第9話 罹災の手続き
「罹災証明証の発行は、こちらです!」
朝美の働く区役所の1階ロビーでは、罹災証明証を発行して貰おうと、人が列を作った。
罹災証明証を発行して貰うと、高速料金が無料になったり、保険会社への証明書になったりするのだ。
「順番に椅子へお座りになって、お待ちください。」
朝美は次から次へと座った人々へ、証明証を発行する為の用紙を配った。
朝早くから並べた60個の椅子は、すぐに満席になった。
「木村さん!こっち、手伝えますか?」
「はい!」
先輩の職員に呼ばれ、今度は証明書を発行するブースへ移動する。
「ここまで終わっています。」
「ありがとう…ございます…」
見慣れない顔。
首からぶら下がっている名札が、他県からの応援部隊だと言う事を教えていた。
被災してからこの数日、朝美達のような役所で働く人々の疲労は、とてつもない事になっていた。
次から次へと舞い込んでくる仕事。
休みのない日々。
求められる迅速な対応。
精神的にも、追い込まれていた。
そんな時、こうして助けに来てくれている人がいると思うと、少しでも気が紛れそうだった。
「次の方、どうぞ。」
年配風の男性が、朝美の前に座った。
「これね。言われた通りに書いたんだけど、これでよかったかな。」
「はい。ちょっと確認させて下さいね。」
朝美が書類に目を通すと、【地震によって故障、若しくは壊れた物】という欄が空欄になっていた。
「申し訳ありません。こちらの欄もお書き頂けますか?」
朝美はもう一度、その男性に書類を見せた。
「ここも?」
「はい。実際に壊れた物とか…」
男性は顔を曇らせた。
「…何でもいいの?」
「え、ええ…」
しばらくしてから書き始めたが、そこには食器・パソコン・テレビなど、ありきたりな物が書かれていた。
「こんなもんかな。」
「ありがとうございます。」
「これで、高速タダになるんでしょ?」
「そうですね。」
書いてもらった書類をコピーして、ナンバリングすると、朝美は笑顔でそれを渡した。
「はいはい、どうも。」
男性は書類を受け取ると、目も合わせずに去って行った。
「…今の人、本当に被災したんですかね。」
他の職員が、朝美に耳打ちをした。
「これだけ大きな地震だったんですもの。大なり小なり、被災しているわよ。」
調べるまでもない事なのか、調べる余裕もないのか。
どちらでもいいと思ってしまうくらいに、次から次へと手続きに訪れる人は、後を絶たなかった。
証明証の発行で並んでいる人が少なくなると、またも朝美は別な係から呼び出された。
「ごめんね、木村さん。援助物資の仕分けなのよ。」
「はい。どれから仕分ければいいですか?」
朝美が手をつけると、そこには【衣服】の文字が。
「ああ、そういうのは沿岸部の人に、送りましょう。」
「はい。」
全国から集まってくる物、服、中には本などもあった。
「すごい…」
日本中から集まる、支援の輪。
「そうよね。これだけの物が集まってくるなんて、滅多にないものね。」
少しでも早く、この救援物資を被災者の人に届けたかった。
「でもそれを、仕分ける人がいないのが、現状だわ。」
区役所の一室を、天井までまで埋める程の段ボールの箱。
一日のうちに仕分ける人、仕分ける時間など限られていた。
そしてまた届く段ボール……
「1日が30時間くらいあればいいのに。」
そう思わずにはいられない朝美だった。
そんな時、久しぶりに姉の優美から電話があった
『仕事大変みたいだけど、元気にしてる?』
「うん。まだなんとか…」
兄妹からの電話と言うのは、時にはホッとする。
『こんな時、なんなんだけど…』
「なあに?」
『彼氏…元気だった?』
忘れたくても忘れる事ができない事実。
「…ううん。遺体で見つかってね。」
『えっ……』
途切れる会話。
言葉が出てこないことは、以心伝心でわかる。
「他の遺体はさ……首がなかったり、腕とか足とかなかったりなのにさ。純一君の遺体、すごく綺麗なの。揺すったらもしかして、起きてくれそうなくらい。」
優美にも、無理に笑っている妹の姿が浮かんだ。
『…お葬式は?』
「とりあえず火葬はできないから、行政で用意した共同墓地に、一時埋葬してあるの。」
『そう…そうなのね…』
電話の奥で、優美が泣いていた。
「じゃあお姉ちゃん。私、また仕事だから。」
『うん…じゃあ、また…』
居たたまれなくて、朝美は自分から携帯を切った。
― どうした?朝美 ―
純一君?
― どうして泣いてる? ―
だって、純一君がどこにもいないから。
― 大丈夫だよ ―
うん。
― 朝美を置いてどこにも行かないよ ―
純一君…
純一君?
純一君!!
「はっ!!!!!」
突然起き上る朝美。
毎晩見る夢は、婚約者の純一との思い出だった。
だけど今朝に限って、純一が消えていく夢を見た。
「純一君…」
まだ夜明け前、朝から晩まで続く仕事。
なのにいつも目が覚めるのは、朝方。
決まって純一の夢を見ている時だ。
朝美の疲労も、既にピークに達していた。
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