18 夢佳の帰り道

「ばいばーい」

「ありがとうございました!」

 私の後輩の、このはと梨々花ちゃんがペコリ、と頭を下げる。

「気を付けて帰ってね」

 そう、にっこり笑う。

 二人は頷いて、それぞれの帰り道を進んでいった。

 よし。これで、先輩の役目は終わり。

 ちょっと、遅くなりすぎちゃったな。

 二人とも、可愛いから。事件に巻き込まれないか、少し、心配だ。

 ……私も、気を付けて帰らないと。

 この辺は人通りも少なくて、電灯もほとんどない。

 やっぱり、少し、こわい。

 たまにどこかから音が聞こえるとびっくりして、後ろを振り返っちゃう。

 そんなんじゃ情けないぞ、と自分に喝を入れる。

 ―—それにしても。

 陸、大丈夫かな……?

 きっと、陸はずっと小さなころからまーちゃんのことが好きだったんだと思う。

 それなのに、本人は、そんな気持ちに気づきもしないで、遠くに行っちゃって、陸を忘れて、傷つけて。

 はらわたが煮えくりかえる。

 私がまーちゃんだったら、そんなことしないのに。

 私だったら、陸をもっと大事にするのに……!

 なんて集中していたら、私は後ろから誰かに手を引かれる。

 ―—もしかして、陸!?

 今、駅から近い場所にいる。

 きっと、そうだよ!

 嬉しい気持ちがあふれだして後ろを振り返る。

 けれど、そこにいたのは、顔を帽子とマスクで隠した、なにやら怪しげな女性。

 え、私、もしかして、誘拐されそう!?

 声を上げそうになるけど、そうしたら刺されるかもしれない、と急に冷静になって、どう抜け出そうか考えていると。

「信号、赤ですよ」

 聞いたことのない低い声。

 その容姿からは想像できなかった声に私は少しだけ驚いた。

 て、そうじゃなくて! 

 赤信号って、なんのこと?

 慌てて前を見ると、暗闇の中光る赤い光。

 やば……っ、私、交差点だって気づいてなかった。

 危うく車にひかれるところだったよ……!

「あ、ありがとうございます」

「いえ。では私はこれで」

 見ると、信号はちょうど青になって、その女の人は早足で歩き出す。

 怪しげって言ったけど、私もマスクしてたわ。

 帽子はかぶってないけど。

 でも。なんだか、きれいな雰囲気の人だったなぁ。

 もしかして、アイドルだったりする!?

 改めて考えるとあれは誘拐犯の服装じゃなくて、芸能人の服装だったかも!?

 私の推しっぽくはなかったけど、サインもらっておけばよかったかなぁ。

 ……でも、なんでこんな田舎に?

 私はそんなことを思ったけど、まぁ、たぶん芸能人なんかじゃないよね。

 とにかく事故に合わなくてよかったよ。

 私はほっと一息つく。

 そこの角を曲がると、もう私のマンションにつく。

 くるっと、左を向くと……、あれ?

 さっきの女の人が帽子を脱ぎながらマンションに入っていく姿が見える。

 あんな人、うちのマンションに住んでたっけ?

 不審に思いながらも、敷地に足を踏み入れる。

 その女の人はインターホンを鳴らそうとしている。

 あ、訪問者だったのか!

 誰かのお友達とか。

 後ろからその番号をみて……、私は動きを止めた。

 ―—陸の、家?

『はい』

 陸のくぐもった声が聞こえる。

 無事に帰れたんだ。良かった。ありがとう、すみちゃん。

 私は心の中でそう、感謝の言葉を告げた。

 その女性がマスクを取って口を開いた。

「あ、私。夢佳。ちょっとかぎ忘れちゃって入れないからさ。陸、鍵開けてもらってもいい?」

 ―—え?……この人、私の名前を陸に言った?

 どうゆうこと?

 この人も同じ名前、ってわけじゃなさそうだよね。

 だってなんだか声がさっきと違う。

 この声は、私の声に、そっくりだ。

 さっきはあんなに低かったのに。

 私はどちらかというと高い方だ。

 私は頭が混乱して、なにがなんだかわからなくなっている。

『いいけど、親に開けてもらえばいいじゃないか?』

「そうしたかったんだけど、親が今外出中でさ」

 その時。

 その女性の顔がちらっと見えた。

 ―—うそ。……まさか。

 それと同時に私はある思い出がフラッシュバックした。




「りーくっ! ドアあーけて!」

『夢佳か? お前は鍵よく忘れるなぁ。それにいつも親がいないときだし』

「えへへ」

 隣で明るく笑う女の子。

 その笑顔がキラキラ眩しい。

 陸がカギを開けて通信が切れると、私たちは小さく笑いあう。

 ロビーに入って椅子に腰を下ろす。

「りっくん、いっつもわかんないよねぇ」

 そういたずらっ子の笑顔を見せる女の子。

「そうだね! あー面白い!」

 ひとしきり笑った後、私は、でもね、と言葉を続ける。

「まーちゃんがうますぎるんだよ。私の声まねるの。ほとんど同じなんだもん」

 目の前の女の子――濱野真希は嬉しそうに目を細める。

「頑張って練習したからね!」

「そうなんだ! 私もまーちゃんの声、真似れるかな?」

「いいよ、私の声録音して。練習してみなよ」



 それで、私は頑張って練習してけれど、ついに真似ることはできなかった。


「まー、ちゃん」

 私がかすれた声を出すと、まーちゃんは私にやさしい笑顔を向ける。

 首でロビーに入ろうと合図を出されて私は固まっている足を無理やり動かす。

「どうして……」

 言いたいことはたくさんあった。だけど、頭に浮かんでは消えてを繰り返して……、なにも、言えなかった。

「ゆめ。会えてよかった」

 まーちゃんは私をまっすぐ見つめる。

「さっき、一瞬誰だか分からなかったよ。……きれいになったね」

「陸が……」

 私はかろうじてそれだけ言えた。

 まーちゃんはうんと頷いて、エレベーターに向かう。

 幸いエレベーターはすぐ開いて、乗ることができた。

 私も彼女について行って、深呼吸を繰り返す。

 まーちゃんが、いる。

 私、まーちゃんのこと、嫌い。

 だけど、その言葉は、言えない。

 あんなに言いたかったのに。

 本人を目の前にするとその強かったはずの想いが消えていく。

 ……そうだ。梨々花ちゃん。

 私、梨々花ちゃんに伝えなきゃ。

 慌ててポケットに手を突っ込んでスマホを取ろうとする。

 でも、その手を、まーちゃんに押さえられた。

「やめて。……悠希は元気だって、それだけ伝えといて」

 ―—梨々花ちゃんに対しての、言葉?

 私が、梨々花ちゃんに伝えようとしているの、なんでわかったの。

 梨々花ちゃんと知り合いだって、知らないはずなのに。

 じっと見つめられて、私は返事ができない。

 5階でおりて、陸の家まで歩いた。

 まーちゃんは最後にこっちを向いて、つぶやいた。

「信号だけ、気を付けて。それじゃあ。元気で」

 私は慌てて家に入った。

 どうして、そうしたのか、自分でもわからない。











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