11 知らせ

 陸先輩は次の日から部活に来るようになった。

 怒っていないのかなって思ったけど、むしろ顔が優しくなっていてちょっと、どうなっているのかわからない。

 私はまだ、夢佳先輩のことを許せているわけではない。

 だけど、とりあえず、同じ部活の後輩として、普通に接せるように頑張る、つもり。

 私は部活を楽しくやりたいから。

 夢佳先輩も謝ってくれた。

 だから、たとえ、許せていなくても、不自然にならない程度に話さないといけないと思う。

「まずみんな、私から話したいことがあるから聞いてくれるかな」

 みんなが夢佳先輩のもとに駆け寄る。

「迷惑かけて、本当にごめんなさい。今回迷惑かけた分、大きな賞とって部に貢献するから」

 先輩は本当に悪いと思っている、んだろうな。

「私のせいであやむやになってたけど、毎年この時期になると一年生歓迎会をやるんだよね、部長の家で。今週末やろうと思うんだけど、予定は大丈夫?」

 歓迎会、か。

 私たちはみんな頷く。

 そこで夢佳先輩と仲良くなれればいいなと思った。

 許す、とか、許さない、とかじゃなくて、よい関係を築いていた方が部活にとっても、私にとっても、いいことだと思うから。

 こんなこと考えていても、ちっとも楽しくないから。

 精一杯楽しもうと決めた。


 そして迎えた土曜日。

 私たち一年生は三人そろって夢佳先輩の家に到着。

 インターフォンを押すと夢佳先輩のお母さんが出てきてお部屋まで案内してくれた。

 ドアをノックして開けると……。

 ぱんっ。

 クラッカーの音がして私たちは出迎えられた。

「改めてみんな、書道部へようこそ!」

「歓迎するよ」

 このはちゃんは夢佳先輩のそばに行く。

「わあ。夢佳先輩おしゃれですね!」

 このはちゃんの声が弾む。

 このはちゃん、いつも声小さくて内気な感じの子だなって思ってたけど、今、すごく興奮してる!

 おしゃれ好きなのかな。

 改めてこのはちゃんの服を見ると、きれいなお姉さんって感じ。

 私よくおしゃれのことわからないけど、着こなし方が一般人(私)とは違う気がする!

 夢佳先輩はこのはちゃんをさりげなく離して何かを取り出す。

「じゃじゃーん! 今日の予定を立ててみました!」

 

 1. 歓迎の言葉 陸

 2. 歓迎の書初め 陸

 3. ケーキを買ってくる 陸

 4. ケーキを食べる みんな

 5. 恋バナ みんな

 6. ゲーム みんな


「って、なんか俺、ぱしられてね?」

「ケーキを買うのだけだよ」

「まあ、いいけどさ」

 柔らかく微笑む。

 やっぱり陸先輩優しい雰囲気になってる!

 夢佳先輩が陸先輩に筆を返した後、何があったんだろう?

「はい、じゃあ、歓迎のあいさつ! 陸センパイ、おねがいしまーす」

 夢佳先輩がおどけて陸先輩に頼む。

「部長の夢佳が言えばいいじゃねえか」

「センパイ、お願いします!」

「へいへい。一年生のみんな、入ってくれてありがとう。俺たちは二年生で見てのとおり、三年はいない。現大学一年が勧誘さぼったからな、廃部の危機だったけど、お前らが来てくれて助かった。ありがとう。俺は書道下手だけど一生懸命頑張るから、お前らも頑張れよ」

 私たちは深く頷く。

 夢佳先輩がパチパチ、と手をたたく。

「じゃあ、陸、何でもいいから書初めしててね。私たちはケーキ選ぶから」

「俺書初めする必要あんのか?」

「あるよー、そうしないと書道部らしくないじゃん。あ、これなんかどう?」

 夢佳先輩が近所のケーキ屋さんのチラシを広げてケーキ選びをしている。

「あ、私、チーズケーキがいいです!」

「私はショートケーキ……」

「私はチョコケーキが好きなんだよねえ、梨々花ちゃんは?」

「私はフルーツタルトがいいです」

「……みんなばらばらだねえ」

 と夢佳先輩。

 こんなにもばらばらだと逆にすごいなって思っちゃう。

「あ、これ陸のおごりだから高いやつのほうがいいかも」

「あ、じゃあすみチーズケーキのホールで!」

「じゃあみんなホールにしちゃおっか☆」

 夢佳先輩が悪い表情を浮かべたときふんっと、陸先輩が鼻を鳴らした。

「お前ら俺のお財布事情なめてるな」

 書初めが終わった陸先輩は財布を取り出す。

 そして財布をさかさまにする。

 チャリン。

 十円玉と、一円玉と、五十円玉が数枚じゅうたんの上に並ぶ。

「……」

 みんな、言葉を失っちゃった。

「78円だ、どうだ、ケーキなんて買えないだろう」

 夢佳先輩は立ち上がる。

 そして今まで聞いたこともないような大声で叫んだ。

「くび! もう帰れえええ!」

 陸先輩を連れ出そうとした夢佳先輩は陸先輩の書を見て固まる。

 陸先輩は書を持ち上げてみんなに宣言した。

 半紙には真希、と書かれてある。

「今年こそは真希に会おうと思って」

 あ。

 私とすみちゃん、思いっきり不自然な動きになっちゃった。

 ――陸先輩、本当に書道、下手だ。いろんな意味で芸術的だ……。

「真希さんって、先輩たちの幼馴染の……?」

 ああ、と陸先輩は軽く頷く。

「俺の好きな人」

 陸先輩、告白された人の前で好きな人の名前書くとか……すごい度胸があるな……。

「あ~、もういい、恋バナに移りましょう」

 夢佳先輩はケーキ屋さんのチラシを破り捨てる。

 と、そこで夢佳先輩は動きを止める。

「あ、れ。陸、このはちゃんのことが好きになったんじゃなかったっけ」

 そういえば。

 あの時思いっきり顔赤くなってたし。

 あれは絶対好きなんだろうなって思っていたんだけど、違うの……?

 このはちゃんは心なしか少し顔が赤くなってる。

「え、陸先輩が私のことを好き? そんなことありませんよ、ね、陸先輩」

「あ、ああ。このはとは小学校の時に同じ委員会で。俺が委員長で、このはが副委員長だったんだよな。それで——」

「あああ、もういいです、言わないでくださいいいい!!!」

「え、なに、陸このはちゃんからも告白されてたの?」

 私とすみちゃんは「え」と固まる。

 改めてみると。

 眼鏡がよく似合うクールな感じ?

 悠希くんとは雰囲気が違うけど……イケメンなのかも。

 するとこのはちゃんは、意味が分からないというように首をかしげる。

「違いますよ! 私、陸先輩に告白なんてしてないです」

「え、じゃあ——」

「こいつな」

 陸先輩が口の端を上げてこのはちゃんを指さす。

「言わないでええええ」

 このはちゃんは慌てて陸先輩の口をふさごうとするけど陸先輩はこのはちゃんの腕をつかんで動けなくしてる。

 このはちゃんは陸先輩の腕から抜けようとしているけど力が強いのか、微動だにしない。

 夢佳先輩は目に怒りの光を浮かべている。

 このはちゃんが陸先輩に触られているのが、許せないんだろうな。

「仕事が終わらなくて、二人で居残りしてたんだよ。そうしたらこのは、急に動きが止まってどうしたのかなって思ったら、なんか重さを感じてね。俺の肩に寄りかかってたんだよ」

 夢佳先輩がジロリとこのはちゃんをにらむ。

「そ、それ以上言わないでええええ」

「さらによだれたらしてんの。結構可愛かった」

 夢佳先輩はその視線をそらして天井を見上げた。

「……私が見てない間にそんなことになってたなんて……」

 すみちゃんが恐る恐る夢佳先輩に尋ねる。

「夢佳先輩、まさかとは思いますが……その様子をずっと見ていたとか、ありませんよね?」

「……もちろん、そのまさかよ。でもトイレに行きたくなっちゃったから一度その場を離れたのよね……離れなければこのはちゃんを陸に一ミリたりとも近づけなかったのに……」

「こわ……」

「ちょ、すみちゃん、今こわいとか言った!?」

「言いましたよ、それ、確実にストーカーじゃないですか。もうすでに犯罪じゃないですか」

「だから」

 と陸先輩が口を開く。

 お話に熱中していたみんなが一斉に陸先輩を向く。

「このはは俺の大切な後輩だから。このはのことは信頼してたし、あーゆーことする人じゃないってわかってたから」

「すみ、陸先輩が赤くなってたから好きなんじゃないかなーって思ったんですよね」

「ああ、あれは。前にさ、真希が何かで疑われたことがあって、俺が『それは絶対にない』って言ったら『それはお前の個人的感情からだろ!』って言われたことがあってな。それを思い出したら顔が熱くなったんだよ」

 夢佳先輩はなんだかほっとしているようなほっとしていないような……複雑な表情で陸先輩を見つめている。

 陸先輩の真希ちゃんへの想いは強そう。


 やっぱり夢佳先輩は恋する乙女で。

 陸先輩のことをまっすぐに見つめていて。

 だから、私のことが嫌いだったわけじゃないのはすごくわかるし、陸先輩を想う気持ちも、なんとなく、わかる。

 私だって、悠希くんのことが好きだ。

 だから、わかる、はずなんだ。

 わかりたいし、夢佳先輩とも、普通に付き合えたらなと思う。

 だけど。

 どう謝られたって、あったことはなかったことにはできない。

 それって、おかしいと思う?

 私の心が狭いと思う?

 ……だけど、私は傷ついた。

 どうしたって、無理だよ。忘れることは。

 夢佳先輩と、これからたくさん関わっていくだろう。

 そこで、彼女のいい面も見つかると思う。

 それでもやっぱり、彼女を許すことはできない。

 だって私は。

 つらかった。


 気分を紛らわそうとこのはちゃんに話し掛ける。

「このはちゃん、肩に寄りかかって寝るなんて可愛いねえ。私の肩で寝ていいよ!」

「ほんとにいいの? 梨々花ちゃんの肩で寝れるなんて最高……!」

「え、ひどいです! 私も一緒に寝ますー!」


 このはちゃんは、私のこと、どう思っているんだろう。

 やっぱり私のことは永遠に許せないと思っているのだろうか。


「いいね、みんな仲良しそうで。……じゃあ私は陸の肩で寝ようかなあ」

「ん? 俺のでいいならどうぞ」

 私たち、ぱっと夢佳先輩に目を向けた。

 夢佳先輩は肩に寄りかかろうとしてたけど、陸先輩の言葉を聞いた途端、顔が真っ赤になった!

「夢佳先輩、すごく可愛いですよー!」

 すみちゃんの言葉に私たちは頷く。

「恋する乙女っていいですよね。私可愛い女の子大好きなので……ごちそうさまです。——ところで、陸先輩は真希さんのどこが好きなんですか?」

 陸先輩は指を折って数え始める。

「可愛いところ、書道がうまいところ、優しいところ……。ああ、俺真希のすべてが好きだわ」

 私も、真希ちゃんのこと、全部好きかもしれない。

 初めて会った時からまずその雰囲気にひかれたし、真希ちゃんの書を見てすごいってなって。関わっていくうちに全部が好きになっちゃったんだよ。

 あんな完璧な人なんて、もう会うことはないだろうって思うくらい。

 そこに着信音が邪魔する。

「あ、ごめん、私の電話。ちょっと抜けるね」

 名前の表示を見た夢佳先輩が顔をこわばらせた気がした。夢佳先輩がいなくなると陸先輩が口を開ける。

「急に引っ越しちゃって住所もわからないし、携帯の番号もわからないし。もう会える気はしないんだけどね」

「あれ、そういえば陸先輩、真希ちゃんから手紙もらってませんでした?」

「確かに……。手紙に住所とか書かれていないんですか?」

「書いてなかったと思う……手紙は夢佳が管理してくれていたから、俺はよくわかんない」

 全員首をかしげる。

「あ!」

 すみちゃんが突然声を上げる。

「もしかして、あんまりうまくない先輩が書道をやっている理由って……!」

 陸先輩は「うまくないってひどくないか!?」と突っ込みつつも笑っている。

「これでも必死に練習はしたよ、彼女が引っ越してからね」

「真希さんがいるときには始めなかったんですか?」

「うん、なんか意地を張っていたんだよね。なんでだかわからないけど」

「もう陸先輩の恋バナはいいです。あきました。……このはさんはどうですか? 好きな人いないんですか?」

 急に話を振られたこのはちゃんは固まる。

 その大きな瞳がどこか遠くを見つめる。

 ぎこちなく唇を動かして、「内緒」とつぶやく。

「えー、何でですか! 教えてくれたっていいじゃないですか!」

「すみちゃんはどうなの?」

「えー、すみですか? すみは声優の方アニメのキャラ以外の男性には興味ないです。——梨々花さんはどうですか?」

「わ、わたし!?」

 来ると思ってたよ! 私も話題ふられると思ってたけど!

 ぱっと、脳裏に悠希くんの顔が浮かぶ。

 でも、もう会えないだろうな……。

 悠希くんが好き、だけど、好きでいるだけ無駄なのかもしれない……。

 だけど、ほかの男の子の顔は浮かばなくて。

 私もおかしいよね。

 小学生のころからずっと好きで。高校生になった今も小学生の時のことしか知らない男の子のことが好きだなんて。

 その時、陸先輩が口を開く。

「悠希だろ?」

 悠希、という単語にどきっとする。

 びっくりして、肩が一瞬上がっちゃった。

 その反応を見て、陸先輩は、「やっぱり」とつぶやく。

「な、ななななんで」

「そりゃ、あの姉弟を知っててほかの人を好きになる人ってなかなかいないからな。悠希もなかなかのイケメンだった」

「梨々花さん、悠希さんはどんな人だったんですか!? てゆうか、天野姉弟と名前が同じなんて……! すごくないですか!? しかも話を聞いている限り年齢も同じようですし! まぁでも天野姉弟には勝てないでしょうけどね~」

 すみちゃんは何やらぶつぶつと言っている。

 うん、これ確実に一人の世界に入っちゃってるね。

 私が話すのをためらっていると突然ドアが開く。

 青ざめた顔のした夢佳先輩がいた。

「陸」

「どうしたの、夢佳」

 にこやかに応対する、陸先輩。でも、次の言葉で陸先輩の顔はこわばった。

「まーちゃんが、亡くなったって」

「「えっ……?」」

 私と陸先輩の声が重なる。

 

 ――真希ちゃんが……亡くなった?


「交通事故で亡くなったって。葬式はもう終わってるって。落ち着いたから電話したって」

「えっ……?」

 陸先輩は全く動かない。

 夢佳先輩の目が少し赤くなっている。

 私は、なにがなんだかわからなくて、でも、頬に涙が伝っていることだけは理解した。

 死んだ……? 死んだ、……死ぬ?

 え、何を言っているの、真希ちゃんが……?

 突然、陸先輩が口を開く。

「ごめん、今日は帰ってもらえるかな」

 もう笑っていなかった。


 ☆★☆


 私は、まだ真希ちゃんの死を信じられなくて。

 というか信じてなくて。

 信じたくなくて。

 昔の真希ちゃんを思い出していたら、そんなこと絶対にないって思って。

 次の書道部の活動の日。

「陸先輩」

 私は思い切って声をかけてみた。

 陸先輩は鞄を机におろしながらこっちを向く。

 陸先輩は昔に戻ってしまった感じがして、こわいけれど。

 こぶしを握り自分を奮い立たせる。

「なに」

 そういう陸先輩の声はそっけなかった。

 でも昔だったら反応すらしてくれなかったと思う。

 反応があったことに私は安心し、続ける。

「真希ちゃんのことなんですけど」

 先輩が息を止めるのがわかる。

 それを気にせず話し続けようとした。

 けれど。

 陸先輩の息が突然荒くなる。

 先輩は過呼吸みたいになって自分のしたことを後悔し始めた。

 どうしよう。

「先輩」

 ごめんなさい。大丈夫ですか。

 そう言おうとしたその時。

 部室に入ってきた夢佳先輩が陸先輩に駆け寄る。

「陸! どうしたの!」

 そうしている間にだんだん目の焦点が合わなくなっていって。

 バタン。

 大きな音がして陸先輩は倒れてしまった。

「陸? 陸? 陸!」

「あたし、先生呼んできます!」

 すみちゃんが素早く部室を出ていく。

 その中に一人、私は何も動けないでいた。

 夢佳先輩はこっちをじろっと見る。

「陸に何したの」

 その声はとても落ち着いていて。

 静かな怒りが混ざっていて。

 でもそれは、自分を抑えているからなんだろうと。

 冷静に分析している自分に驚いた。

「陸に何したって聞いているの!」

 夢佳先輩は立ち上がってこちらに寄ってきて私の胸倉をつかむ。

 バタバタ。

 数人が走ってくる足音が聞こえて。

 保健室の先生が陸先輩に近づくと口元に耳を近づける。

 ほかの先生も部室に入ってくる。

「ちょっと、あなたたち、何をやっているの!」

 私たちは強制的に離された。

 夢佳先輩ははっとした顔をしている。

 下を向いて震え始めた。

 遠くから誰かの安堵のため息が聞こえる。

「よかった、まだ息をしている」

「救急車、来ました!」

 救急救命士の人たちが中に入ってくる。

 そこからの記憶はほとんどない。

 終始ぼーっとしていた。


 ☆★☆


「りりー、片岡さんって人から電話よー」

 夢佳先輩だ。

 電話に出るのが、こわい。

 だけど、出なくちゃって思った。

 出ないと一生後悔するような感じがした。

「お電話かわりました」

「梨々花ちゃん。今日はごめんね」

 てっきり怒られると思っていたから私は驚いてしまった。

「いえ……」

 とっさに言葉が出てこなくて。

 言葉を出した後、「私が悪かったんです」とか、「ごめんなさい」とか、いろいろな言葉が浮かんでは消えていった。

 言おうかどうか戸惑っていると夢佳先輩が先に口を開いた。

「陸。問題ないって。まだ学校には来られないかもだけど」

 よかった。

 その時に初めて気づいた。

 私が謝らなきゃいけないのは陸先輩だ。

 陸先輩が来たら謝らなきゃ。

 なんで気づかなかったんだろう。

「すみちゃんから聞いたよ。……まーちゃんのこと、聞こうとしていたんだってね」

「はい」

 一瞬おいて。

「どうして?」

 優しいトーンだった。真実を知りたい、というようなまっすぐな気持ち。

「私、まだ信じられてないんです」

 夢佳先輩が頷くのがわかる。

「誰か身近な人の死って初めてだったから。それに昔の真希ちゃんは私をよく守ってくれてたし。どうしても、真希ちゃんと死は結びつかなくて」

「……わかる」

「それで、昔を思い出して来たら自然と笑えちゃって。だから陸先輩も昔を思い出せばって思ったんです」

 夢佳先輩は静かに口を開く。

「陸は私たちより深い傷を負っている、と思う。まーちゃんのことはもう話さない方がいいかもしれない」

「はい。すみませんでした」

「正直私も心が追い付いていない部分があるんだ。だからさっきは梨々花ちゃんにきつく当たっちゃって。ごめんね」

「いえ……」

「それに、まーちゃんのお母さんも。なんか話し方が不自然だったし。やっぱり子供が死ぬとああなっちゃうのかな……じゃあ、また明日ね」

「はい、また明日」

 私は受話器を置いて深く息を吐いた。







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