extra episode.1




 私は「暑いから涼しげなのがいいな」としか要望を告げなかったが、マリアンヌは「勝負ドレスですわ!」と真剣に悩んで、真紅のドレスを選んでいた。


 似合うのは認める。


 一学期の終業式のあとに行われる舞踏会で着るドレスの話である。クラウディオ王子も参加するので、マリアンヌは張り切って気合いを入れていた。


 赤味がかった豪奢な金の巻き毛は、それ自体がきらめくアクセサリーのよう。肌は雪のように白く、内側から輝いているかのようだ。

 つり目できつい印象を与える容姿も、真紅のドレスに負けない力があるということである。


 さらに15歳を目前としている今、マリアンヌは女性らしいスタイルを手に入れていた。

 まだ成長途中とはいえ、メリハリのあるボディは異性の視線を惹きつけることだろう。


「……マリィ、私の分まで持っていったのね……」

「ち、違うわよ!」

「二人前の大きさだよね、それ!」


 そう、私は断崖絶壁なのに、マリアンヌは見事な巨乳ちゃんなのである。


 普段はブレザータイプの制服姿なのでそこまで自己主張していないのだが、マリアンヌの魅力を引き出すためのデザインのようで、品なく露出していなくても目が行く。


 改めて見ると、双子って嘘じゃないのかと思えてくる。


 というかキャラデザした奴、双子なら双子らしく同じスタイルにしておけよ!


「王子様は控えめな女性がお好きなんだからねっ」

「殿下の好む女性の性格の話じゃなかったの!?大人しいってそういう意味!?」


 着替えてから言い合っていたら、義兄のレイモンドが迎えに来た。

 舞踏会は終業式のあとなので、学園内で着付けてもらっていたのだ。屋敷から主張して来た女中メイドたちなので、私たちのやり取りも涼しい顔で聞き流していた。


「二人とも、よく似合うよ」

「胸の格差が酷いって正直に言ってくれても良くってよ!」

「マリィには殿下を誘惑するという大事な役目があるんだよ。応援してあげようね、ディー」


 義兄もさわやかな笑顔で適当に流した。

 まるで年中行事のような慣れた対応だった。


「ところで、男にはいくつかの派閥があってね?」

「いきなり何の話?宰相派とか将軍派?」

「胸派、腰派、脚派──さまざまだね」


 言われてマリアンヌを見る。


「……寸胴って言うなー!」


 胸が出ている分くびれがある姉と、均一にならされた妹。

 勝負になっていなかった。


「ぼくはディアンヌ派だから元気だして」

「お義兄様のロリコーン!」


 気づかずにいたいこともあると思う。





 舞踏会なんて出たくない、とスネながら会場となっている講堂に行くと、終業式の後で整ったとは思えないほど立派に飾り付けられていた。

 中央はダンスのスペースだろうが、壁際にはいくつものテーブルや、休憩のための長椅子などが並んでいる。ワゴンを連れた給仕たちの姿もある。


 もちろん私たちより先に来ていた着飾った生徒たちも、会場を華やかに彩っていた。


「あ、殿下がいる。ラストにご入場とかじゃないんだ」

「学園内ではそういう特別扱いはしない方針なんだって」


 王族も一学生として扱われるのだ。今だけの距離感だった。


「……上げ底。きっと上げ底……」

「ディーのほうが可愛いよ」

「今、可愛さ勝負はしてないのっ」


 発育の良い一部女子に怨念を放ちつつ、奥へ進んだ。王子は肉食系に囲まれているので近づいてはいけない。


「男でも見てたほうがマシかな……」

「女性には顔派が多いよね」

「私は声派だし!」


 声派は近づいて聴かないと満たされないのでなかなか難度が高いが、顔派の中には遠くから眺めるだけで十分という者もいるだろう。

 あと男同士の恋愛を妄想しているのが一番楽しいという者も。

 多種多様である。


 次に背が高いので目立つロイドを見つけた。こちらも肉食系に囲まれているようだ。

 王子は如才なく応じる話術を持っているだろうが、ロイドは口数が少ない性格だ。美声なのにもったいないと常々思っているが、私にどうこう出来る問題ではなかった。


 そんな訳でロイドは、女子にあれこれ話しかけられても、十の言葉に一言二言やっと答えているという様子に見えた。


「肉食獣より草食獣が好きって顔だ」

「馬とか好きだろうね、騎士だけに」


 ……さわやかに親父ギャグを言うのはやめて、お義兄様……!


 いや、私の言い方が悪かったのか!?


「君が他の男に目移りしているから、少し妬いただけだよ」

「う……!」

「ぼくだけ見ていてくれないかな、愛しい姫」


 義兄が極上の笑顔で、心までとろかすような甘い声音で囁きかけてきた。

 ただの演技だ。知ってる。知っていても、うっとりしてしまうだけだ。


 なんでこんな断崖絶壁寸胴娘に言うの──と考えるのは後にして、役得に浸ったのだった。





 ─────side.マリアンヌ



 義兄がディアンヌに向けて「世界で一番君が好き」と訴えかけるような、見ているだけで胸焼けしそうな笑みを浮かべていた。

 マリアンヌにとっては見慣れた光景なのだが、女子の多くが「勝てない…!」「知ってたら声かけなかったのに!」「なんて道化だったのかしら……」と敗北宣言を上げて泣いていたものだ。


 義兄は優しく穏やかな性格で、容姿にも恵まれていて、公爵家の跡継ぎという優良物件なので人気があったのだ。

 正式に発表こそしていないが、義兄とディアンヌの件は学園内で有名になっている。ディアンヌが人目もはばからずに「好きー!」と抱きついているから、公認も同然だ。

 しかもディアンヌは小柄で年より幼く見えて、天真爛漫で可愛らしいと評価されている。はしたない、ではなく、可愛らしいと甘い評価になっているのだ。


 さらに言えば義兄を狙うような家柄の娘は、王子の妃候補に上げられているため、わざわざ割って入ろうとする者がいないだけだ。


 そんな義兄と妹から視線を逸らして、マリアンヌはクラウディオ王子を眺める。


「出遅れたわ……」


 割り込む余地がないほど、王子は女子に囲まれていた。王家が妃探しで茶会に招いたのは十数人だが、王子に見初められれば可能性があると考える女子たちもいる。必死にアピールするのも当然だ。

 王子の好みについて聞かなかったのか、と言いたくもあるのだが。


 マリアンヌは王子に近づくのは一旦あきらめて、友人たちを探して声をかけた。女子だけで固まっていた友人たちは、あちらに行かなくてよろしいの?と首をかしげたり、あれでは近づけないわよねと同情してくれた。

 ここにも頑張れば妃になれる出自の子もいるのだが、無理だとあきらめているようだ。


「ごあいさつだけでも、できたら良いのだけど」


 教室で話しかける機会はあったし、改めてあいさつする必要はない。

 ただせっかく着飾ったから、一目見て欲しい。

 舞踏会といういつもと違う場所で言葉を交わしたい。

 そう思ってしまうだけだ。


「一曲お相手していただけないかしら、なんて夢を見すぎたわ……」

「そ、そんなことありませんわ」

「舞踏会なのだもの、期待してしまうのは当然ですわ」


 友人たちの優しさに、慰めを求めて愚痴ったようだわ、とマリアンヌも恥ずかしくなる。けれど同時に良い友達が出来たと嬉しくなってしまう。


 友人たちと親しくなれたきっかけは、ディアンヌの書いた小説だった。マリアンヌがねだったから書いてくれた、素敵な王子様と恋に落ちる物語ばかりである。


 マリアンヌの初恋は、そんな物語の王子様だった。クラウディオ王子にそれを少し重ねているのも自覚している。

 だがディアンヌは昔から、未来の話をするように不思議なことを言う時がある。

 いつかマリアンヌが本物の王子様に恋をした時に嫌われないように女を磨け、とか言い出すのだ。


 クラウディオのことだとは言われていない。

 ただマリアンヌが王子様だと思ったのが、クラウディオ王子だっただけだ。


 運命みたいに惹かれた。

 運命だったらいいのに、と願っている。


 けれど今のマリアンヌは、近づくこともできずに、見つめているだけだった。


〈episode end〉

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