3 カリクラ
「よお、梨々花」
教室に入ると隣の席の遥大くんが声をかけてきた。
「おはよ、
まだ仲のいい友達は作れていないけど、遥大くんがいつもお話してくれるからうれしい。
自己紹介の時に遥大くんの出身中学が真希ちゃんと同じところだったから、悠希くんのこと知ってるかなって思ったんだ。
それで聞いてみたら親友だったって言ってて、そこから共通の話題が見つかって仲良くなれたんだ。
「昨日さ、テレビで悠希みたいな顔した人見たんだよ」
「え?」
テレビ!?
「あれか、世界に三人は同じ顔の人がいるってやつ。悠希は俳優とかアイドルとかやっててもおかしくない顔だからなあ」
ああ、確かに。
私は頷く。
「悠希くん、イケメンだもんね」
すると何やら意味ありげな表情を浮かべる彼。
「そっかー、イケメンかー」
いまさらながら自分の言ったことが恥ずかしくなって慌てて弁解する。
「は、はるとくんも暗にイケメンって言ってたでしょ!」
「うん、言ったよ」
「じゃ、じゃあおあいこじゃん!」
「なんだよ、おあいこって。別にただ梨々花のことをからかっただけだから気にすんなって」
「すごく気にしますー!」
「わかったわかった、梨々花のことからかうのはまた今度にして……」
また今度って何ですか! もうからかわなくていいんだけど!?
「その番組、録画しておいたから、よかったら今度うちにおいでよ」
「え? え、うん?」
「なにそれ。来てくれんの? 来てくれないの?」
「いや、その……知り合ったばかりの男の子の家に一人で行くのは……」
しどろもどろになる私に遥大くんはくすっと笑う。
「可愛い。——YouTubeにその番組の公式の動画上がってたからあとで見てみれば? LINEにリンク送っといたから」
か、可愛い? 可愛いって言いましたか!? この人!?
え、なに、またからかわれてるの!?
「あ、ありがと」
「——きっと、びっくりすると思うよ」
「え?」
小さな声でよく聞こえなかった。
「お楽しみに」
私は首をかしげる。
教室に先生が入ってきて授業が始まった。
☆★☆
緊張する……。
今日は部活動見学の初日。私はもちろん書道部に来ているんだけど知り合いは誰もいないから……、大丈夫かな……不安になってきちゃった。
「一年生のみんな、カリクラへようこそ!」
カリクラ……、って何?
え、ここ書道部だよね??
慌ててあたりを見渡すと……、書道をしている先輩がはじに一人。
う、ん。書道部っぽいけど。
隣に座っていたおさげの子が納得したように手をたたく。
「書道部は直訳するとカリグラフィークラブだからってことですね」
あ、なるほど。
……でも、あえて英語にしなくてもいいのに……。
「じゃあ、私たちから自己紹介をするね。私は部長の
運動ができそうなショートカット。
きっと、元気な字を書くんだろうなぁ。
「次は陸だよ」
夢佳先輩がはじにいる男子に声をかける。
真剣に書道をやりながら口だけを動かす。
「
不愛想な感じ……。
どんな字を書くのか、ちょっと気になる、カモ。
夢佳先輩は苦笑いする。
「いつもこんなんだけど、許してやって」
見学に来ていた一年生が簡単に自己紹介を済ませた。
さっき手をたたいていたおさげの子が秋野すみって言ってたんだけど……もしかして……?
「じゃあ、書道セット出してくれるかな? ない人は見学しててもいいし、少しなら貸せるものもあるから言ってね」
書道道具を机の上に置く。
筆巻きを大事に取り出して丁寧に筆を手に取る。
持ってきた筆は、真希ちゃんからもらった大事な筆だ。
この筆を見ると、そばに真希ちゃんがいるような気がして、落ち着くんだ。
頑張ってって、励まされる気もする。
「梨々花ちゃん、だっけ?」
夢佳先輩が近づいてくる。
名前を覚えてもらえたことがうれしくて元気よく返事をする。
「はい!」
「『美葵』か。書きやすそうな筆だね」
「そうなんです!」
私の大切な筆を見てくれた!
思わずほおが緩む。
「私が書道習い始めた時から使ってるんです。憧れの先輩のおさがりなんですけど」
一瞬夢佳先輩の顔が固まる。
でもそれは本当に一瞬で。
どうしたのかな?
夢佳先輩は笑っている。
「期待してるよ」と肩をたたかれた。
「はい!」
「あのぉ」
声をかけられて振り向くと……秋野さんがいた。
「もしかして中野先生のところの
顔がぐんぐんと近づいてくる。
あまりの勢いに私は後ずさりする。
確認してくるってことは、やっぱり……?
「そうですけど、もしかして、あなたは……?」
「はいっ! あたし、三船先生から教わっている
すみちゃんはニコッと笑う。
やっと会えた!
そう思ってうれしかったけれど。
私は今月すみちゃんに負けたことを思いだしてしょんぼりする。
「どうかしましたか?」
「あ、ううん、ただ、悔しさを思い出しただけ」
「ああ、今月の昇段についてですね」
すみちゃんはニヤッと笑う。
「あたし、ずっと夢だったんですよ、梨々花さんに勝つのが」
そしてボソッとつぶやく。
「ずっと、憧れだったので」
う、うれしい!
恥ずかしくもあるけど!
そして、身を乗り出してくる。
「梨々花さんの字ってとてもなめらかで、大胆で、それでいて優しいじゃないですか! とっても、好きなんです」
興奮しているのか、顔がほんのり赤い。
私はとても幸せな気持ちになる。
すみちゃんの感想が、私が真希ちゃんの作品を見て思ったことと同じだったから。
「ありがとう! 私もね、すみちゃんの字、好きだよ! あの勢いが好きなんだ!」
「ありがとうございます。でもあたし、そこが弱点っていうか。勢いに任せて書いていると線が極端に細くなったり、太くなったりしちゃうので……」
「ふふふ」
私、思わず笑っちゃった。
すみちゃんは不安げに私の顔を覗く。
「あの、何かおかしなこと言いました? あたし」
私は口をおさえて首をぶんぶんと振る。
「違うの! 私は、そこが好きなんだよな~って思ったから、なんか笑えちゃって」
「そう、ですか?」
「うん!」
ふたりでえへへ、と笑う。
「これからよろしくね、すみちゃん!」
「はい! よろしくおねがいします! 梨々花さん」
部活動体験が終わったら私はすみちゃんと一緒に帰った。
何を話そうかな? と考えて真希ちゃんのことを話すことにした。
やっぱり、書道っていう共通の話題があるのは強い!
それで私の書道を始めたきっかけや今使っている筆の話をしたんだ。
「へえ~、梨々花さんの作品は真希さんっていう方に影響されているんですね。私、その方に一度お会いしてみたいです!」
「私も会いたいなあ……」
「? どういうことですか?」
「真希ちゃんが小学校を卒業した年に転校しちゃってね」
「なら住所とか、LINEとか知らないんですか?」
「真希ちゃんの家は携帯を持たない家庭でね。住所も聞きそびれちゃったなあ。……あの時はただひたすら悲しかったから」
「そうなんですね……なんだか、ごめんなさい」
「あ、ううん、大丈夫だよー。——すみちゃんは中学生の時に始めたんだよね?」
「あ、そうなんです。すみは声優さんが好きなんですけど、声優さんに書道好きの方がいらっしゃって。雑誌で連載を持ってたくらい上手な方で、すみは彼女に影響されて習い始めたんです。彼女もまきさんって名前なんですよ」
せいゆう。
その言葉にはっとした。
久しぶりに聞いた、音。
まいかちゃんがかなえようとしていた夢。
私が、捨てられた、理由。
捨てられたって、大げさな言い回しかもしれないけど。
まいかちゃんがいなくなってからどうしてもそう考えちゃうんだ。
私より、夢のほうが大事だったんだって。
だけど、そんなことすみちゃんには関係ない。
黙り込んだ私を心配そうな顔で見つめるすみちゃん。
私は明るい声で返す。
不自然になってないかなってちょっと心配だった。
「へえ~! なんか運命感じちゃうね。私たち、真希さんに影響されて書道始めたもの同士なんだね」
「すみもなんか、嬉しいです」
「書道歴全然違うのにすみちゃんに追い越されるとか、恥ずかしいなあ……。私、もっと頑張るね!」
「はい! すみももっと頑張ります!」
「すみちゃんはちょっと頑張んなくてもいいかな~」
「なんでですか! 梨々花さんには全力で挑まないとすぐ負けちゃいますよ、すみなんて!」
「ほんとに~?」
「ほんとですよ!」
顔を見合わせて笑いあう。
「一緒に頑張ろうね!」
「もちろんです!」
軽口をたたいて、何とか怪しまれなかった、かな。
私はもう一度記憶にふたをする。
真希ちゃんは、私のことは捨てたわけじゃないよね。
そう思いたくて無理やり私は頷いた。
その次の日から正式な書道部員としての活動が始まった。
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