第8話




 入学して2日目で、すでにクラスの生徒の大半が「早く卒業したい」という顔になっているが、リリーは気にせず一人で乙女ゲームを進めていた。

 王子が狙われていると安心していたらしい眼鏡のエリックが「なんで私に寄って来るの!?」と、休み時間に頭を抱えていた。


「オレなんて馬鹿面全開の甘えたガキ扱いだぞ、あのアマ!」


 年下少年のセージも12歳のガキらしく遠慮なしに怒っている。義兄以外もゲームの設定とだいぶ異なるようだ。

 私が介入したせいで狂ったのかな、と多少は思っていたが、あまり関係なさそうだ。


 もう一人の騎士ロイドは「毎朝迎えに行くことになった……近くにいなくても操られる……」と嘆いている。


「誰も、良く見たら美少女、役得ーとか言わないんだね」


 私が話しかけてみたら、三人揃って「外見なんてどうでもいい!」と怒った。


「自分の意志を無視して動かされるんだよ!操られてる間はおかしいとも思ってなくて、我に返った時に余計にダメージ大きいんだよ!?」

「殿下一筋でいればまだマシだろうにあのアマ!どんだけ男好きなんだよ!」

「歯の浮くようなセリフを大勢に聞かれたかと思うと、死にたい……」


 ゲーム内なら好感度が順調に上がっているのだろうが、現実にはマイナスに振り切れていた。リリーは二週目で先生を攻略するつもりに見えたが、この世界はヒロインに合わせてタイムループ要素まで備えているというのか。

 気付いたら転生していた脇役の私には、この世界のルールがわからない。


「昨日、アンドリュー先生も攻略してやるとか、カインを探さないととか言ってたよ」

「え?先生も被害者?」

「終わったら続編が始まるらしいよ」

「なんの続編!?」

「新たな恋の季節?」


 どこに恋があるー!?と怒っている。

 リリーのほうも恋ではなく攻略しているだけなので、どこにも恋はなさそうだった。




 話が聞こえていたようで、マリアンヌが恋と言えばコレよと余計な物を取り出して、女子生徒たちと盛り上がっている。

 それは私がこの10年の間に書いた小説をまとめた本だ。マリアンヌが「字が汚い、読みにくい」と言うので、製本することになったのである。


 作者名は『D』とだけ記している。父が親馬鹿全開で増刷して本屋に卸しているらしいが、売れているかどうかは知らない。

 私としては、せっかく公爵令嬢に転生したのに、なんで同人活動してるのかなと切ない気分にさせられる。生まれ変わっても変えられない宿命さだめなのか。


 ある意味本望だから良いんだけど。


 本のおかげでマリアンヌがさっそく友達を作っているので、役に立ったのなら良いかなと眺めていたら、どこかに行っていたリリーが戻って来た。楽しげに話していた生徒たちが口をつぐんで警戒している。

 不自然に静まった教室内を気にする素振りもなく、リリーは男子ではなく私に声を掛けて来た。


「いつも一人ね。アタシが友達になってあげる」

「うわ、恩着せがましい……」


 つい心の声が口からこぼれた。

 あ、これ何かのフラグかと気付いたが、それ以上考える前にリリーが顔色を変えて怒鳴った。


「ここは『私なんて……』と根暗らしく応えるところよ!シナリオを無視するなんて許さないわよ」

「はー?下賤な生まれのド庶民が公爵令嬢相手に許さないとか、何様のつもりー?」


 まったく強制力を感じないので、素で返す。他の生徒たちも異常に気付いてざわめき出した。


「な、なんで、なんで!?アタシが主人公なのよ!?」

「知らない」


 私としても想定外だ。転生者だからなのか。


 シナリオを乱すなー!とリリーが掴みかかって来たので、慌てて逃げようとしたところでロイドが間に入って止めてくれた。ロイドもリリーに「どきなさいよっ」と言われても断れている自分に戸惑っているようだ。


「やめろ。危ない。うざい。近寄るな。どこか行け──すごい、本音が言えるぞ!」


 ついでに実験のつもりか酷いことを言い出した。オブラートに包んでやれ。

 エリックとセージまで真似を始めたので、本人に向かって言うことじゃないよと止めておいた。


「酷い目に遭ったのオレたちのほうだぞ!なんでオレがあんな気持ち悪いことさせられなきゃいけないんだよ!」


 がきんちょは遠慮がないが、王子の側近たちはまだ紳士だった。いや、自分の評価が下がると気付いたのかもしれない。


「違う!こんなの違う!このシナリオはこんな展開じゃないの!やり直しよー!!」


 リリーが叫ぶ。

 出来るの?と尋ねる間もなく、目の前の景色が切り替わった。立ち上がって逃げたはずなのに、自分の席についていた。

 マリアンヌやクラスメイトたちは何もなかったように、少し前と同じように楽しげに話している。


 私は一体、どんな世界に転生して来たのか。主人公の存在する世界で脇役になるって、差別が過ぎないか?

 今までよりも強烈に格差を感じて、理不尽さに震えていたら、先ほどと同じくリリーが戻って来た。


「いつも一人ね。アタシが友達になってあげる」


 同じセリフだ。

 きっとこれが『ディアンヌ』のシナリオなのだろう。


 そう思ったが、断った。今度は断固として、拒絶した。


「いらない」


 私が誰かのための駒だなんて認めたくない。


「またシナリオを無視したわね!」


 リリーも前回のやり取りを覚えているのだろう。けれど生徒たちが困惑している様子から、気付いているのは二人だけなのだとわかった。

 怒ったリリーが右手を振り上げた。殴られるとわかっても、回避が間に合わないのもわかってしまった。

 思わず目を閉じたが、覚悟した衝撃は襲ってこなかった。代わりに美声が近くから聴こえてきた。


「何をしている。どういうことだ」


 見れば前回はいなかったクラウディオ王子がリリーの腕を掴んで止めてくれていた。教室内にはいなかったはずだから、外から戻ったのだろう。

 

 だがこの展開の変化は何なのか。前回はかなり騒いだのに、王子は戻らなかったはずだ。


「王子様!だって、だってそいつが!」

「──誰かこの無礼者を牢にぶち込んでおけ」



「いやあああ───!!」



 リリーの叫びに二度目のループが起きた。

 

 そしてリリーが教室に戻って来て、私を睨んでから、男子たちに近づいて声をかけている。今度は三人ともゲームのキャラクターと化して、リリーの望み通りに応じているように見えた。

 眺めているところに王子も戻って来た。だがリリーと三人の男子たちを険しい表情で見るだけで、近付こうとしない。


「王子様?」

「その呼び方は止めてくれ。思い出して不快になる」

「殿下、先ほどは助けて頂いてありがとうございます」


 試しに礼を述べると、王子はぎくりとしてから慎重に尋ねてきた。


「覚えているのか?」

「二回、時間が巻き戻った気がしました」

「おれもだ。廊下を歩いていたら異変を感じて、教室に彼女が入るのが見えたから急いで戻ったのだが……」


 特殊能力者が原因ではないかと思ったようだ。今の状況だと一番怪しいから。


 私が影響を受けないのは転生者だからかと思ったのに、王子はどうなっているのか。

 この世界の秘密とか、そんな壮大な謎を求める展開だとでもいうのか。


 この10年、同人活動くらいしかしてない私には、荷が重すぎると思うんだ……

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