第7話




 義兄レイモンドの出会いイベントも入学式の日にあったような、と思い出したのでマリアンヌと探しに行くと、学園の中庭で起きていた。


「お前にぼくの何がわかる……!」


 病んだくらい目をした義兄が、世界のすべてを呪うように吐き捨てる。まるで別人だ。

 普段のレイモンドを知らないヒロインは異常だと思うことなく、下手な演技で「だって知りたいのっ」と応じていた。悲劇のヒロインのつもりのようだが、声がどこか嬉しそうというか得意げだ。


「なんでそんなに辛そうにしているの?あなたの苦しみを取り除いてあげたいのっ」

「放っておいてくれ。お前なんかに言うことなんてない」

「放っておけないわ!」


 初対面のイベントですよね、とあきれてくる。マリアンヌのほうは「また原因をワタクシにするつもりなのね!」と怒っていた。

 でもここは、母が元凶だと思う。


「そこまで言うなら証明してみろよ。這いつくばってぼくの靴を舐めろ」


 お義兄様に何を言わせてるの!と止めに行きたくなった。マリアンヌも「なんてこと……!」と絶句している。


 リリーは「わかったわ」とあっさり応じて義兄の前で膝をついた。嬉しそうに見えるので、ドMか!と言いたい。

 しかしリリーが本当に靴を舐めようとした直前で義兄が足を引いて止めた。ドン引きですよねー。


「お前、どうかしてる!」

「信じてもらえるなら何でもするわ!」

「なんで、そこまで……」


 義兄はおののいて逃げて行った。イベント終了のようだ。


 私とマリアンヌが義兄を追うかどうしようか迷ってそのまま立ち止まっていると、リリーがうふふと嗤い出した。


「いいわ。やっぱりいいわ……!レイモンドの心の傷を埋めてあげたい。でもその傷をかきむしって永遠に鮮血を流し続けさせたい。美しいわ……!」


 質の悪いことを言い出した。


「次はアンドリュー先生だけど、今回はまだ駄目かしら。カインも見つけてフラグを立てておかなくちゃ。その後は続編もあるし」


 続いた独り言にギクリとした。それはリリーが転生者だと言うも同然である。

 マリアンヌは理解できずに困惑の表情を浮かべている。


 私はいろいろと聞きたいことが出来たが、やはり一番気になるのは「あのクソゲーに続編が出てたの!?」というところだ。次点で「あのクソゲーを楽しめたの!?」とも聞きたい。

 私と彼女、永遠に分かり合えない気がしてならない。きっと無理。



「マリィ、お義兄様のところに行こう。あの人と関わっちゃ駄目な気がする」

「……そうね。でもどうしてお義兄様はあんな不気味な演技をさせられていたのかしら」

「マリィが私に陰気で不気味とか言うから」

「陰気で根暗って言ったのよ」


 リリーに気づかれる前に、マリアンヌの手を引いてその場を離れることにした。





 校内を迷いながらも歩いて行くと、どうにか二年生の教室の並ぶ階にたどり着いた。教室を覗いて義兄を発見した。

 義兄は「説明は受けたけど、なんでぼくが!」と頭を抱えて、友人たちになぐさめられているようだ。


「モテる男はつらいよな」

「普段のモテの反動だろうよ」

「顔良し、将来性良しの次期公爵様は大変だよなー」


 いや、誰もなぐさめていなかった。


 私が大きめの声で「お義兄様!」と呼びかけると、男たちは慌てて「元気だせよ」「オレたちは味方だからな」とごまかし始めた。マリアンヌが「最低ね」と軽蔑の眼差しで睨んでいたものだ。


「あ、ディー、マリィ。ううん、なんでもないんだよ」

「中庭で見てた」

「……見なかったふりをしてくれ!」


 そうは言われても、今後も続くのなら知らないふりは出来なくなるだろう。

 義兄は恥ずかしさが増したようで、机に突っ伏して悶えていた。


「マリィは悪役令嬢役だったよ」

「お母様に頼んで欲しいわ!」


 母なら演じるまでもないからね、と思う。いや、演技ではないから厄介なんだけど。


「悪役か……ぼくも悪役なのかな……」

「お義兄様は義母にいびられ続けて、ひねていじけて病んでる人じゃないかな」

「心の傷を埋めてあげたいとか、かきむしって傷つけたいとか、訳のわからないことを言っていたわよ」

「何それ、怖い……」


 義兄にトラウマは残っているが、そこまで酷くない。義母を見ると反射で怯え、マリアンヌの顔も苦手そうにしているが、普通の兄妹として話せる程度だ。

 というか、私も母を見ると反射で身が竦むので仕方ないと思う。


「でもそれは、ディアンヌに助けられなかったらなっていたかもしれないぼくだよね」

「私も逃げなかったらヤバかったんだよ。おまえが男だったらこんな事になってなかったのよ!って言われ続けてたら病んでた……」


 マリアンヌが気まずげに「ワタクシは言われたことがないけど」と目をそらしている。


「それでもありがとう、ディー。今のぼくがあるのは君のおかげだよ」


 義兄が居住まいを正して、ふわりと甘くとろけるような笑みと声を向けてきた。特に声がいい。とにかくいい。


「お、お義兄様、好きー!もっと言って!耳元で囁いてー!」

「いいよー。家に帰ってからね」


 義兄の返事が軽いのは、いつものことだからだ。この10年、側にいて堪能し続けてきた。兄妹最高。役得万歳。


 マリアンヌに「人前では控えなさいよ、恥ずかしい!」と怒られたが、ブラコンと有名になろうとも悔いはない。病んで神経質な尖った演技より、この優しく甘い声のほうが好みなのだった。

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