第14話




 このファンタジーな世界では見た覚えのないビジネススーツ姿の男が現れた。

 ネクタイをきっちりしめているものの、30歳前後に見える年頃の青年で、ゆるい雰囲気をまとっていた。


「誰?」

「いえ、それはこちらのセリフなんですけど。どこから入り込んだんですか?いつからいらっしゃったんですか?」

「これディアンヌのバグじゃないの?」


 私もリリーも青年も、互いに疑問を口にするだけで話が進まない。お前ら、協調性ないな!


「私は流行りの『乙女ゲームの世界に悪役令嬢の妹として転生してしまった』って状況かと思って、第二の人生を楽しんでただけなんだけど、違ったの?」

「あ、無自覚ですか。事故ですね!いやこれ、誰の責任問題かな……僕のせいではないと主張しておかないと」

「そんなことより、アタシに謝るところじゃないの、管理者!」


 責任逃れで頭がいっぱいだったらしい青年も、リリーに怒鳴られて謝っていた。

 私の疑問にも答えろよ。


「それでコレなんなの?私は何に巻き込まれたの?誰に謝罪を要求したらいいの?」


 リリーを見習って被害者ヅラで言ってみると、ようやく青年も私に応えた。


「いえ、僕の責任じゃないので!不幸な事故なので!これからご説明いたします。場所を移しましょうか」


 青年が言うなり、いつかのタイムループのように目の前の景色が一瞬で切り替わった。モノクロの公園から、落ち着いたブラウン主体の応接室に移動していた。

 テレポートと言うほうが正しいのだろうか。これは初体験なので、ぎょっとしてしまった。


 青年がお座り下さいとすすめて来たので、私はリリーと並んでソファに腰かけた。目の前にはコーヒーが置かれる。

 今どこから出した?


「どこからご説明しましょうか。ここはいわゆる死後の世界でして、あなた方は魂だけの状態にあります」

「ファンタジーじゃなくてオカルトだったの!?」

「転生という概念は、元々ファンタジーよりオカルト寄りではないですかね」

「どっちでもいいわよ」


 私は気になるが、本題ではないので追求はあきらめた。


「そうですね。このシステムは地球人の創作物からヒントを得たので、次はSFか否かという話になりかねませんし」

「VRゲームよ」

「マジでゲームの世界だったの!?あんたゲームのヒロインだったの!?なんで死後の世界でVRゲームやってんの!?あの世の人たちどんだけヒマなの!?」


 説明を聞いたら、余計に意味がわからなくなった。天国と極楽浄土のイメージが崩壊中だ。


「いえ、色々と事情がございまして。死者の魂は転生する前に浄化されて、前世の業は全て清められるものなのですよ。この魂の浄化とは、未練や後悔、怒りや悲しみなどの感情を昇華することでもあります。癒やされ、満たされて、次の生に向かっていただくお手伝いをするのが我々の役目なのです」


 青年がとても良い話風に語るが、それが死後の世界でVRゲームで乙女ゲーム体験なのかと思うと、納得しきれない。


「このシステムは本来、現実では助けられなかった誰かを夢の世界で救って、強い後悔や深い悲しみを軽減するとか、その人が考える『幸せな人生』をやり直して満足してもらうといった使い方をしているんですよ」

「なるほど、この人は特殊なほうだと」

「なんか文句あるの!?」

「いえ、文句なんて。ご希望を出来る限り叶えて、スッキリしてから次の人生に向かっていただくのが我々の役目ですから、どのようなご要望にもお応えしますよ!ただ架空の人物なのに性格やら何やらが細かく決まっているというのに、人間に必要な部分は設定されていないとか、ベースに似た人間を利用しても、こう、不具合がですね」

「そこは目をつぶるって言ったでしょ」

「でもやっぱり不具合がですね」


 リリーの無茶振りに青年は苦労しているようだ。謎の強制力の正体に私も気付いた。


「もしかして、私に友達になってあげるとか言った時、不具合だと思ったからこの人に文句付けなかったの?」

「ディアンヌのイベントが必要だって知らなかったから、今回はスルーしようと思っただけよ。ディアンヌと友達になると、みんなが『君は優しいね』って褒めてくれるだけの要素だと思ってたし」

「王子様の攻略がストップしたのは良かったの?」


 私が尋ねると、リリーは何言ってんだこいつという顔で見てきた。


「王子様ルートは元々、妃探しイベントまではあいさつしか出来ないでしょ。王子様を攻略してないの?」

「こんなクソゲーやってられるかって投げ出したから、序盤の出会いイベントくらいしか知らない」

「クソゲーですって!?神ゲーの間違いでしょう!?他のゲームと勘違いしてない!?」

「シナリオ最悪だったじゃん!セリフ回しもセンスのカケラもないし!絵と声が良いだけじゃやってられなかったし!しかも実写化したら声以外に良いところ残ってないし!」

「はー!?はー!?はあぁ!?序盤しかやってないくせにシナリオにケチ付けるとかどこのエアプ!?王子ルートの舞踏会イベ見てから言いなさいよ!レイモンドの血を吐くような告白、聞いてからにしなさいよ!隠しキャラのカインなんて涙なしには語れないんですけど!ファンディスク出てやっと報われて、歓喜に震えたわよ!?」


 ヲタ女の地雷を踏んだことはわかった。

 他人の好みにケチを付けるのはマナー違反ですよね。知ってた。

 気をつけるようにしてたのに、つい……


 私はリリーの怒りが鎮まるまで、大人しく聞くことにした。青年のほうを見ると、これ幸いとどこかに連絡したり、パソコンっぽい物を使って作業していた。

 結構いい性格してますな。






 リリーの気が済むのに何十分、何時間かかっただろう。時計がないのでわからない。


「あ、修正終わりましたよ」


 青年に声をかけられてリリーは我に返っただけで、放っておいたらいつまでかかったことか。


「ま、まあ、このくらいにしておいてあげるわよ」

「うん、言いすぎた。ごめん」


 謝る隙もなかったので、謝罪した。


「あとゲームの邪魔もしてたみたいだし、ごめん」


 知らなかったとはいえ、あの世界でイレギュラーだったのは私のほうらしいので、それも謝った。リリーにとっては、みんなNPC《ノンプレイヤーキャラ》だったのだろうから。


 リリーは「いいわよ、別に」と少し居心地悪そうに答えて、青年を急かすようにゲームの世界へ戻っていった。

 きっともう、会うことはないのだろう。


「あなたはどうしますか?特別コースではなくても、すぐに魂を浄化して生まれ変われると思いますよ」

「え?特別コースって?」

「彼女には言っていませんが、個別の浄化が必要なほど強い想念の刻まれた人はそう多くないんですよ」

「あの人、どんだけ乙女ゲームの世界に思い入れがあったの!?」

「代償行為、とだけ言っておきます。それ以上は個人情報ですから」


 生前のリリーにも色々あったということだろう。確かに他人が踏み込んで良い問題ではなさそうだ。


「ただ、あなたの魂は中途半端に浄化を受けているようですが、思いだせない記憶とかありませんか?」

「生前の名前が思いだせないし、いつなんで死んだのかもわからないですねー。他は覚えてないことを自覚できない的な?」


 名前は思いだせないのに、ペンネームは覚えていた理由のようである。おかしいとは思っていたのだ。


「あー、死を自覚できない状態はまずいですね」

「まずいの!?」

「死を受け入れて下さい」

「死んだのはわかってるけど、今第二の人生を生きてるし!?」

「その感情が本能的に浄化を拒むんですよ。特別コースで死を自覚していただく方々は多いですよ。短時間の体験で済みますから」

「酷い死に方だったらどうすんの!?」


 怖いんですけど!


 だがそこは安らかな死を迎えて、気持ち良く生まれ変われるためのものだ。そんなに酷いものではないらしい。

 それでも怖いけど。


「とはいえ、第二の人生を生きていると認識しているのならそれをまっとうするというのが、一番安全でしょうね」

「え?」

「こちらでのやり取りに関しては忘れていただきますが、夢を現実だと感じていただくために良くとる手段なので、ご心配には及びませんよ」


 記憶をいじられることに強い抵抗を覚える。

 だが、あの世界が作りものだと知った今、どう生きたらいいのかわからない。

 けれど、10年も過ごした場所を簡単に捨てる気にもならない。




 私は長い時間、悩んでいたようだ。けれどあの世界はあの瞬間で止まったまま、私の決断を待っているらしい。

 リリーはリセットされた別の世界でやり直しているという。


 リリーがいなくなった世界はどうなるのだろう。

 戻らなければ、義兄との結婚を有耶無耶に出来るんだな、と思ったりもした。


 そして、私が、選んだ答えは──




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