5 私が捨てた?

「足は、昔のけがが悪化しちゃったのかもね」

 いつものお医者さんのところに行くと先生はそう言った。

「手は……う~ん、書道はちょっと難しそうかも」

「!? できない、ですか」

「うん、安静にしておいた方がいいわ。足みたいに悪化すると大変だから」

 そしてお母さんのほうを見る。

「しばらくは学校まで車で送ってあげてください」


 書道が書けない日々が続いた。


 私は怖いし、行っても書けないから書道部に行かなかったけど、あの子——このはちゃんに会うために教室を訪ねた。でも一回目は無視されて二回目からは教室にいなくなっていた。


 誰とも話したくなくて静かな図書室に行った。

 この学校は図書室が別館の四階のはじっこにあるからほとんどだれも使わないみたい。

 図書室のドアを少し開けると特有の埃のような臭いが鼻をつく。

 本には縁がないからな……ちょっとこの臭いはあんまり好きじゃないけど、ひとりになりたくて足を動かそうと、した。

 けれどドアの隙間から会いたかった人と、会いたくなかった人が見えて。

 私は足を止めた。

「このはちゃん、もう落ち着いた?」

「はい。話を聞いてくださって、本当にありがとうございました」

 このはちゃんが目頭を拭う。

 夢佳先輩が優しく頭をなでた。

「たまにあんな暴言吐く人もいるんだよ。人の気持ちも考えないで。でも大丈夫だよ、私からあの子にはよく言っておくし」

「ありがとう、ございます……!」

 どう、して……?

 このはちゃんと夢佳先輩が仲良くしている……?

 居てもたってもいられなくて私はドアを全開にした。

 二人はこっちを見る。

 このはちゃんは肩を震わせた。

 夢佳先輩はこのはちゃんをかばうように前に出る。

「このはちゃん! 夢佳先輩はこのはちゃんのことを想ってそう言ってるんじゃない!」

「……勝手なこと言わないでください! あなたは私のこと下手だって言ったけど、夢佳先輩は褒めてくれた」

「違うの! 夢佳先輩はこのはちゃんのこと下手だって」

 そこに冷たい声が響く。

「言ってないけど」

 夢佳先輩は私に近寄ってきた。

 私は怖くて思わず一歩下がる。

「このはちゃんの悪口言うの、やめてくれない。私は絶対あなたのことを許さないから」

 そして私にだけ聞こえるような声でささやく。

「私が下手だって言ったのはあなたのことだけよ?」

 ! そうだ、夢佳先輩はこのはちゃんのことを一度も下手だなんて言っていない。

「このはちゃん、もう授業始まるよ。一緒に行こう」

 夢佳先輩はこのはちゃんの手を引いて去っていった。

 最後に見たこのはちゃんの瞳はとても悲しそうな色をしていた。


 私が、いけないんだ。

 私が、あんなこと言っちゃったから。

 もう取り返しがつかないよ。

 まいかちゃんは夢を追うために私を捨てた。

 私は……?

 私が、友情の芽を捨てたんだ。

 まいかちゃんは私に悪口なんて何一つ言わなかった。けど、私は……。

 私は、言ってしまった。

 このはちゃんを傷つけてしまった。

 さっきのこのはちゃんの目を思い出す。

 ごめん、このはちゃん……。

 がくん、と膝から崩れ落ち、泣いた。

 声が響くのもかまわずに、泣き続けた。

 チャイムが鳴って、図書館司書の先生が戻ってくるまで、泣き続けた。

 私が泣いたって、何も変わらないのはわかっていたのに。










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