第5話 食料不足

『おう、優美?今、どこ?』

「今、コンビニに並んでる。」

寒空の下、何百メートルも続く列が、コンビニの前にできている。

「まだ食べるモノ、あるのかな。」

「並ばせてるって事は、あるんだろ?」

並んでる人達が、そんな事を噂している。

ありったけの商品を店の棚に並べ、売り切ろうとするコンビニ側。

既に売るモノも無くなり、【しばらくの間、お休みします。】と張り紙がしてある店まである。


『何買う気なんだ?』

「何って、選べる自由なんてないよ。ある物をできるだけ買わないと。」

そうしないと、今度はいつ食料が手に入るかわからない

「大樹はちゃんと、食べれてる?」

『ああ…俺は避難所にいるから。』

「避難所?」

避難所の方が、食べ物がある事は知っている。

だが実際は、プライベートもなし。

トイレだって限られている。

そんな窮屈な生活を強いられる。


そしてピーピーとなる携帯。

「ごめん、大樹。携帯が…」

そこで優美の携帯は、力尽きた。

バッテーリーが切れたのだ。

優美は、ため息をつきながら、携帯を閉じた。

どこか、携帯を充電できる場所がないかな……

そんな事をふと、思ってしまう。

「はい、次の方どうぞ。」

肝心のコンビニでは、一度に二組程しか、店の中に客を入れない。

店内が狭くなっている事と、みんなで奪い合いにならずに、ゆっくり買い物をしてもらう為だ。

店の中から出てきて人が、持っている袋を見る。

かなり食料が、詰め込まれている。

まだまだ、品物がある証拠だ。

「とりあえず、カップラーメンと水は、必須かな。」

もう少しで店の中に入る事ができる優美は、買うモノをあれこれ考えながら、列に並んでいた。


「お待たせしました。」

コンビニのお姉さんが、カゴをくれる。

中に入ってみて、愕然。

あるのはお菓子と、春雨ヌードル、あとは500mのペットボトルしかなかった。

「これしかないのか?」

「バカ。とりあえずある物適当に、カゴの中に放りこむのよ。」

優美の後ろにいる夫婦が、そんな会話をしている。

それにつられて優美も、目の前にあるチョコやビスケット。

春雨ヌードルも、一通りの味を買った。

ペットボトルの前に来て、また立ち止まってしまう。


水が、ない。


「あの…水はないんですか?」

「もうお茶やジュースしかないね。」

優美は小さく頷くと、レジに並んだ。

「1,580円です。」

財布の中からお金を取り出す。

ATMも稼働しておらず、手持ちのお金は財布の中にあるだけだと言うのに、この買い物で、一体どれだけの日数もつのだろうか。

優美はコンビニを出ると、目の前にある区役所まで歩いた。

せめて、携帯だけでも充電できないかな。

だがその考えも、すぐにダメになった。

区役所の張り紙には、

【ここには携帯用の充電器は、置いてありません。】

と、書いてあった。


「はぁ…ダメか……」

優美は区役所に出ると、今度は区役所前の地下鉄乗り場へと、足を運んだ。

そこにはまだ、電話ボックスが設置されていた。

やはり考える事は、みんな一緒なのか。

電話ボックスの前にも、コンビニと同じように、長蛇の列があった。

並んでいる間、優美はふと地下鉄の入り口を見た。

鉄の格子で、入口は塞がっている。

【危険ですので、立ち入らないで下さい。】

どこもかしこも、張り紙だらけだ。

そして、入口の階段はタイルが剥がれ落ちている。

地震の爪痕が、そこには刻みこまれていた。

優美の前の人が、電話ボックスの中に入った。

「ああ、俺だ。今、区役所の前の電話ボックスの中にいる。無事だから、安心してくれ。そしたら、次の人待ってっから。ああ、ああ、まだな。」

短い会話。

自分の無事だけを、家族に伝えたかったらしい。

その人は電話ボックスを出ると、「お待たせしました。」と、礼儀正しく会釈をしていった。

見れば、60歳近くのおじさんだ。


「いいえ。」

優美は一言返すと、電話ボックスの中に入った。

こんな時には、相手の携帯番号を覚えておいて、正解だったと思う。

『はい、もしもし?』

「あっ、大樹?優美だけど。」

『えっ?優美?非通知でかかってきてるけど。』

「電話ボックスから、掛けてるから。」

『へえ~』

いつも聞いている大樹の声が、一際懐かしく感じる。

『そういやさっき、途中で携帯切れたんだっけ。』

「うん。充電、切れちゃって……」

『そっか……俺もそろそろやばい。車から充電してるけど、もうガソリンがないんだ。』

「ガソリンが?」

『今は、救援車両優先で給油するから、なかなかガソリン自体ないんだよ。』

何もかもが、品薄の状態だ。

「……それじゃあ、当分会えないんだね。」

いつも好きな時に会えるだけに、余計寂しくなる。

『ああ。しばらくの辛抱だから。』

「うん。そうだね…じゃあ。」

そう言って、受話器を置いた優美だった。


その日の夜、優美のマンションの呼び鈴が鳴った。

「は~い。」

《俺。》

懐かしい声にモニターを見ると、そこには大樹の姿があった。

「大樹……」

急いで玄関を開ける優美。

「よっ!」

大樹はまるで、昨日も会ったかのように、のん気に手を挙げている。

「大樹!」

優美は嬉しくて、大樹にしがみついた。

「どうしたの?こんな時間に。」

「ん?昼間の優美からの電話聞いたら、居ても立ってもいられなくて……車飛ばして、来ちゃったさ。」

「ええ~~?」

「おかげで明日、ガソリン入れに市内を周んないと。」

そんな大変な事を、サラッという大樹。

「そうだ。今のうちに携帯、充電したら?」

「……うん。」

暗闇の中優美と大樹は、懐中電灯の灯りで駐車場まで、二人仲良く手を繋ぎながら、歩いて行った。


「貸して、携帯。」

車に乗った優美は、自分の携帯を、大樹に渡した。

車用の充電器を差しこみ、久しぶりに携帯の充電ランプが灯った。

「テレビ観る?」

「観れるの?」

「もちろん。」

大樹は備え付けのカーナビで、テレビを映した。

《死者、行方不明者は6、000人を超え、既に阪神・淡路大震災の死者に匹敵する数になりました。この数は、今後増えていく予想です。》

「6,000人…」


たった1日で、一度の地震で、なんて多くの人々が、命を失ったんだろう。

「ネット見た?」

「見てない。パソコンもバッテリー無くて…」

「そう……実は若林区の荒浜で、300人近くの遺体が、発見されたんだって。」

「荒浜で!?」

荒浜と言えば、大樹の実家がある場所だ。

「まだ波が引ききってなくて、遺体を収容できないらしい。」

「ああ…」

優美は目を覆った。

行方不明者。

その中でまだ生き残っている人は、一体どのくらいなんだろう。


そして優美は、ある事を思い出した。

「そう言えば、妹の彼氏が新港で働いているの。」

「新港で!?」

海の目の前だけに、逃げ切れたかわからない。

「…新港は宮城野区だからな。俺のいる若林区の避難所に、情報ってくるのかな。」

彼女の妹の彼氏だと言うのに、まるで自分の友人でも心配するかのように言う大樹。

本当に大樹と一緒にいる事が、有難く思えてくる。

「ねえ、大樹。いつまで避難所にいるの?」

優美のその問いに、大樹は顔を曇らせた。

「大樹?」

「わかんないよ。家はもう流されたし…」

「えっ!!」

「……会社も無くなってさ。さっき無期限休業だって、社長から連絡が来た。」

「無期限?」

「たぶんもう、会社は戻らないと思う。無職だよ、無職。」

明るく言い放つ大樹を、優美はぎゅっと抱きしめた。


「大樹…」

「優美……もう、何もかも失っちまったよ。」

「何もかもじゃないよ!私がいるじゃんか!!」

大樹から、鼻をすする音がする。

「私は…大樹が生きててくれて……心の底から嬉しかったよ。」

「……うん。ありがとう……優美。」

車の中で二人は、強く強く抱きしめ合った。


次の日、優美の部屋に泊まった大樹は、朝早くからガソリンを給油しに、市内を走り回った。

「すみませ~ん。今日はもう、一般車両は給油できません。」

「この時間でですか?」

朝7時から列に並んで、まだ2時間しか経っていない。

「本当に申し訳ありません。あとは緊急車両のみになっておりまして…」

「緊急車両?」

給油所を見ると、やたら大きなトラック、パトカー、消防車、そんな車ばかりだ。

「わかりました。」

大樹は次のスタンドに向かって、車を走らせた。

そこにもまた、車の列だ。


1時間程して、大樹の車の窓を叩く店員がいた。

「はい。」

「申し訳ありません。本日はもう売り切れでして…」

「ここもですか!?」

「すみません。」

大樹はイラつきながら、次へのスタンドを目指す。

また列に並びながら、看板のガソリンの値段に目を奪われた。

「……ガソリン代、高けえ。」

だが、そんな事も言っていられない。

ここで給油できなければ、あとはもう仙台市内を出なければならないからだ。

「ここまで来るなんて、予想外だったな。」

大樹は小さくため息をついた。


一方の優美は、近くのスーパーの列に並んでいた。

久しぶりに、店が開いたのだ。

《お客様に申し上げます。只今、人数制限を設けさせて頂いております。もうしばらく、お待ちくださいませ。尚、カップ麺・トイレットペーパーなど一部商品に関しましては、より多くのお客様へ行きわたりますように、個数制限を設けております。ご協力下さい。》

スーパーなら、少しはお腹いっぱいになるモノも、買えるだろう。

優美は少し期待をしていた。

3時間が経過して、お昼になった。

ようやく待ちに待った優美達の出番だ。


「カップ麺、カップ麺。」

探して探して見つけたが、買えるのは2個までだった。

だがそこで、立ち止まっていられない。

「トイレットペーパー…」

慌てて売り場へ行くと、まだ積み重なっていた。

「よかった。」

優美の手が、少し伸びて止まった。

「420円…」

いつもよりも、若干だが高い。

トイレットペーパーだけではない。

野菜も肉も、卵も豆腐なんかも、いつもの倍の値段はした。

「しょーがない、しょーがない。」

ここで買わなければ、もうトイレットペーパーは、無くなるかもしれない。

食料だって、春雨ヌードルやチョコしか、家にはないのだ。

優美は覚悟を決めると、トイレットペーパーを、カートの中に入れた。

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