第8話 買占め

「なあ、木村。家族に連絡取れたのか?」

同僚が尋ねてきた。

「まあな。姉ちゃん二人には繋がった。」

「両親には?」

「いや。一番上の兄貴にも、繋がってない。」

「……大変だな。」

携帯ごと失くしてしまったのか、それとも電波が悪くて繋がらないだけなのか。

毎日、暇を見つけては電話しているのに、一向に繋がらないのは、なぜなんだろう。

修吾は自分の携帯を見た。

「携帯って、何でもできるモノだと思っていたのにな。」

「えっ?」

「いや、何でもない。仕事戻ろうぜ。」

「ああ…」

修吾は何気に、発信の履歴のボタンを押した。

交互に繰り返される、父と兄の携帯番号。

順番でいくと、次は兄の番だ。

「どうせ繋がらないか…」

諦めながらも、発進のボタンを押した時だった。


『もしもし?修吾か?』

懐かしい声が、携帯から聞こえてきた。

『もしもーし、もしもーし!あれ…』

修吾は慌てて、携帯を耳に持っていった。

「もしもし?兄貴!?」

『修吾?』

「ああ、兄貴だ!やっと繋がった!!」

『あははははっ!ごめんごめん。着信があったのは、何度も見てたんだけどさ。』

だったら架け直せよ。

修吾が、そう言いかけた時だ。


『…携帯の充電が、ままならなくて。架け直す事もできなかったんだ。ごめんな。』

「携帯の…充電?」

『ああ。何せ、電気が通ったのが昨日だからな。』

「そうか…ごめん…」

『ん?どうした?修吾。』

そうだよな。

電気が通ってなかったら、携帯すら使えない。

夜も暗い中で生活してたんだよな。

修吾は、連絡が取れなくて苛立っていた自分が、情けなく思えた。


「ううん、何でもないんだ。元気でいてくれれば、それで…」

『かわいい事言うじゃねえか。おまえも、体気をつけろよ!それじゃあな。』

「おっと、兄貴!」

修吾は仕事に戻る事も忘れて、携帯にかじりついた。

「父ちゃんと母ちゃんは?」

『親父とお袋?とりあえず、生きてるな。』

「当たり前だろ。死んでたら、そんなのん気に言えるか!」

『のん気か……毎日誰がいない、誰が死んだって話をしているから、感覚が麻痺してくるのかもな。』

「しっかりしてくれよ!兄貴!!」

思わず修吾は、大きな声で叫んでいた。

「たくさんの人が死んで…感覚がおかしくなるって、わかるけど…わかるけどさ!!」

『修吾?』

「ごめん…ごめん。そっちは、俺らが想像する以上に、悲惨なんだよな。」


それでも、嫌だった。

毎日毎日、人が亡くなっていくのに、それが当たり前の世界だなんて。


「木村。」

仕事に戻ってこない修吾を、同僚の遠藤が呼びに来た。

「ごめん。もうそろそろ、仕事に戻らなきゃ。」

修吾は袖で、涙を拭った。

『ああ。悪いな。忙しいのに、電話もらって。』

「いいんだ。兄貴の声聞けただけでも、ほっとしたから。」

『またな。』

「うん。」

修吾は気持ちを切り替えるかのように、勢いよく電話を切った。

「木村!一体誰と話してたんだよ。」

「兄貴と。」

「兄ちゃんと?よかったじゃん。」

「うん…よかった…」


でも、なぜか。

また涙が出てくる。


「木村…」

「ごめん…でも…涙が止まらないんだ。」

拭っても拭っても、後から後から溢れてくる涙。

あの頼もしい兄が、力が抜けてしまったかのように変わってしまった事。

そして自分が想像している以上に、悲惨な状況にある故郷。

それを思うと、胸が締め付けられるくらいに、悲しかったのだ。

何かできる事はないか。

自分に何かできる事が。

遠く離れている自分だからこそ、できる事が。

「なあ、木村。あっちって、食料とか足りてるのかな。」


遠藤の言葉に、修吾は顔を上げた。

「ライフラインって言うんだっけ?電気とかガスとか…そう言うのが十分じゃないんだったら、飯とかどうしてんだろう。」

「そう…だよな。」

「洋服だって流されてるんだろう?洗濯だって、どうしてんのかなって…思うよな。」

それを聞いて修吾は、手をぎゅっと握りしめた。

「そうだよな、遠藤。俺、送れる物全部、箱に詰めて実家に送るよ。」

「ああ…」

「ありがとな。」

「い、いやあ?俺は大したことは言ってないけどお?」

我ながらいい事を言ったかなと、照れる遠藤。

修吾は、ポンと遠藤の肩を叩いた。


翌日、仕事が休みの二人は、早速スーパーへ出向いた。

「まずはカップラーメンだよな。」

「うんうん。」

独身男性の二人の定番、いつも行くスーパーなら、目を瞑ってでも行けた。

「あれ?」

大量に置いてあるカップラーメンは、既にその姿を消していた。

「…売り切れたんだな。」

「ああ。」

売り切れたものは仕方がない。

他の食品をあたった。

「ここも?」

パスタ、乾麺、とにかく日持ちがするものを探したが、ほとんど見当たらない。

「なんで…」

ぼーっと立ちつくす二人の側を、一組のカップルが通った。

「この間の地震、やばかったな。」

「ホントホント。東京でも揺れたじゃん。いつどうなるかわかんないから、準備だけはしておかないとね。」


その二人が持っているカゴの中には、たくさんの食料が入っていた。

「あいつら…」

駆け寄ろうとする遠藤を、修吾は止めた。

「木村?」

「…他に行ってみよう。」

修吾は行き急ぐかのように、入口へ向かって歩き出した。


次に行ったスーパーでは、偶然かカップラーメンや、チョコレートなどのお菓子がまだ残っていた。

「あとは歯ブラシと、トイレットペーパーと…」

「そんなに買うのか?」

「全部流されたって、聞いたから。」

当然あるものだろうと思う物がない。

持ち合わせのお金が許す限り、何でも買い物カゴの中に入れた。

「どこもこうなのかな。」

遠藤が米を置いてあるコーナーを見てつぶやいた。


「そうなんじゃないか?」

いつも大量に置いてある米も、今は一つもない。

「…俺、恥ずかしいよ。」

「なんで?」

「東北の人達は、食べる物や日常生活に必要なモノがなくて困ってるっていうのに……自分達さえよければ、それでいいのかよ!」

修吾は、遠藤の肩に手を置いた。

「それでも俺、買い占めている人達を、責める事なんてできないんだ。」

「えっ?」

遠藤は、顔を上げた。

「もし、東北以外の場所で……例えば九州の方で同じような地震があったら、俺、迷わずに食料とか買い占めたかも。」

「木村…」

「急ごう。早くしないと今日の集荷が、終わってしまうかもしれないし。」

「うん。」

修吾はそう言うと、少しうつむき加減で、レジに向かって歩き出した。


修吾達は近くの郵便局に、買った荷物を運んだ。

「すみません。宮城、福島、岩手は只今郵送が止められています。」

「止められてる?」

「はい。すぐ再開するとは思うんですが…」

そう言うと郵便局の職員は、次の客を招き入れた。

「木村?どうした?」

後ろにあるソファに座っていた遠藤が、修吾に駆け寄った。

「…荷物。」

「集荷終わってたのか?」

「いや…集荷してなかった。」

「はっ?なんで?」

「わからん。交通事情だって書いてる紙は貰ったけど。」

せっかく買っても、送ることができなければ、無駄なものになってしまう。

「なあ、木村。」

「ん?」

「直接届けるっていうのは?」

修吾は何も言わずに、遠藤を見つめた。

「知り合いに聞いてみるよ。泊まる用意だけして待ってろ。」

「あ、ああ…」

遠藤は時々、突拍子もない事を言うが、この時だけは修吾も心強く感じた。


夕方、遠藤は本当に知り合いを連れて来た。

「東北に行くんですよね。東北自動車道は前線開通してないんで、途中で4号線を使いながらだったら、行けますよ。」

「だってさ、木村。」

修吾は胸が温かくなってきた。

「ありがとうございます。じゃあ、お願いしようかな。」

「よし!乗った乗った!」

遠藤と修吾は、その知り合いの車に乗った。

「どのくらいで、仙台へ着きますか?」

「あ~どうなんですかね~。もしかしたら、明日の朝とか昼ぐらいじゃないですかね。」

「そんなに…運転、疲れたら代わるんで。遠慮くなく言ってください。」

「はい、ありがとうございます!でも頑張りますよ。ご家族の方、荷物を待ってるんですよね。」

「いや、待ってるかどうかは…」

元々、修吾が勝手に思いついたものだ。

家族から『これを送ってくれ。』とは、一切言われていない。

「まあ、いいじゃないですか。これだけの災害なんですから、何を持って行っても喜ばれますよ。」

「そうですね。」

遠藤の知り合いは、意外に気さくな人だった。

「じゃあ、出発進行!」

こうして修吾は、遠藤達と一緒に東北に向けて、出発した。

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