03 また会える?なんて

「え、佐々木さん??!!」



けやきとは反対に、僕はひとり寂しく帰るだけだと思っていた。

それなのに、なんだか後ろの方で声がした気がして、ふりかえるとそこには、さっき心に思い描いた彼女がいた。



「あ!よかったぁ、間違えちゃってたらどうしようって思ってました、へへっ。」



そう無邪気に笑う彼女は佐々木久美。


大学は経済学部で、企業に就職するつもりだった彼女。金融機関への就職試験のひとつに論述があったそうだが、そこでの論述を読んだ採用担当が


「君は作家になった方がいい。

できれば、企業に縛られないフリーランス。

フリーランス作家からの寄稿を求めている雑誌社とか出版社をいくつか紹介するよ。」


と、言われたらしい。

その日は夢見心地でふわふわした心情だったそうだが、冷静に考え抜いた結果、その採用担当の言葉を信じてみることにしたらしかった。今は自宅にて、他学部生なのにキャンパス内でたまたま仲良くなった後輩で、小説執筆歴を持つ現役大学生・宮田愛萌をアシスタントに従え、数々の手記を出版している。

それだけでなく、彼女は幼少の頃からクラシックバレエに吹奏楽でのトランペットなど、音楽に関わることが多かったことから作詞もしており、吹奏楽団の後輩で現役大学生の富田鈴花に作曲をまかせているんだそう。



「佐々木さん、今日は何をしにこちらへ??」


「あぁ、今日は楽団の練習日で。午前だけの練習だったので、これから後輩たちとランチなんです。」



そう嬉しそうに笑う彼女の顔には、眩しいおひさまの光が差し、その日向できらきらと輝いている。

緊張した声をやっとの事で絞り出した僕とは対照的に、佐々木さんはとても楽しそうに話してくれた。



「あ、富田さん、でしたっけ?本当に仲がいいんですね。」


「はい!彼女とは一緒にいて本当に楽しいので。ちなみに、今日は宮田も一緒ですよ。」


「あ、宮田さん!3人でランチですか、いいですね〜。」


「宮田セレクトのお店なので勝手に期待しちゃってるんです。日向さんは今日どちらへ??」


「僕は、友人の個展に行っていたんですよ。」


「個展??この辺ギャラリーありましたっけ??」


「あ、もう少し東の方なんですけどね。

けやきっていう画家で、僕の心友が個展をやっていて。」


「あ、お友達の方なんですか?!すごい!!」


「すごいですよね、本当。僕の自慢ですよ。」



「___________。」



「....え??」



僕がけやきの良さに浸っていて気がつかなかっただけなのか、それとも彼女の声が小さすぎたからなのか。

理由は何も分からないが、僕は今、彼女が何か言ったのを聴き逃したようだった。



「え?ど、どうしたんですか??」



少し困り気味に、いや、動揺してるのか??

とにかく彼女は何も言っていないという。



「あっ、そういえば、ランチ!行かなくて大丈夫ですか??」



この時、もっと追求すればよかったのだが、僕は基本人見知りだ。記者になったというのに、そういう所は相変わらずで。僕はまた、踏み込むことができなかった。



「あ!!ほんとだ!!!

日向さん、教えてくれてありがとうございます。私、行かないと!」



そう言って、走り出そうとする彼女。



「待って....佐々木さんっ!!」


「えっ....??」



驚き振り向く彼女の髪が、夏の乾いた風になびく。



「す、すみません、引き止めちゃって!

こ、これっ、よかったら!!それじゃあ!」


「ちょっ、日向さん??」



僕は赤面していただろう。

頬が熱い。


本当はこんなことがしたくて呼び止めたんじゃないんだ。

でも気づいたら、けやきの個展のチラシを渡していた。



「My....god??」



そう呟く彼女を背に感じながら、心の中で、ずっと願い続けていたんだ。



また会える?



なんて。

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