが、アルバが横から割って入り、それを阻止した。なぜ止める、とレアはアルバを睨むが、どちゃり、という音と共に彼らの視線は二人へとそそがれた。
見れば女性の伸ばした手が引き千切られ、多量の血を二人は浴びていた。引き千切られた腕を見て女性の死体はさらに丈狂うが、ヘルガの右手が彼女の首を撫でると、彼女の首は真っ逆さまに転げ落ちた。
あまりの不条理に手を下したヘルガすら戦慄してしまう。触れただけで人の体を冷たく切り取るなど、ただの人間にできる所業ではない。無慈悲にひたすら冷酷に誰かの差し出した手を摘み取るなど。
今の自分は間違いなく拒絶した。死した女性の手を間違いなく拒絶した。それがまるで汚らしいものであるかのように。
恐る恐るヘルガは今なお自分を凝視しているレアとアルバに助けを求めようと口を開いた。
その三色に光る瞳を彼らに向け、気づいた。
「なんで……レアやアルバがドス黒く見えるんだ?」
さっきまでまともに見えていたレアやアルバが影法師にでもなったかのように真っ黒だ。彼女の赤が、今は見えない。あの溢れんばかりの赤が見えない。ただ目の前の死骸の血の色だけは見える。
彼女の赤が見えなくて、どうでもいい女の血の色だけ見える。
――これは不条理だ。
百万年の愛すら白湯になるほどの絶望だ。
一体なぜ自分に彼女の赤を見せてくれない。あの赤が見えなくて、自分はこれかあどうすればいい。
まるで見てはならない、と言っているかのような常識を逸した症状がヘルガの瞳を蝕んでいた。正常のみを見て、異常を排斥するその瞳は乱反射と回転を繰り返し、
おもわず眼球を握りつぶしてしまうほど、白熱するその眼球にたまらず、ヘルガはもがき苦しむ。彼の絶叫が小屋の中でこだまし、手当り次第に彼はキッチンのものに当たりはじめた。
机を蹴り飛ばし、死体を踏みつけ、壁を叩く。非力な彼がはたしてどれほどの惨事を起こせたかは正直予想の範囲だろうが、近場で危険な拳を振られた影法師二人はたまったものではない。
脈絡なく動くヘルガの右手を、左手をせまいキッチンの中でかわした。特にレアなどは最大限の警戒をもって、ヘルガの手を躱していた。身をもって体験した激痛は早々忘れられるものではない。まだ記憶に新しい忘れ得ない痛みを二度と味わうまい、と全力で避けていた。
ひとしきりヘルガが暴れ息も乱れてきた頃、ようやくアルバが彼を制圧した。壊れた木机を蹴り上げたかと思えば、ヘルガめがけて蹴りつけたのだ。巨大な木の板が直撃し、ヘルガの体がふっとばされる。そこへアルバの容赦のない蹴りが炸裂し、彼の意識を刈り取ったのだ。
別にそこまでしなくても、とレアは批難の目を向けるが、アルバはどこふく風とばかりに慎重にヘルガの襟首を掴むと、奥の寝室へ放り込んだ。
戻ってきたアルバはとても朗らかな表情でまるで憧れのアイドルと握手し、なおかつツーショットが撮れたファンのようだった。かつてないほど興奮しており、頭のつむじから爪の先にいたるまでが小刻みに震えており、吐く息は豚のように荒い。
こんなアルバみたことない、とレアは訝しむが、当のアルバ本人はいたって正常だ。ただ本来は存在しないはずの力を見て心が躍る思いなだけだ。
ただひたすらに気味の悪い笑みを浮かべるアルバにいい加減しびれをきらしたのか、レアは彼の前に立ち、ヘルガの不可思議な力について問いただした。
彼女の問いに対し、アルバはなんの前置きもいやみもなく、すらすらと答えだした。まるで賞賛されたときの科学者のようで、瞳が妖しく光る彼はかなり気持ち悪かった。
「――まず、レアリティはこの世に存在する『異能』の力の大本を知っているな?」
「もちろん。中世の人間がエーテルだ、マナだとか言ってた『瘴素』のことよね」
異能。
それはこの世界に存在する技術であり、法則であり、プログラムテキストだ。万象をただなすがままに進めるため、世界そのものが規定した特化ツールであり、なにか一つの事柄を完璧に実行するためのマスターキーだ。
その種類は様々、魔術だったり魔法だったり超能力だったり呪術だったりだ。原典は魔法と超能力だが、そこから分岐して魔術だったり能力だったりへと劣化していった。
かく言うアルバも高位の魔術師であり、異能を扱うことができる。レアも同様だ。どっぷりと怪奇の世界に染まった、闇の住人である彼らをもってしてもヘルガの異能は滅多に見れるものではない。
「魔術師や魔法使いは外部にある瘴素を使う。それ以外の異能者は己の魂なり、精神なり、体内のわずかな瘴素なりを媒介として異能を使う。だがな、あの小僧は違う。
あいつは自分の中の瘴素なんて使っていなかった。大気の瘴素もだ」
魔術師であるアルバは外界の瘴素を知覚する特殊な器官が魔術師になった際に発生している。そのおかげでアルバは大気中の瘴素の量を図れるし、さっきヘルガが暴れたときもやろうと思えば魔術で無力化できたはずだ。
そのアルバが一切の瘴素の流れを感じられなかった、というのは一般人が異臭の放たれている空間で臭くない、というくらいありえないことだ。
「だが、瘴素は使ったはずだ。ただし、あの死骸の瘴素をな」
「それって……他人の命を糧にした超能力ってことかしら?」
「おそらくはな。だが、あいつの能力の根本はそこじゃない」
弱々しく丸椅子に座り、恍惚とした表情でアルバは続けた。
「あいつの能力が使われたとき、一瞬だが瞳の色と同じ光が右手にまとわりついていた。あれは『
「あらゆる異能、人外を討滅する魔性のこと?それがヘルガにやどっているってこと?」
「色からそうとしか見えない。『異能殺し』は強力な武器にはなりえないが、
あらゆる異能を無効化する、それ自体はさして珍しいものではない。数多の神話で神々の権能を無効化する、という存在は掃いて捨てるほど存在する。
極論から言えばアルバが喜んでいるのは異能を無効化できる少年が見つかったことに喜んでいるのではなく、その原典を見つけられたことに喜んでいるのだ。
骨董品扱いね、とレアはアルバという魔術師を見ながらため息をついた。元来、魔術師とはそういう人間であることはわかっていたが、いざ目の当たりにすると軽蔑してしまう。
大目的のために様々な非道を是とし、平気で他人を生きたまま解剖するような狂った連中だ。もし叶うならヘルガを持ち帰って一生研究対象として飼うだろう。あるいは永劫彼に魔術を浴びせ、自身の安全びんとするか。どちらにせよ、笑えない結末しかない。
「それでどうするのかしら、アルバ。彼の異能はある種貴重よ。この場において強力なカウンターになるわ。何よりわたしは貴方が想像しているような目に彼を合わせたくない。大事にするべきよ」
「これまで散々似たような連中を殺し回った女王様とは思えない言葉だ。街の全容を説明できてない今だからこそ、あの男を傀儡とするべきだ。己の意志など関係なく、ただ操る。瞳さえ光らなければあの男はただの人間と変わりない」
ヘルガの能力のトリガーになるのは双眼の発光現象、とするアルバの意見に従うならばそうだろう。実際にヘルガの体のどこからどこまでが能力の範囲かわからない以上、眠っている今彼を操って特攻兵器として扱った方がはるかに有益だ。
「だめよ。わたしに告白してくる物好きよ。それにわたしを殺し得た存在である以上、むやみに消費はできないわ」
しかしレアはあくまで否定の立場を取る。自分を殺し得た少年が、こんな変態ジジィの研究材料になるなど、我慢できるものではない。
「オレにお前は殺せない。――どのみちお前が駄目だと言えばオレは手を出すことはできんがな……」
あっさりと引き下がったアルバにレアは目を細めるが、それ以上なにかしようとは思わなかった。一度殺され、本調子でないとはいえアルバ程度の魔術師がいくらよってこようと自分に敵わない、と知っているからだ。
何より今ここで争うメリットがない。アルバの知識がなくては状況は打開できないし、自分達が争うことは今足をつけている霧の街の主の機嫌を良くするだけの愚行だ。
「(でも、わからないわ。なんでこんなあからさまな異能の産物の中に『異能殺し』を置いておくのか)」
キッチンを離れ、奥の寝室でレアの疑問が脳裏を駆け巡った。寝室でぐーすか寝ているこの少年が『異能殺し』を持っているなら、彼を覆うこの空間は存在しえないはずだ。
大地が彼の足に触れているのだから。
もし発動しない要素があるとすればなんだろう。
――「(ひょっとして十全に機能していない?)」
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