第9話




 冒頭をゲーム内で3日分くらいはプレイしたつもりだったが、記憶違いかもしれない。ゲームでディアンヌに会っていないのだ。すでにかなり昔の記憶だが、さすがにここまで思い出せないなら知らないと言っていいだろう。


 リリーは入学式の翌日に『ディアンヌ』に話しかけて来たけど、最速でイベントを起こせるのがこの日だっただけで、攻略情報を持たずに進めていたから気付かなかったのかもしれない。


 考えても答えの出ない疑問を抱えながらも、3日目になった。しかしこの日に起きるイベントなど何も覚えていなかった。

 昨日の騒ぎでクラウディオ王子がリリーの強制力から解放されるという異変付きなので、覚えていても役に立たなかっただろうけど。


 もちろんリリーは「なんで!?」「どうして!?」と悲鳴を上げてシナリオ通りに戻そうとしていたが、今度は巻き戻ってやり直しとはならなかった。

 このあたりのループ条件もわからない。この世界の主人公にもわかっていないようだった。



 二週目も視野に入れているようなことを言っていたので、リリーは王子ルートの攻略は持ち越しにしたのだろう。他の三人に声をかけて楽しんでいる。

 解放されていない三人は王子を恨めしそうに見ていたが。


 しかし王子がフリーになったと気付いた女子の一部は、逞しく王子に近づいていた。

 大人しい女性が好みだと私が聞き出したつもりだったのに、肉食獣の群れである。大人しい子たちは遠くから切なげに見ているだけだ。

 王子の現状は改善されたような、悪化したような、判断に迷うところだ。


 ちなみにマリアンヌは「あそこに突入したら、お母様になるわ……」と悔しげにしている。大人しい子ではないが、私が10年かけて教え込んだ成果だろう。

 本当は憧れの王子様に近づきたいのだろうが、きつい性格に見える外見との相乗効果で悪印象を与えてしまいそうだ。


「殿下、操られて変なこと言ってた時より格段にかっこいいよね」


 マリアンヌの席に近づき、双子の姉をなぐさめるため、少し離れた席の王子と肉食獣の群れを眺めて声をかけた。マリアンヌは「そうよね!」と嬉しそうに応じた。


「落ち着いた物腰とか、大人びた表情とか、静かだけど良く通るお声とか!」

「わかる。声がとにかく良い。顔と性格はどうでもいいけど、あの声は最高だよね!」


 思わず我が意を得たりと応じたら、ディーの声フェチ!と怒られた。反論できない。

 しかしマリアンヌの中の王子様像は、今のところ私の書いた小説の王子様がベースになっているだけで、クラウディオ王子に重ねている段階だろう。

 前世のヲタク知識を総動員して書いた王子様である。マリアンヌが喜んでいたから、かなり良く書けたと思われる。


「あっちの三人も、声だけ聴いてると楽しいよ。正気だったら言えないような恥ずかしいセリフが乱れ飛んでるし。あとアンドリュー先生の授業なんて、何のご褒美かってくらい楽しいし!全部の授業がアンドリュー先生の担当だったら良かったのに……!」

「他のところにも注目しなさいよ。あと勉強しなさい」


 隠しキャラらしきカインという人物のキャストも気になっている。リリーは知っているだろうが、聞ける訳がない。

 それに私が転生者だとバレるだけだ。


 ついでに続編のキャストも気になる。この世界にはまだまだ人気声優の声帯を持つ者たちがいるというのか。

 まあ、前世には美声の持ち主がたくさんいたのだから、この世界にもゴロゴロしていてもおかしくはなかった。





 クラウディオ王子が自由になってから、一週間が過ぎた。この世界は地球人に解りやすい設定を採用しているので、一週間は日月火水木金土の七日だ。

 私がマリアンヌや、小説を良く読むような大人しいタイプの女子生徒たちと放課後の教室でおしゃべりしていたら、義兄のレイモンドが現れた。


 義兄のイベントがどこで起きるのか知らないので聞いていなかったが、リリーは義兄の攻略もきちんと進めていたようだ。

 義兄はゲーム設定の病んだ目をしていた。表情も雰囲気もすさんでいる。


「ああ、やっぱりそういうことか」


 リリーたちを見て義兄は皮肉げにわらう。リリーは芝居がかった仕草で振り向き、一瞬満足そうな顔を覗かせて表情を作っていた。攻略が上手く進んでいるのだろう。


「レイモンド!」

「何人の男に調子の良いことを言って回ってたんだ、そこの尻軽。男たちを侍らせてご満悦じゃないか」

「誤解よ、落ち着いて」

「這いつくばれよ。ぼくの言うことなら何でも聞くと言っただろう」


 そりゃ、複数の男たちと仲良くしてたら怒るよね。


 リリーはわざとらしく怯えて見せて、言われるままに床に這いつくばった。その桜色の頭を義兄が踏みつけた。

 側にいた三人の攻略対象者たちが止めに入って引き剥がしたが、義兄は「こいつらはお前の何なんだ!言ってみろ!」と怒鳴るだけで反省する様子はない。


 これはルート分岐の選択肢だろうか。リリーはここで今回の攻略者を決めるのか。

 でもまだ10日も経っていないのに、展開が早くないか?


「あなたも、みんなも、大事なの……!」


 一番まずい答えでは?

 でもあのシナリオ最悪のクソゲーなら、何が起きてもおかしくない気がするのがな。

 ご都合主義の超展開ありそう。


 ──と思ったのに、義兄は普通に「そんな都合の良い話があるかっ」と怒るだけだった。ないのかよ!


「もう二度とぼくに近づくな。お前の顔なんて見たくない」


 言い放って義兄はリリーに背を向ける。三歩歩いたところで足を止め、何故かみるみる顔を赤らめて片手で押さえた。


「……ディー、マリィ、何も見なかった。見なかったことにしておいて!」


 そして私たちのほうを見ずに告げて、逃げるように教室を出ていった。強制力が切れたせいだったようだ。

 他の生徒たちも「あれが噂の……」「ご本人、穏やかでお優しい方なのに……」と同情しながら見送っていたものだ。

 意外と義兄はこのクラスの生徒たちにも知られているようだ。


 だがリリーだけは「嘘」「なんで」「これでレイモンドルートも進むはずなのに」と頭を抱えて混乱していた。

 元のゲームはやっぱりアレで進むんかーい、とつっこめる雰囲気ではなかった。


「そうよ!ディアンヌ!妹との友情イベント!あれが!──なんなのよ、あいつ!」


 あー、私が関わるとしたら義兄のルートですよね。

 原因に気付いて怒り狂っているリリーには悪いが、友達になれる気がしないので仕方がない。


 その後、残された三人が「あいつも解放されたのか!?」と青ざめていた。誰が最後まで残ってエンディングを迎えるのか、イレギュラーが起きているのでリリーにもわかってなさそうだ。

 それにエンディングを迎えたらこの世界がどうなるのか、まるでわからなかった。


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