19 私、もうだめかも。
「梨々花さんっ!」
週初めの月曜日。
私は悠希くんたちにどうやって会おうか、そんなことを考えていたからちょうどすみちゃんに会いたかったんだ。
考えても、考えても、いい方法は見つからなくて。
とにかくファンクラブに入ってイベントにあたることしか方法はないよね……。
だけど、すみちゃんを見ると、そういうことを相談できる雰囲気でないのがわかる。
血の気が引いていて普段からは想像できないような、こわばった顔。
どうしたの、と問う前にすみちゃんが私の手を引く。
「大変なんです。先輩たちはこのはさんに呼んでもらってます」
そして、私は追いつけないほど速いスピードで走るものだから、私は何度も転びそうになりながらも、無事に、たどり着くことができた。
ここは——書道部室だよ、ね?
私は肩で息をして膝に手をつく。
どうしたの、すみちゃん。
こんなに焦って。
やっとぼんやりしていたものが引いていき、視界が広がっていく。
みんな、いる。
このはちゃんはすみちゃんの慌てように、私と同じように驚いている。
「すみちゃん、どういうことなの?」
みんな、状況がわかっていないみたい。
すみちゃんはか肩にかけていたバックをおろして中から一つの雑誌を取り出す。
すみちゃんとは思えないような乱暴さで。
「それって――」
すみちゃんはこわばった顔のまましっかりと頷く。
「はい。これは週刊チェイサー、です」
私たちはゴクリ、と息をのむ。
週刊チェイサー。それは芸能人の熱愛報道を得意とする週刊誌。
そんなの読んだことない私だって、その存在は知ってる。
すみちゃんだって、そんなの読まなそうだけれど。
このメンバーと、焦っているすみちゃん。
見れば、これから何が起こるのか、予想がついてしまう。
ジワリ、と汗が流れる。
窓から蒸し暑い風が私たちを囲む。
すみちゃんが雑誌をめくる音が妙に大きく聞こえる。
そして、彼女はあるページまで行くとめくるのをやめた。
ドクン、と心臓の音が大きく鳴り響く。
ジンジンと頭がたたかれたように痛い。
これは、走ったから? それとも――
大きく踊っているショッキングな見出し。
『大人気高校生声優同棲か!?』
その下に見える、ある女の人と男の人のツーショット。
男性が玄関のドアを開けており、女性がその家に入ろうとしている。
その顔が拡大されていて、男の人のほうは顔にモザイクがかかっているけれどこのマンションは、夢佳先輩と、陸先輩のマンションで。
その二人は――
「陸先輩。これはどういうことですか?」
陸先輩は青ざめ、夢佳先輩も口を半開きにしている。
―—どういうこと。
陸先輩、真希ちゃんに忘れられていたって。
もう終わりだって、絶望的な声だったのに。
なんで陸先輩の家に真希ちゃんが入ろうとしているの?
こんな報道されて……、真希ちゃん相当やばいんじゃない……?
「す、すみちゃん……、ネットでの反応は……?」
私の声は震えている。
真希ちゃん、どうなっちゃうの?
こんな報道されて、芸能活動、できるの……?
すみちゃんはわずかに首を振る。
「高校生の熱愛報道なんて、普通、ないですよ。しかも、真希さんレベルとなると、もう……。誰もいい気持ちはしない、と思います……」
すみちゃんは手に持っていたスマホを持ち上げる。
その手は小刻みに震えている。
ツイッターの画面が見えて私は目を見開く。
―—調子に乗ってんじゃねーよ。仕事より、恋愛? もう推せないわ。こんな奴推してた俺がばかだったわ
―—てか、誰、こいつ。
―—もう業界から消えろ
「まだ二人でいるところを撮られただけならよかったかもしれませんが……、さすがに家はまずいでしょ……しかも夜ですし……。真希さん、何考えていたんですか!」
すみちゃんは涙の混ざった声で叫ぶ。
「陸先輩、この時、何があったんですか……?」
「い、いや、真希は家には入ってないし……」
「そういう問題じゃないんです! そういう風に見えることが問題なんですよぉ……」
すみちゃんの涙が雑誌におちて、にじむ。
「それに……、俺、真希にもうイベントに来るなって言われただけだし……」
「えぇえ? 真希さん、それだけのために……? それでこんな報道されて? 真希さん、何でですか、馬鹿ですよ……」
泣きじゃくるすみちゃんにどうすることもできない。
真希ちゃん……。
だけど私は少しうれしい気持ちがジワっと心に広がる。
だって……、陸先輩のこと、忘れてなかったってことは、私のことも忘れてない可能性が高くなったってことでしょ……?
「俺、結局真希にとってはただ迷惑なだけだったんだな……。俺がイベントに行ったせいで、真希はこんな報道されて、きっとこれじゃ、もうアイドル活動なんて、できないよな……」
喜んでいた私の心に一滴の墨がにじむ。
わ、私たちは、邪魔だった、ってこと?
私たちの昔の思い出は、存在しちゃいけなかった……?
鳩の鳴き声だけが延々と響き蒸し暑い空気は入れ替わらずにチャイムがなった。
私たちはぼーっとしていたけれどその音を聞くと誰とも言葉を交わさず逃げるようにクラスへ向かった。
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