第10話




「クラウディオ殿下が無事に自由の身となられたと見なされて、妃探しを始めるそうなんだ」


 義兄レイモンドが解放された日の夜、父が談話室に集まった家族に向かって切り出した。母と義兄、そして双子の私とマリアンヌだ。


 マリアンヌは「それではっ」と頬を染め、義兄は私の肩を抱き寄せた。いや待て?

 義兄の行為を見ても母は怒らない。むしろ満足そうな顔でうなずいている。


「な、何?どういう密約が?」

「後継者に本家の娘が嫁ぐ。良くあることですよ」

「婿を探すより手元で育てたかったからね」


 義兄ではなく、両親が答えた。

 つまり自分の娘が公爵夫人になるので、あんなに喚き散らしていたのに、養子の後継者を認めるらしい。

 父のほうは娘を余所に嫁に出さずに済むのでご機嫌のようだ。


 そしてマリアンヌは義兄より王子が良いので「まあ、おめでとう」とにっこにこだ。


「お義兄様、それでいいの!?」

「もちろんだよ。ぼくのお姫様」


 それいつもの冗談……!と思ったが、甘い美声で耳元で囁かれるとうっとりしてしまう。

 もっと言って!


 でも結婚は話が別だと思う。


「という訳でディーは出席しなくて良いよ」

「ワタクシにまかせて頂戴ね!」

「うん……」


 王子様に憧れるマリアンヌの邪魔をする気はないが、これは義兄の件を認めたように見えないだろうか。かといってマリアンヌに誤解されるのもまずい。

 だが口ごもっているうちに話は進んでしまった。


 週末に王宮で候補者を招いた茶会を開くそうだ。今回は貴族の中から十数人に声をかけたとかで、オルタリス公爵家にも話が回ったきた。双子のどちらかでも、両方でも良いということらしいが、こうして一人に絞っただけだった。


 両親はマリアンヌを有力候補とおだてているが、声をかけられたのは上位の大貴族ばかりらしい。

 この年まで王子の嫁探しをしていなかったのは、もちろん特殊能力者の存在が以前から確認されたいたせいだ。過去の事例でも王子は狙われやすいと示されていたそうだ。


 ゲーム内にはこのイベントあったのかな、よくあるネタな気がするけどな、と思わなくもなかったが、今のところは姉を応援しておいた。




 翌日から茶会の前日まで、学園内の女子の最大の関心はクラウディオ王子の妃探しになった。

 茶会に参加する者を羨み、まだ学園に入学していない年下の少女や、逆に卒業している年上の才媛の噂をし合う。

 中にはこそこそ集まって、招かれている者を妬んで陰口を叩く者たちもいた。大声で言えない立場のようで、問題が起きることはなかったが。


 当の王子も通学しているのだが、誰も直接尋ねたりせず、王子は完璧なポーカーフェイスでやり過ごしていた。

 男子たちはあまり話題にしていなかったが、高嶺の花が参加するとかで「彼女が選ばれるのかな」と別の意味で気にしていたものだ。


「双子なのに、君は参加しないの?」


 マリアンヌははしゃいでいるのに、私は一人で沈んでいたからか、眼鏡のエリックが声をかけて来た。リリーは教室内にいないようだ。


「養子の義兄の嫁になれって……本家の娘が嫁になるのは良くあることよって……」

「あ、オルタリス公爵家はそういう事情があるんだったね」

「兄妹としか思ってなかったから、今自分のことで手一杯……!」

「でもレイモンド先輩狙いだった令嬢たちが悲鳴を上げる新情報だねー」


 眼鏡の意見に、確かになと納得する。

 義兄は攻略キャラらしく美形だ。そして美声だ。さらに次期公爵が約束された有望株だ。

 モテない要素のほうが見あたらない。


「眼鏡……じゃなくて、エリック狙いの令嬢たちは『早く呪いが解けますように』って祈ってそう」

「今なんか失礼な呼び方しなかった?まあ、そんな令嬢がいるかどうかはともかく、呪いは解けて欲しいよ。一刻も早く……」


 自分の意思に反した行動を強制されるのだ。呪いのようなものだろう。


「エリックは頭がいいつもりのアホって感じの役回りだけど、こう、冷酷非情で酷薄な笑みをひらめかせるのとか似合いそう!」

「どこの悪役!?」

「知的でクールな参謀だよ」

「目つき悪いから性格も悪そうって言われるんだけど!」


 エリックはマリアンヌと似た悩みを抱えていたようだ。

 ゲームのキャラクターなら良くても、見た目で損をしているらしい。


「セージも外見のせいで可愛い可愛いって言われるから、可愛くない反応してるんだと思うよ。似合ってもやらないの」


 似合うのに……と残念だが、この話はここまでにしておいた。

 ついでに私の外見と性格が一致していないのは、前世の人格のほうが強く出ているせいである。見た目通りのほうが可愛いのにな、と自分でも思っているのだった。

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