第13話




 待ち合わせの時間まであと数分となって、ようやくエリックが現れた。

 リリーの特殊能力で操られている訳ではないらしく、足取りが重い。ずり落ちた眼鏡を指先で押し上げながらも、気分はどん底のようだ。

 でも私を「助けて、王子様!」という目で見るのは止めていただきたい。


 デート相手のリリーはエリックとは逆に、スキップしそうな軽やかな足取りでやって来た。周囲に目を向けていないのか、私たちや少々不自然な私服の兵士たちに気づいた様子はなかった。


「エリック!待った?」

「いま来たところさ。私の計算は常に完璧なのだよ」

「さすがね!素敵っ」


 学園で毎日見ているが、今日も絶好調で頭が悪そうだ。普段のエリックのほうが知的に見える。

 義兄のレイモンドは学園内でほぼ接触していないため、今さらのように同情していた。


「さあ、見てごらん。私の計算によると、1、2、3……」


 エリックがカウントダウンではなく、数を数え始めた。どこまで数える気かと眺めて、62でようやく噴水が勢い良く吹き上がった。

 定時で吹き上げるので、この時間に待ち合わせたのはわかった。


「ね?」

「すごいわ!」


 まったくもってバカップルの会話である。やっぱりあんなクソゲー、さっさと見切りを付けて正解だったと思ったものだ。

 いや、ゲーム内なら都合良く3、2、1で発生したのか?リリーの力は噴水には及ばないということなのか?


 私はついどうでもいいことを考えてしまったが、義兄はツボにはまったらしく「62…」と肩を震わせて笑いをこらえていた。


「お義兄様、あんなの毎日やってるからね」

「え?毎日?毎日あんな感じなの?」

「あいさつは毎日同じだし。騎士のロイドなんて、剣を振り回す真似付きでポーズも決めるよ」


 ゲーム内ではあいさつのセリフが固定だからだろう。好感度や親密度が上がるとセリフが変化するのは定番だった。

 リアルで見ていると微妙な気分になるが。


 義兄は笑いを収めて、同じクラスじゃなくて良かったと、遠い目をしていたものだ。


 その後も二人は内容がないよーと言いたくなるようなやり取りしながら、公園内を散策するようでゆっくりと歩きだした。デート中なのだから、リリーがエリックの腕に抱きついて甘えるようにすり寄っていても注意する必要ない。はずだ。


 私と義兄も、距離を置いて尾行し始めた。手をつないで歩いているが、今さら照れる仲でもない。

 今日は変装のつもりで、庶民的な服装に帽子や眼鏡を使って顔を隠している。私は長い髪を全て帽子に押し込んでいるため、じっくり見られない限りは気づかないだろう。

 実際リリーはエリック以外には目もくれないので、のんびり尾行できた。


 そうして公園を半周した頃、義兄がふと疑問を口にした。


「ところであの女──じゃなくて彼女、あんなおかしな男と歩いていて楽しいのかな」

「私なら内容じゃなくて声を楽しむから、楽しい人もいるんだよ」


 リリーはあのクソゲーを隠しキャラまでクリアした(かもしれない)猛者である。私と好みが合わないっぽいので、そこは考えても無駄な気がする。


「ディーの書いてる話に出てくる男女くらいしか知らないけど、デートってこういうものなの?」

「私が書いてるのはただの妄想だしな……あとアレは『私の考えた最高の王子様』だからね!」


 主にマリアンヌのために考えたのだ。

 別に私は王子様キャラが一番好きな訳ではない。


「それならアレは彼女の考えた『最高の恋人』じゃないの?」


 いや、シナリオ考えたの他の人だから、とは言えない。だがその前提を知らないと、誤解を招くんだな、とちょっぴりリリーに同情してしまった。

 リリーの本心は知らないけど。


「自ら這いつくばって、頭を踏まれて……あの女の性癖は理解できないな……」


 義兄も途中までリリーに付き合っていたことを私も思いだした。見ていないので何があったのか知らないが、ものすごい誤解を生んでいる気がする。


 ゲームの『レイモンド』ルートってそういう性癖の人向けじゃなかったはずなんだけど!


 私が義兄の言葉に悩まされていると、エリックとリリーが立ち止まって見つめ合った。何か進展するようだ。

 デートイベントの山場だろうか。盛り上がってキスをしそうになったら乱入するべきだろうか。


「アタシだけ見て欲しいの」

「もちろんだよ。私には君だけだ」


 張り込み中の兵士たちがモブ化して、ひゅーひゅー!お熱いねぇ、見せつけてくれるぜ、などと囃したて始めた。

 義兄がぎょっとして、巻き込まれて操られるってこういう事か!と見回していた。


 雰囲気ぶち壊しじゃね?と思うのは私だけなのか……?


 だが乱入するならこのタイミングしかないだろう。私は急いで二人に駆け寄った。


「お待ちになって!アタシだけを見てと言いながら、あなたセージにも色目を使ってるじゃありませんか!不誠実ですわよ!」


 悪役令嬢風に言ってみた。

 モブ化した兵士たちは静かになり、エリックも目をしばたかせている。

 リリーは私を見て、なんであんたがいるの!?と怒気をひらめかせた。邪魔が入るなんて思っていなかったようだ。


「そうだよ。私以外の男に媚びるような女性は好きになれないな!」

「な!?ち、違うわ、セージは友……!」


 反射的に答えようとしたリリーも気付いたようだ。ここで否定したらルートが確定してしまうかもしれないと。もちろんエリックも自分で自分の首を絞めかけて、顔を引きつらせている。

 うかつなことが言えなくて、奇妙な沈黙が落ちる。


「ぼくにも言い寄ってたよね、君」


 それを破ったのは義兄だった。

 義兄はすっとリリーに近づいて、優雅に少女の手を取り微笑みかける。リリーの好みはわからないが、これに反応しない人種でもなかったようで、頬を染めて見惚れていた。


「クラウディオ殿下にも気のある素振りで妃探しの邪魔をしようとしたそうだし、君の言葉のどこに『誠実』があるのかな」

「レ、レイモンド、アタシは……」

「複数の男に囲まれてハーレムでも作りたいの?そこにあるのは愛ではなく、色欲じゃないかな。そういう女を世間では何と呼ぶか知ってる?──淫売」


 セリフの途中から義兄は病んでるモードになっていた。段々と表情が抜けていって怖かったです。


 だがゲーム内のレイモンドも言い出しそうなセリフだったからか、リリーは怒りもせずに「だって全部欲しいのよ」と媚びた。


「全部?みんな等しく同じ?このぼくも同じ扱いにするつもりだったの?」

「違うわ。本命は王子様だけど、王妃になってレイモンドも愛人として、みんなでお城で暮らすの。一周目では最初から無理なのはわかってたし、妥協したけど、でもなるべくみんなの攻略をしたかったし」


 ゲームの攻略法としては、理解できる。特に一周目はみんな初見のイベントだから、できるだけ同時攻略したよね、私も。


「レイモンドはバッドエンドが他の人より多くて難しかったけど、その分たくさんプレイしたから、ちょっと特別だし。幸せそうに笑うあなたより、癒えないキズを抱えて嘆くあなたのほうがキレイだったわ。誰も信じられないあなたがアタシだけを見て、アタシだけを求めて、永遠に満たされない想いを抱えて生きていくのかと思うと……!」


 わかるー、と思ったのは私だけで、他の者たちは未知の生命体と発見してしまったかのような顔で固まっていた。

 今のは人間の愛し方ではなく、キャラ愛のほうだろう。救いのあるトゥルーエンドを目指しながらも、過程を楽しむとそういう感情だって生まれるものだ。


 とはいえ、実写化されて、こんなにリアルな世界でまだゲーム気分でいられるものなのか。


「……君は狂ってる」

「違うわ。愛してるだけ。バッドエンドでもいいわよ、レイモンド」


 義兄はリリーの手を振り払って、私の隣に戻ってきた。ちょっと震えているようだった。


「残念ながら、お義兄様にはそんな深い心の傷はないのですよ。見ていればわかるでしょ」

「……なんで?そういえばディアンヌは最初からおかしかったわ。イベントは起きないし、邪魔ばかりするし……ううん、なんであの根暗が別人みたいに存在してるの?」

「知らん」


 私にもどうしてディアンヌに生まれ変わったのかなんて、わからない。気づいたらここにいただけだ。


「バグなら直して貰わなきゃ──、聞こえてる!?ディアンヌが壊れてるんだけど!」


 壊れてねぇよ!と怒る前に、世界が止まって色彩いろを失ってゆき、モノクロに変わった。

 動いているのはリリーと私だけだ。


「……なんであなた、ここで動けるの?」

「知らん」


 私こそ、説明して欲しい心境だった。







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