第4話 想像以上
兄妹の末っ子、修吾(シュウゴ)がいる東京では、全てのテレビ局が、東北のニュースを流していた。
「繋がれ、繋がれ!」
そう念じながら電話を架けても、両親には繋がらない。
震災発生から3時間が経とうというのに、繋がった相手はすぐ上の姉・朝美しかいなかった。
「木村!何してる!この忙しい時に!」
「すみません。」
慌てて携帯を、ポケットに入れる修吾。
突然の大災害に、修吾が働いているテレビ局でも、大急ぎで番組の差し替えが必要だった。
編集にとられるADもいて、現場は人手が足りなかった。
「木村。」
同じADをやっている遠藤が、話しかけてきた。
「……家族に連絡とれたか?」
修吾は黙って、首を横に振った。
「そうか。まだ電話が混雑してんのかな。」
「……おそらくな。」
家族の無事を確かめたい。
それは東北に家族がいる、全国の人が思う事だ。
「木村、大丈夫だよ。きっと、みんな生きてるって。」
遠藤は気休めだと知りながら、修吾にそう言わずにはいられなかった。
木村と遠藤は、ニュース番組の手伝いに、スタジオへ入った。
先輩のADの後について行く。
もうすぐ政府広報のコマーシャルが明ける。
《先程に続いて、東日本大震災のニュースを、お伝えします。》
ベテランのアナンサーが、次々と渡される原稿を時々見ながら、ニュースを読んでゆく。
《東北の三陸地方では、津波の被害が甚大です。波の高さは、10mに達した地域もあり……》
アナンサーが、原稿を読み上げた時、三陸地域の映像が流れた。
「これ……」
思わず声が出てしまったぐらいに、何かに気付いた遠藤は、咄嗟に修吾を見た。
修吾はその映像に、釘づけになった。
その映像は、修吾の実家がある石巻と、似たような場所だったからだ。
《車はもちろん、建物でさえ津波に飲み込まれています。人々は高台に避難していますが、かつて集落があった場所は、既に巨大な川と化しています。》
映像がまだ足りないのか、何度も何度も同じ映像が流れている。
そのうち、最初に見えなかったモノまで、見えてくるようになった。
車や建物が津波に飲み込まれる中に、逃げ惑う人々も映し出されていた。
「あっ…」
「ああ……」
思わず口を塞ぐスタッフ。
目を瞑るスタッフ。
呆然と立ちつくすスタッフ。
その中で、修吾はもう限界を超えていた。
たまらずスタジオを飛び出してしまった。
「木村!」
一緒に飛び出す遠藤。
修吾は近くにある大きな窓の近くまで走ると、そこで倒れるように、膝を付いた。
「……大丈夫か?木村。」
遠藤が駆け寄った時、修吾の肩は細かく震えていた。
「木村?」
「なあ……あれ、本当の映像かな?」
「えっ?」
「ウソだよな、ウソだよな!あれ、どこか別な国の映像なんだろ!」
「おい、木村。」
「どうして、答えないんだよ!」
「落ち着けって!」
遠藤は修吾の身体を押さえた。
「……信じられない気持ちはわかる!でも、気を確かに持てって!」
「何がわかるんだよ…何がわかるんだよ!」
「木村!」
「あなたの街は、津波に流されて消えましたって言われて……そんなのすぐに、信じられるか!!」
遠藤は、修吾から離れた。
「信じられるか!?遠藤!!」
修吾の問いに、遠藤はもう答えられなかった。
「何やってんだ!」
二人の先輩である樋山(ヒヤマ)が、側に来た。
「仕事中だぞ、二人とも!」
「すみません。」
遠藤が修吾の分まで、頭を下げた。
「すぐに戻りますんで。行こう、木村…」
遠藤は修吾の背中を押した。
その姿を見て、一度背中を見せた樋山は、後ろから修吾のグスッという音を聞いた。
「…どうした?木村。」
だが修吾は下を向いたきりで、何も答えない。
「津波の映像が、そんなにショックだったか。」
そう言う樋山も、ショックを受けている一人だった。
「津波の一報を聞いた時も、どこかで大丈夫だろうって、他人事に思ってた。でも、蓋を開けてみたら、想像以上だった。」
樋山は木村の横に立った。
「何もできずに、ただ見守る事しかできないなんて……本当に残酷だよな。」
修吾は樋山も言葉に、ゆっくりと泣き崩れた。
「木村?」
「先輩……さっきの映像、俺の実家の近くなんです。」
「えっ?」
「隣の街が……津波で、消えてしまったんです。」
樋山は隣にいた遠藤の顔見て、修吾の言葉がウソではない事を知った。
一夜が明け、そのままテレビ局に泊まった遠藤と修吾は、太陽の光で目を覚ました。
ふと目を移した携帯が、チカチカ光っていた。
よく見ると、メールが届いていた。
「誰だ?こんな朝早く。」
修吾がメールを開くと、姉の優美からだった。
「優美姉!」
―――――――――――—――――――――――
From:優美姉
Sub:
――――――――――――――――――――――
そっちは大丈夫だった?
私は無事です。
なんとか今から家に
帰れそうです。
―――――――――――――――――――――――
「よかった……優美姉、無事だったんだ。」
修吾は起き上ると、慌てて優美に電話をかけた。
『もしもし?』
「優美姉?」
『そうそう。聞くまでもないでしょ?』
「うっははは!やっぱ優美姉だ。優美姉!!」
『その様子だと、修吾は大丈夫だったみたいね。ところで、お父さんとお母さんに連絡取れた?』
その一言で、現実に戻される修吾。
「ううん。優美姉は?」
『私もまだよ。せめてお兄ちゃんと連絡が取れればね。』
「兄貴とも連絡取れないのかよ!」
『携帯は繋がらないし。メールも相手に届くまでに、時間がかかってるみたいだし。それに携帯の充電も、あんまりないのよ。』
「携帯の充電?」
修吾は首を傾けた。
「充電できないのか?携帯……」
『そう。電気が止まってるんでね。』
「電気が…」
『それだけじゃないわよ。水もガスも止まってるわ。』
「ガスもって…まだこの時期仙台は寒いだろ?」
『ムチャクチャ寒いわよ。昨日の夜なんて、久しぶりに毛布と布団にくるまって寝たもん。』
改めて知る、被災地の現状だった。
「飯とか、食えてるのか?」
『うん……おにぎりとか、ワンタン麺とか……簡単なモノしかないけど、なんとか食べてる。』
いくら女性だからって、そんなモノだけでは、お腹いっぱいにならないだろうに。
修吾は泣いてはいけないと思いながらも、涙が勝手に目に溜まっていった。
『じゃあ、また電話するから。』
「えっ!待って、優美姉!」
『何よ。今から今夜の食料買いに、コンビニに並ばなきゃいけないのよ。じゃあね。』
そこで優美との電話は切れた。
「う~ん……誰と話してたんだよ、木村~」
うるさそうに、遠藤が目をこすった。
「…姉ちゃんと。」
「姉ちゃんと!?」
遠藤が飛び起きた。
「無事だったのか!」
「ああ!」
「よかった…よかったな、木村!」
遠藤が思わず、修吾を抱きしめる。
「ところで遠藤。今って、有給とか取れるのかな。」
「はっ?有給?」
「俺、仙台に行って来る!」
「仙台?」
「決めた!ちょっと相談してくる!」
修吾はすぐに、立ち上がった。
「えっ?えっ?木村?なぜに、急に?」
遠藤は頭の上に、?マークが飛び交っている。
「あっちはまだライフラインも通っていないし、食料がないんだ。俺が姉ちゃんに、食料を届けてやる。」
修吾はやる気満々だった。
だが先輩である樋山の答えは、その考えを否定するものだった。
「どうしてですか?人手が足りないからですか?」
「おまえの、家族を救ってやりたい気持ちはわかる人手が足りないぐらいなら、気にせずに行けと、本当は言ってやりたい。」
「じゃあ、何なんですか!」
樋山は修吾を見つめた。
「よく聞け。今、東北自動車道は全面通行止めだ。」
「通行止め?そんなの安全点検だけでしょう。」
「違うんだ。高速道路が、分断されているんだ。」
修吾の頭の中に、10数年前に起こった阪神・淡路大震災の映像が甦ってくる。
「高速だけじゃない。新幹線、電車すら通っていない。」
「そんな…陸路は絶たれているって事ですか。」
思った以上の被害に、修吾の肩が重くなる。
たまりかねた遠藤が、一歩前に出た。
「飛行機とか、ヘリとか飛んでないんですか?せめて援助物資だけでも、送らせて貰えないんでしょうか。」
「…受付はしてるんだろうが、いつ、東北に着くかはわからないんだ。」
「…どういう事ですか?」
「仙台空港は、波に沈んだ。その他の東北の空港も、全てが閉鎖してるんだ。」
修吾と遠藤は、顔を見合わせた。
そこへ他のADがやってきた。
「樋山さん。大変な事が起こりました。」
「どうした?」
「福島第一原発が、事故を起こしたようです。」
「原発で事故?」
「地震と津波にやられたみたいで、使用済みの核燃料を冷却できなくなってるそうです。」
「なに?」
樋山は立ち上がった。
「やばいですよ。このままで行けば、核が漏れ初めます。いや、もしかしたらもう…」
「核が漏れてる可能性も、あると言う事か。」
修吾と遠藤は、一体何を言っているのか、ピンとこなかった。
「樋山先輩?福島で何が起こってるんですか?」
修吾が樋山に尋ねた。
「木村。道が繋がっても、東北には行けないかもしれないぞ。」
「えっ…」
「日本で、チェルノブイリに匹敵する大事故が、起こったかもしれない。」
「チェルノブイリ!?」
樋山は急いで、仕事へと戻って行った。
「ははははっ……」
なぜか修吾は、笑っていた。
「東北は、孤立か。」
「木村……」
「どうしてこんな事が、起こり得るんだよ!!!」
修吾は思いきり、近くの椅子を蹴り倒した。
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