第12話




「次の休日、デートをする約束をさせられたんだけど、私の貞操は無事に済むの……!?」

「なんでエリックのほうが『清らかな乙女』みたいな顔して心配してるの?」


 5月下旬のある日、眼鏡のエリックがやや青い顔をして私に声をかけて来た。初めてのデートイベントが発生したようだ。

 見れば年下少年のセージは「次の休日は自由だ!」とはしゃいでいる。


 ここで明暗が別れるのかなと同情しないこともない。


「男の純情を踏みにじられる気がするんだよ」

「起きてもキスくらいだよ、多分」


 年齢制限のない健全なゲームだったので、そんな凄いイベントは起きないだろう。多分。

 リリーにも原作のシナリオ以外はどうにもならないようだし、だから上手く行かない部分も出てきているのだろう。


「乱入してぶち壊して、私を自由の身にしてもらえないかな!?」

「え?その場合、私が『助けに参りましたぞ、エリック姫!』って王子様役にならない?」

「助けて、ディアンヌ王子!」


 なんで男女逆転してんの!と怒っていたら、本物の王子が口を挟んできた。


「前回の実績があるからだろう。他の者たちで試しているが、今のところ君以外は巻き込まれてしまうだけだそうだ」


 それはクラスメイトたちを見ていれば解る。みんな特別な役割がないからモブだとばかりに、適当に賑やか師にされている。


「ロイドとか、解放されたから大丈夫じゃないんですか?」

「再発したらどうするんだ」


 クラウディオ王子は王子だからそんな危険な賭けは許されないだろうし、騎士ロイドは人体実験に協力したがらないだろう。

 私の声が聞こえていたようで、ロイドが少し離れた席でビクッと怯えたこちらを伺っていた。

 被害者の心の傷を見せられた気分になった。


 義兄のレイモンドも同じ理由で、頼めない。マリアンヌは悪役令嬢役なので論外だ。妨害はするだろうが、シナリオ上、リリーに都合良く利用されかねない。


「仕方ないな。上手くできる保証はないけど、それでもいいならやってみないこともないよ」

「なんて言うか、保険だからね!」


 エリックは万が一に備えたいだけのようだ。


「それで初めてのデートはどこでするの?私、街とか出歩いたことないからわからないなー」

「え?そうなの?お忍びでふらふらしてそうなのに」

「お母様にバレたらコロサレル……」


 公爵令嬢として馬車でドライブ&ショッピングくらいは許されているが、王都に住んでいても繁華街なんて行ったこともない。


 そもそもインドア派ヲタクなので、こっそり屋敷を抜け出して遊びに行くようなアクティブさは持ち合わせていないのだ。

 休日の主な過ごし方は、読書か執筆活動か義兄の美声を聴いてうっとりするかくらいである。特に義兄の朗読会は人気声優のイベントと同義なので、不満があるはずもない。


「それなら正式な依頼として、公爵に頼んでおこう。あの特殊能力者対策のためだから、国として護衛を出せるだろう」

「殿下が頼もしい!かっこいい!ほらそこの眼鏡も見習いたまえよ」

「格の違いを思いしらされた……!」


 エリックをからかってから、王子にお礼を述べた。エリックもノリ良く応じてから王子に感謝していたものだ。


 もしも私が役に立ったら、エリックには朗読会を開いてもらおうとこっそり決めたのだった。





 父よりも義兄が心配して、私に付いて来ることになった。呪いが再発したら大変だよと止めたのだが。


「大丈夫だよ。たとえそうなったとしても、ぼくはあの女を罵って踏みつけるだけだし」


 ハイライトの消えたくらい目で言わないで、お義兄様……!


 しかし確かに義兄のゲーム内でのキャラクターはヒロインをちやほやしないだろうから、適任と言えなくもない。

 来てもらえると私も心強いし。



 そしてデートの当日、私と義兄は聞いていた待ち合わせ場所に少し早めにやって来た。場所は王都内の大きな公園の中央にある噴水広場だった。

 いかにもな背景だが、デートイベントにはぴったりだ。


 広場の端に並ぶベンチに二人で座って、目立たないように待つ。有名なデートスポットのようだから、デート中に見えるはずだ。

 良く見ると近くをうろうろしているガタイの良い男が何人もいるが、恋人を待っているのだろうと解釈出来なくもない。

 実は張り込み中の刑事デカ──ではなく、護衛の兵士たちだが。


「デートの邪魔をするわけじゃないんだよね、ディー?」

「うーん、エリックは邪魔して欲しいんだろうけど、一番の目標は責任を取らされるような事になる前に止めることじゃないかな」


 たとえ解放されても、責任を取れ、結婚しろとか言われたら困る。リリーはタイムループで二週目行くわよ、と思ってそうだったが、そこは説明しにくいところだ。


「じゃあ平和に終わると良いね。約一名以外にとっては最善の結果だよ」


 その約一名が依頼人なのですが。

 義兄はあくまで私を心配して来ただけで、エリックは二の次のようだ。これ以上あの特殊能力者に義妹が睨まれないように、と思ってくれているらしい。


 私としては、デートの内容によるとしか答えようがなかった。

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